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MIDNIGHT ――闇黒にもがく1

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「支部長、いけません。罪人の口車に乗って、逃げられたらどうするのですか?」
 後ろから新たに階下に下りてきたワグナーの部下である魔術師が忠告する。
「そんなことはしない。アイツの尻拭いは、俺の仕事だ」
 魔術師にはワグナーではなく、士郎が答えた。
 じっと空洞の真ん中で動きを止められているモノを見据えるその横顔は、先ほどまでとは打って変わり、見違えるほどに精悍なものだ。
「来い」
 ワグナーは士郎を呼び、岩壁の階段を後戻りする。
「おい、アイツをどうにかするんじゃ――」
「そうだ! だから、君には万全の態勢で臨んでもらう」
 きょとん、として士郎は瞬く。
「おかしなことを言っていると思えばいい。君は封印指定だと言った私が、その君に頼ろうとしている。だが、ここにはアレに対抗できる魔術師はいない。そんな中にあって、君はアレをどうにかする、と言う。ならば、それに縋らない理由などないだろう」
 早口にまくしたて、ワグナーは言い切った。
「……はは、そう、だな」
 士郎が苦笑をこぼせば、ワグナーも同じように苦笑う。
「溺れる者は藁をも掴む、という諺があるのだったな、日本には?」
「ああ」
「今、その心境だ、と言えば、納得か?」
「ああ。十分に」
 ワグナーは士郎を地下五階の一室に招き入れ、手枷を外し、室内に積み上げられた段ボール箱を次々と開けて、衣服を見繕い、サイズを確認して士郎に渡していく。
「これは?」
「対魔力用の衣服だ。多少の魔力的な攻撃なら防ぐことができる」
 段ボールの中身を確認しながらワグナーが即答した。
 魔力の攻撃など、アイツはしてこない、とは言わず、
「いいのか? 俺、罪人だろ?」
「だが、仕事だ。任務を任せる以上は、丸腰で行かせられないからな」
 ワグナーはこちらを見ることなく小さな笑みを浮かべている。
 その横顔は、士郎たちが時空を超えるときに見せるものと同じだった。いつもワグナーは、大変な仕事をさせて、と申し訳なさそうに自分たち実行班を送り出してくれていた。
 懐かしさに、胸が締め付けられる。士郎にとっては数か月前の普通であった事柄が、こんなにも大切なことのように思う。
「ワグ――」
「失礼します!」
 懐かしさと胸の熱さを感じて士郎が口を開いたとき、ワグナーのもとへ一直線に駆け寄った女性が、少し呼吸を整えて窺う。
「支部長、お持ちしましたが……、いいのですか? 本部の方たちは、まだ到着してはいませんが……」
 ワグナーから連絡を受け、上階から駆けつけた彼女が手にしているのは、受信機と小さな箱だ。
「かまわない。本部の者を待っている時間はないからな」
 静かに答えたワグナーは、彼女の手のものを取り、士郎に向き直る。
「受信機と義眼だ」
「……助かる」
 魔力収集の受信機だけの貸し出しだと思っていた士郎は、義眼まで用意されていることに少し驚いた。
「至れり尽くせりだな」
 これで、万全の状態でやれる、と士郎は左目に巻かれた包帯を外した。
 手慣れた仕草で義眼を嵌め、着ていたシャツを脱ぐ。ワグナーが士郎の背後に回り、ためらうことなく、その背中の真ん中よりやや上あたり、ちょうど肩甲骨の間にある黒いセルロイド製の長方形の器具にある穴に受信機の突起を差し込んだ。
 縦に二つ並んだ穴に、受信機から突き出た突起が埋まると、
「っつ……」
 士郎は少し声を漏らした。
「どうした?」
「いや、ちょっとだけ、なんか、いつもと違う感じがして……」
「違う?」
 ワグナーは首を傾げつつ、長径五センチ、厚さ七ミリほどの黒い箱型の受信機の側面を見遣り、型番を確認する。
「な……っ、おい!」
 すぐさま、この受信機を持ってきた女性を振り返れば、彼女はバツ悪そうに視線を逸らした。
「おい……、何を……、何を、考えているんだ!」
 声を荒げたワグナーに、士郎は対魔力用のアンダーシャツを着ながら首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、これは……。……この受信機は、だめだ。取り換える」
「支部長!」
 咎めるような声に、ワグナーは視線を落とす。
「どうした? 壊れてるのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「じゃあ、なんだ?」
「それは、開発中のもので……、魔力の受信率は高いのだが、」
「だったらいいじゃないか。俺もその方がいい」
「それは、だめだ……。リスクが高い」
「リスク? どんな?」
「一時間の使用が限界だ。それ以上使い続けると、魔術回路がもたない」
 ワグナーが士郎のことを多少でも理解していたなら、決して口にはしないことだったろう。
 何しろ士郎は自身を犠牲にすることなど屁とも感じていない。むしろ、進んでその身を捧げようとする性分だとは、今のワグナーには知りようもないことだった。
「そうか。でも、やらなきゃならないだろ?」
「な……にを、言っている? 君は、自身の身体を――」
「それでも、やらなくちゃいけないことがある」
 魔術的な防御を施された上着を着て、義眼の調整をし、士郎は部屋を出ようとして、すぐさま後戻りする。今まではいていたジーンズのポケットから赤いペンダントを取り出した。
「それは……」
 何かしらの術を蓄えているのかと一時的に没収したものだが、その赤い宝石には魔力の欠片すら込められてはいなかった。したがって、すぐに士郎に返されていたものだ。
「これは……、御守りだ。験担ぎじゃないけど、今さら手放せなくってさ」
 はき替えたカーゴパンツのポケットにペンダントを押し込み、再び士郎はドアへと向かう。
「…………アレを倒せば、もしかすると、君は、解放されるかもしれない」
 ワグナーの言葉に士郎は驚いて振り返った。
「…………そうか……」
 苦笑いが浮かぶ。
(それは、ありえない未来だな……)
 そう思ったが、士郎は口に出さなかった。
 もう己一人の記憶だとしても、ワグナーは士郎にとって上司であり友人だ。彼の人となりはそれなりに知っている。
 彼の言葉に嘘はない。
 だから、“かもしれない”と言ったのだ。
 解放される、と断言すれば必ず嘘になる。だから、彼は可能性の言葉を選んだ。
 たとえ彼に覚えはなくとも、士郎には、ともに学んだ記憶も、ともに困難に挑んだ記憶も、時空を超えるときに、必ず生きて戻れと言った優しさも、消えることなく刻まれている。
「それじゃあ、頑張るしかないよな」
 ワグナーを振り向いて、視線を逸らした彼に少しだけ申し訳ない気がした。


 再び士郎は地下空洞への入口に戻ってきた。
 背中に装着された受信機は常に魔力を受け取り、それを士郎は使うことができる。ただし、一時間が限度。それがリミットだとワグナーは注意をくれた。
 この地下空洞は、まるごと魔術協会の建物に囲われていて、しかもここは霊脈の真上のようだ。そのため、常に魔力を送信することができるらしい。受信機はワイヤレスであるために動きに制限はない。
 たとえ一時間以上になったとしても、なんら問題はない、と士郎はそっと左目に触れた。調整はできている。視力も問題なくある。
 ただ、いつも使っていた義眼とは違い、透過性はあるが、左だけ視界の全体が薄っすらと赤色に染まっている。