MIDNIGHT ――闇黒にもがく1
「俺がここから去った後、アーチャーはこの時空の衛宮士郎を亡き者にしようとするだろう。それを回避するためにセイバーをここの衛宮士郎に残しておきたい。それから、このことは、あいつには知らせずにいてほしいんだ。セイバーもアーチャーの襲撃があるまでは身を隠していてほしい」
「……わかりました」
異論を挟まずに頷くセイバーに、青年は幾度目かの謝罪を口にした。
「霊体になれないだろうから、きっと大変だろうけど、そんなに時間はかからないと思う。アイツ……アーチャーも、たぶん、ストレスが溜まってるだろうし。俺に使われたことでさ……」
苦笑いを浮かべた青年は、深く頭を下げる。
「面倒な置き土産をしていくことになるけど、ここの俺を、よろしく頼む、セイバー」
「…………そして、私の魔力は……、おそらく、アーチャーを防ぐのが精いっぱい、ということですね?」
「ああ、うん。あいつの魔力では、サーヴァントを現界させることすら難しい。俺との契約時で溜め込んだ魔力で賄えるのは、二週間が限度だと思う」
「シロウには……、やはり、何も?」
伝えないのか、とセイバーが訊けば、
「ああ、うん。いつも、こうしてるんだ……」
青年は目を伏せて、困ったような笑みを見せた。
「いつも、とは?」
「過去で仕事を終らせた後は、すぐに姿をくらましているんだ」
「それは……」
「過去の人たちに疑念を抱かせるのは、ダメだと思っ…………、って、それは、建て前。もたないんだよ、俺が……」
「え……? も、もたない?」
「俺、そんなに強くないんだ……、アイツみたいに…………なれないんだ…………」
目を伏せた青年は、明らかに疲れきっていた。
「マスター……」
「もう、違うだろ?」
力なく笑った青年を、セイバーは小さな子供にするように、抱きしめたくてしようがなかった。
***
青年が消えて、青年の作ったカレーを食べて、来客が帰り、やることもなくなり、もう寝よう、と士郎が自室に向かって縁側を歩いていると、庭に人影が見えた。
「ん? 誰だ?」
士郎は視力が良い方だ。気のせいか、とも思ったが、確かに見えたと脳が判断している。
来客は帰った。それに、もう深夜だ。こんな時間にいつまでもこの家にいるわけがない。庭へ下りて、確かめることにした。
泥棒だろうか、と内心身構えながら、士郎は庭の真ん中あたりまで来た。が、そこに人も影も見当たらない。
「見間違い、かなぁ……?」
踵を返して母屋に戻ろうとすれば、ぞわ、と背筋を震えが駆け上がってきて硬直した。
「っ!」
何かがいる。
目を思いきり後ろへ向けるものの、何も見えない。真後ろに“いる”のか、姿が捉えられない。振り返らなければ、と思いながら、首が固まってしまったように動こうとしない。
「だ……れ、だ……」
声はどうにか出た。震えてはいたが。
「誰でもない」
低い声がする。
雲が風に流れ、月が顔を出した。庭が青く照らされる。
「っ……」
自身の影に重なる、影。
その右腕が次第に頭上へと上がっていくのが見える。その手の先にあるものは、影でもわかる鋭利なモノ。
「ひっ」
声を詰まらせ、前へ倒れ込むように走った。いや、走ることはできていない。つんのめって地面へと傾いていく。
(ダメだっ!)
士郎は一瞬で死を悟った。なぜだ、とも、疑問を浮かべる余裕はない。
ただ、こいつは誰だ、と、自分を殺す、こいつは、いったいどんな顔をしているのか、と士郎は首を捻って、背後を確認しようとした。
目の前が青に染まる。
「え?」
キンッ!
甲高い音が静寂を破った。
「っく!」
「アーチャー! なんの真似です!」
「あ、ぁ……っ、せ、ぃば……」
「シロウ、少し下がっていてください」
振り向いた金の髪が月光に煌めく。
土蔵に突然現れた時と同じ、彼女は再び士郎の眼前に現れた。凛とした声をぼんやりして聞き、言葉を探す間に、彼女の向こうで月光を反射した刃が見えた。
「セイバー、ま、前――」
アーチャーの剣がセイバーに振り下ろされようとしていたが、セイバーはすぐさまアーチャーに向き直って、剣を薙ぎ返している。
「アーチャー、手を引いてください!」
「できない相談だ」
「どうしてですか! 彼を殺しても、貴方の運命はもはや変えようがないでしょう?」
「フン! アレに吹き込まれたのか? 君に何がわかる? 変わらない、と、どうして言い切ることができる? やってみなければわからないのではないか?」
「っ……、ですが、貴方はすでに輪廻の輪から外れているのです、それは、もう、変えようのない……」
剣を交えながら、セイバーは説得を試みるものの、口ではアーチャーにどうしようとも敵わない。その上、アーチャーに応じる気がないために、余計に話は平行線だ。
「アーチャー!」
鋭い声が夜の庭に響く。
その声にアーチャーの動きが止まった。セイバーも声の主に目を向ける。
「凛……」
「何やってるのよ、聖杯戦争は終わったのよ? セイバーと斬り合うことなんてないでしょ? もう、帰るわよ。夕方から姿が見えないから、どこをふらついているのかと思ったら、ほんとにもう!」
まるで子供に対するように怒る凛に、アーチャーは僅かに目を伏せた。
「マスター……」
「なあに? 言い訳なら帰ってから聞くわよ」
歩み寄ろうとした凛を、二メートルを超す大剣が囲み、その足をとどめた。
「ちょ……、な、何してるのよ! アーチャー?」
「邪魔をするな」
静かに返された声は、今までになく冷めたものだった。
「アー……チャー?」
凛は驚愕したまま、己が従者を見つめる。
ともに闘ってきたというのに、どうしてそんな態度を取るのかと、まるで人が変わってしまったみたいだと、声にならず、ただ見つめた。
「セイバー、そこを退け」
「いいえ、退きません」
「ならば、諸共に消してやる」
アーチャーが詠唱をはじめた。固有結界を展開し、自身の有利な場に持ち込むつもりのようだ。
魔力が高まっていく。アーチャーの白い髪が揺れて…………、
「Unlimited Bla――」
「ダメ―――――――ッ!」
凛の右手が赤く光る。
「な……っ」
固有結界は展開されなかった。アーチャーは凛を振り向く。
「マスター……、やってくれたな……」
恨みとも、呆れともつかない声に、
「こ、固有結界なんて、させないわよ! あんたは、私のサーヴァント! 勝手は許さないわ!」
青い瞳が強い意志を持ってアーチャーを見据えている。凛は令呪でアーチャーの宝具を禁じたのだ。こうなってはもう、アーチャーに固有結界を展開することはできない。
「いい加減にしなさいよ、アーチャー! ここから出して! ギルガメッシュの世話もあるんだから! あいつ、ほんっと、面倒くさいんだから! さっさと帰るわよ!」
凛は、魔力を封じられたままとはいえ、危険極まりないため、ギルガメッシュの面倒を見ている。それが冬木の管理者として当然だから、と胸を張って。だが、かの英雄王は我が儘放題で、ほぼ一日家に置いていただけで、彼女の堪忍袋の緒は霧散してしまった。
「フン、英雄王など、鎖に繋いで放置しておけばいい」
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく1 作家名:さやけ