MIDNIGHT ――闇黒にもがく1
アーチャーは取り合わない。
「どいつもこいつも、アーチャークラスは、我が儘ばっかなのっ?」
凛はとうとうアーチャーのクラス自体をなじりはじめた。
「さあな。まあ、英霊というものは、多かれ少なかれ、我が儘なのだろう」
他人事のように言って、アーチャーは再びセイバーに斬りかかる。
「説得は、難しいようですね」
凛とのやり取りを見守っていたセイバーは、心を決めた。
アーチャーがすべてを懸けて自身の過去である衛宮士郎を消そうとするのならば、セイバーは、今持てる力のすべてて衛宮士郎を守る。
それが、マスターであった、十年先の衛宮士郎との約束だ。
今まで防戦一方だったセイバーが攻撃に転じる。
「ちっ」
風のように速いセイバーの剣がアーチャーの双剣を打ち砕く。アーチャーは砕かれるたびに剣を生み出し、果敢にセイバーに斬りかかっていく。
アーチャーはそうやって戦ってきた。血に濡れ、傷つき、何度倒れても立ち上がって……、エミヤシロウはそういう生き方しかできなかった。しかし、そうやって必死に、努力だけで培った剣技は、あと一歩がセイバーに届かない。
剣が砕ける度に、まるで自身の宿願が砕かれていくようだとでも思っているのか、アーチャーは口角を微かに上げた。
剣を打ち合うだけでは埒があかないと踏んで、距離を取った攻撃も加えてきたアーチャーに、セイバーはいまだ尻餅をついたままの士郎を守りながら、確実にアーチャーの攻撃を防いでいる。
多彩な攻撃で攻めているように見えるアーチャーだが、次第に追い詰められていった。
まるで格の違いを見せつけられるようでアーチャーは苦笑いを浮かべてしまう。己の攻撃を、息を乱すこともなく防ぎ切る姿は、やはり、クラス最強の力を持つセイバーだと認めざるを得ない。
「ちっ……、騙されたな……」
アーチャーにとっては誤算だった。青年の衛宮士郎が未来へ戻ったので、セイバーも座に還ったと思っていた。
これでこの世界の衛宮士郎を簡単に消し去ることができると、アーチャーは衛宮邸にやってきたのだが、予想外にセイバーが現れ、自身の願望は防がれてしまった。
「そうか、あのたわけ……」
あの十年先の衛宮士郎の策か、とアーチャーは皮肉に口角を歪めた。
何度も謝っておいて、追ってこいなどと言って、結局はこれか、とアーチャーは青年を恨む。
“お前の救いをないがしろにした”
そう青年は言った。
「そうか、貴様は、私を……」
踏み台にしたのだ……、と、ようやく理解した。そのくせ、謝るのか、と苛立たしく思う。
「私の唯一の望みを、踏み躙ったのだな……」
思い悩み、傷ついた姿に惑わされていたのは、他のサーヴァントたちではなく己だったと今さら思い知る。
――あのやろう……。
珍しく悪態を心中で吐いた。
口惜しさと、怒りと、憤りと、やるせなさを、柄を握る手に籠めて薙いだ剣は砕け散り、瞬時に、袈裟に振り下ろされたセイバーの剣が半身を抉った。
血が噴き出ていく。
「ちっ……」
苦々しげにアーチャーは舌打ちし、いまだ皮肉な笑みを消すこともない。
「アーチャー、どうして……」
「フン…………、英霊とは……、どうしようとも、抜けられない、運命の……歯車……の、こと、だろう……」
「歯車?」
「君も……、抜けられない……、私も、同じく……、サー……ヴァント、とは……そういう、もの……だと、思うが……」
「そうなのかも、しれません……。そういうものであるから、願望機などと言われる聖杯を求めるのでしょう……」
「ふ……、セイバー、君は……、やはり、王だな……」
「え? あ、アーチャー? ア――」
すぅ、と消えていくアーチャーに、セイバーは手を伸ばしたが、その手は空を切っただけだった。
「アーチャー……、あなたもやはり、エミヤシロウなのですね……」
こんなことで気づきたくはなかったと、セイバーは苦い思いを噛みしめる。
“セイバーは、やっぱり、王さまだよな”
青年の声が耳に残っている。たった今、同じようなことを言ったアーチャーの声も。
「エミヤシロウとは、愚か者の代名詞、などというレッテルを貼られかねませんよ……」
ぽつり、とこぼし、セイバーは武装を解いた。
「あの、セイバー……、えっと……」
士郎が戸惑いながら言葉を探している。
「マスターが、契約の変更をしたのです。左手の甲を見てください。少し細工を施したそうですが、そろそろ効果も切れるでしょう」
士郎の手を引き、小声でセイバーは告げる。
「え? 細工?」
立ち上がって、士郎が左手甲を確認すると、薄っすらと赤い筋のようなものが見える。
「これ……、令呪?」
「ええ。残りの日数は少ないですが、私はあなたの剣です、シロウ」
「セイバー……」
「マスターから、伝言です。きちんと別れを言えなくてすまなかったと」
「え? ……あいつ…………」
やや、ムッとする士郎に、セイバーは目を伏せる。
「シロウ、わかってあげてください。マスターは、いつも、仕事の後は、一人で過ごすそうです」
「ひ、一人? どうして……」
「強くないから、と言っていました」
「強くない?」
「自身がもたないのだと……。そうしなければ、自分自身を保てない、そういうことなのだと思います」
「…………そっか。あ、でも、一緒に朝ご飯……」
「約束したではありませんか。すべてが終われば、三人で食事をしようと」
セイバーはにっこりと笑みを作るが、それは少し寂しさを伴っている。
「あ……、そ……、そう、だな……」
「あれが精一杯だったのでしょうね」
「うん……。でも、あいつ、ほとんど寝てたよな?」
思い出して士郎は笑いだす。
「……本当ですね」
今度は、セイバーもきちんと笑った。
「ありがと、セイバー。助けてくれて。それから、伝言、頼まれてくれて」
「いえ……。本音を言えば、私は、直接シロウに言ってほしかったのですが」
ムッとした顔で言うセイバーに、士郎は同意して、頷きながら、視線を巡らせる。
「あ、えっと、あれ……」
剣の檻に捕らわれた凛を指して士郎がセイバーに窺えば、大きく頷き、セイバーは凛の許へ歩み寄り、剣を打ち砕いた。
「えっと……、遠坂、その、大丈夫、か?」
セイバーに続いて凛の許へと歩み寄った士郎は、たどたどしく訊く。
「……ええ」
俯いた凛は短いスカートを握りしめている。その右手の甲には赤い紋様の痕が薄っすら残っていた。
「アーチャーを止められず、」
「いいえ。私が悪いの」
セイバーの言葉を遮り、凛は気丈に顔を上げて微笑む。
「私の管理不行き届きってやつ。衛宮くん、悪かったわね。私のサーヴァントがあなたに迷惑かけてしまって。えっと、それで、あなた、聖杯戦争には、えっと……」
言葉に詰まる凛に、士郎は首を傾げる。
「聖杯戦争? なんだそれ?」
「え? あ、あー、えっと……」
セイバーが現れても動じていないのに、聖杯戦争のことは知らない様子の士郎に、凛は何をどう説明すればいいのかと言葉に詰まった。
「彼女は、何か思い違いをしているのでしょう。シロウ、心配ですので、彼女を自宅までお送りします」
「あ、うん。気をつけてな」
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく1 作家名:さやけ