オクトスクイド(2)
その時点で戦力として強制的に軍に加入される仕組みになっているのである。一番青春に溢れ、輝いている時期を犠牲にしてまでそう拘束させてしまうのはどうか。という意見もあるがその若い力に頼らなければいけないほど、オクタリアンの生活は厳しい状況にあるのである。一刻も早く自分たちの居住区やエネルギー源を奪ったイカを制圧しこの状況から抜け出さなければいけなかった。自分たちのすべてを捧げ、対イカ兵士として戦う彼女らを全オクタリアンは崇拝し、古代の神話に登場する女だけの戦闘民族の名の一部を取り彼女らのことをタコゾネスと呼ぶようになった。
「・・・あたしたちは皆同じ年で軍に入るしあたしは先輩たちより精神的にも幼い。しかも、2年前のあれ、経験してないんですよ。」
「・・・・サキ総隊長の考えることはぶっ飛んでるからな。昔から。」
「・・・・昔から。」
「ああ。私は今こそ第3の隊長だが、これでも昔はサキ総隊長はと良いライバル関係だったんだぞ?」
「そうだったんですか!」
「でも・・・。どうあがいても勝てなかったし精鋭の隊長候補としても性格的にあいつのほうが向いてるからな。死ぬもの狂いで頑張ったけど、ふふっ・・・諦めて総隊長の座は譲ったよ。」
顔こそは笑っていたが、よっぽど悔しかったのだろう。脱力していた腕の拳が震えていたのをカンナは見逃さなかった。
「しかも今度は一番可愛がっていた後輩が・・・。お前が精鋭に行っちゃうだろ?結局私はあいつに取られてばっかりだなぁ。」
そういって悲しそうに笑うヤナギ隊長を見ていられなかった。
「・・・・ナギ先輩。」
ナギ。この名は二人が始めて出会った時に、ヤナギ自身が自分のことをこう呼んでいいぞと言った名前だった。
「あたしはどこに行ってもナギ先輩の後輩ですから。あたしのこの素直になれない性格も、態度の悪さも、先輩が親身になって気にかけてくれたから、今自分が自分であることにしっかりと自信を持てるようになったんです。」
もし先輩に出会わなかったら、第3の皆に会わなかったら、昔のままだったら。きっと人も自分も何もかも信じれず孤独な存在だっただろう。
「だから先輩、そんなに感傷的にならないでください。そんな先輩、先輩らしくないですよ。」
カンナはヤナギの目をまっすぐ見つめていた。ヤナギはゴーグル越しのその目に心を奪われた。その目は全くブレず、朝日の光を帯びて美しい黄金色に輝いていた。その目の眩いほどの儚さに今自分が考えていたすべての事がどうでもよくなってしまっていた。
「そういってくれるか・・・。」
今はカンナの気持ちを受け止めよう。そう思った。
ヤナギはおもむろにカンナに身を寄せカンナの瞳を見つめる
「綺麗な色だ・・・・。見てるこっちが吸い込まれそうになる位に・・。」
ヤナギが自身の胸でカンナを優しく包み込んだ。
「お前が精鋭に行ったら私はお前を守れなくなってしまう。でも私もこれだけしかしてやれないが一つだけ教えてやれることがある。サキは幼いころ親をイカに殺されていてああいう性格になった。」
カンナが震えた。自分の身に起こることが分かったからだ。
ヤナギは思った。
カンナはまだ15なのに持つ責任が大きすぎる。なんとも運命は残酷なんだろう。
「いいか。絶対、目の事は・・・お前の身の上の事は誰にもばれるなよ。特にサキには・・・。何をされるかわからない。」
ヤナギは大丈夫だ。という風にカンナを抱く力を強くする。
「お前なら隠し通せるさ。でも、くれぐれも油断しない様に。私はお前に死んでほしくはない。」
「・・・・・・ありがとうございます。ナギ先輩。」
二人の抱擁が自然と放たれた。
「あたし絶対ばれないようにします。先輩たちの技術を盗んでもっと強くなって、いつかは総隊長を抜いて、ナギ先輩の無念晴らしてやりますよ。約束します。」
ヤナギは心配は杞憂だったか。心の中でつぶやき、カンナの頭を撫でてニカッと笑う。
「強いな。それでこそ、私の自慢の後輩だ!」
それから暫くが過ぎた。精鋭部隊に入ることになった今日、まずはサキ総隊長に挨拶に行かなければいけないのが決まりなので、少し鬱な気分であるが気を引き締めるために自分に一括した。
いつもならアオイやヤナギ隊長もいたが今は完全に一人。後押ししてくれる仲間もいなかった。そのせいなのか余計緊張が走る。
(今日はサキ総隊長に挨拶だ…失礼のないように…失礼のないように…)
だめだ、だめだ。初日からこれじゃいけない。全然引き締められてないじゃないか。
そんな風に葛藤していたらいつの間にか隊長室の前についてしまっていた。
・・・ついてしまっては仕方ない。意を決し、隊長室のドアをノックする。
「失礼します!」
と甲高い声でハキハキと喋ると、部屋の中からどうぞ、と柔らかい声が返ってきた。
どうにでもなれ、と半分自棄になり、部屋に足を踏み入れ練習してきた言葉を言う。
「失礼します!私はこの度第3部隊から移動してまいりましたカンナと申します!サキ総隊長はいらっしゃいますでしょうか!」
と緊張しながらいったからかものすごく声が震え早口になってしまった。(自分では気を付けていたつもりである。)
「あら、あなたが新しい子?サキ先輩まだみたいだから待ってて下さいね。」
サキ総隊長は居なかった。その代わりにいたのは、従者であろう赤のタコゾネス。白い肌に可愛らしいタレ目、太めの柔らかい眉、ピンクの頬。ローズクォーツのぷるっとした唇。戦闘員の顔ではなくいかにも優しそうな従者という感じだ。
部屋は紅茶の良い香りで満たされていた。そのせいか部屋全体が和やかな雰囲気だ。
「お茶どうぞ、」
「あ、ありがとうございます。」
美人だなあ。こんな最前線の従者をやるよりもっと適任な仕事があると思うけど。
「私も座って宜しいかしら?」
そんな上品な顔で言われたら1発で男はすぐ落ちるな。
「あ。はい。申し訳ないです。こっちだけ先に座ってしまって。」
「いいですのよ。」
貰ったお茶を頂く。
美味しい。なんのお茶だろう。なぜか懐かしいように感じた。
「若いのに凄いですわね、精鋭に入るなんて。」
「いや、たまたまですよ。というかなんで先輩より私が精鋭部隊なのかわかんないんです。あたしまだまだだし、何より先輩方がキャリア長いじゃないですか。」
「あら。誇らしいじゃないの。もう年功序列の考えは古いですわよ。あなたの実力と才能が評価されたんじゃないかしら?」
そんなことない。とカンナは心の中で思ったが、褒められて顔が赤くなっていたのは気付く由もない。
「・・でもやっぱり、お世話になった先輩に申し訳ないってのが本音ですかね。」
相手はふふ、そうね、私も同じですわ。先輩は大事にしたいですわよね、と微笑み笑顔でお茶を下げに行った。
「あら、サキ総隊長。おかえりなさい。」
「タダイマ。ツカレタワ。」
「指導する側も大変ですわよね。」
と言って従者はコートをハンガーにかける。
はっとなったあたしはすぐ頭を垂れた。
作品名:オクトスクイド(2) 作家名:Red lily