MIDNIGHT ――闇黒にもがく2
「受信機が、ついてる……、それで、魔力を……」
「受信……、な……、い、いったい、何を、」
「話は……、後だ……」
ぐい、と胸ぐらを掴まれ、士郎に引き寄せられる。
「は?」
額に押し付けられたものにアーチャーは思わず声を上げた。それは、適度に柔らかく温かい、少しカサついている、唇……。
一瞬にして身体が硬直する。
どさり、と士郎の脚の上に倒れたアーチャーは、意識を失っているわけではない。
(なに……を……)
必死に身体を起こそうとするが、叶わなかった。
「少し、眠れ……」
その声が聞こえた途端、ぱちん、と意識が途絶えた。
「遠坂から教えてもらった不意打ち、効くなぁ……」
気味の悪い額当てを取り去り、ぽい、と投げ捨て、白い髪を撫でた士郎は、その口元に笑みを浮かべる。
「ちょ……、と……、きゅう、け、い……、からだ……うごかね……ぇわ……」
意識のないアーチャーには、そんな声など全く聞こえはしなかった。
うっすらと瞼が開く。魔力の流れを感じ、その流れの元へと目を向ける。
岩壁にもたれるその顔は、暗がりでもわかるほどに衰弱しているように見える。
「おい……」
ぴく、と瞼が反応した。
「何をしている」
気だるげな視線を向けてきた士郎は、答える気もないのか、また瞼を下ろした。
「訊いているだろうが、何を、」
「魔力供給だ……」
「魔力……? なぜだ!」
起き上がろうとするも、アーチャーは動けなかった。いまだ士郎にかけられた術が効いているようだ。ぽん、と頭に士郎の手がのる。
「正義の味方が、悪の手先みたくなってんなよな……」
掠れた声に笑い含みで士郎はこぼした。頭にのった士郎の手がそっと髪を撫でてくる。士郎は無意識のようだ。
「悪の……、親玉では、ない……のか……」
士郎の仕草に戸惑いながら、アーチャーはたどたどしく反論する。
「他にメンバーとか、部下とか、いないだろうに……」
「では、手先というのもおかしい」
「じゃあ、諸悪の権化とか……?」
「諸悪ではない。貴様にだけだ」
「最低だな、お前……」
力ない声でも士郎が呆れているのがわかる。
「そんな……こと、よりも……、どうにかならないのか、これは……」
アーチャーは不満げに士郎を見上げる。
壁にもたれた士郎の脚を下敷きに寝転び、肩から腕を回されているような状態だ。
「仕方ないだろ、魔力供給中なんだから……」
「フン」
文句を言いたいが、魔力は必要だ。固有結界を展開し、魔力切れのことなど気にも留めずにいたため、今のアーチャーは現界スレスレの魔力しかない。霊長を守護するという世界との契約が切れていては、今、ここで宿願を果たす前に魔力切れを起こしてしまう。
いろいろと納得がいかないことばかりだが、冷静になれ、と自身に言い聞かせ、仕方なくアーチャーはじっとしていることに決めた。
「はあ……」
「魔力を供給などして、何を企んでいる。その身体で二ラウンド目ができるとは、到底見えないが?」
「……別に」
「相変わらずの未熟者のくせに、余計なことをするな」
「その未熟者に身動き封じられてるお前は、どうなんだっての……」
「フン……。油断をしただけだ」
「ツメが甘いのは、師匠に似たのか?」
「黙れ……」
「ああ、言われ……なく……、とも……」
ぽつ、とアーチャーの頬に温かい雫が落ちた。
「衛宮……士郎?」
目を向ければ、閉じた左目から滴る赤い雫。
「お……、い?」
返事がない。焦りを感じて、動かない身体を叱咤し、その頬へどうにかダルい腕を上げて触れた。
「おい、衛宮士郎、目を……、目を開けろ! おい!」
ペチペチとその頬を叩くが、反応がない。
「おい!」
必死になって身体を起こそうとすれば、
「……るせぇ…………」
「む……」
ぼそり、と返ってきたのは、うるさい、という文句だ。
「こ……のっ!」
思いきりデコピンを喰らわせれば、
「っだ!」
額を押さえて、士郎は項垂れる。
「何しやがんだ!」
「フン! 油断するな!」
「てめ……」
怒り冷めやらぬ様子で拳を握る士郎だが、何もしてこない。
「ちょっと、寝ただけだろーが! 休ませろよ、俺は、ただの人間だぞ! お前みたいな英霊とは違うんだよ!」
「フン。魔術師のどこが普通の人間だと言うのだ、たわけ!」
「この! 俺の魔力もらっといて、偉そうに講釈垂れんな、自殺願望クソ英霊!」
「な! 貴様っ!」
「事実だろーが! ったく、どこをどうすれば、こんなひねくれ者に育つんだ!」
「どこをどうだと? 貴様もいつかはこうなる運命だ! せいぜい今のうちに大口を叩いていろ!」
「俺はならねえよ!」
「なるに決まっている!」
「なんのために、お前とやり合ったと思ってんだ!」
「な……、んの、ためだ」
アーチャーがたじろげば、
「反面教師に決まってんだろ!」
「…………っ、絶対に殺してやる!」
「やれるもんならやってみろ!」
「ああ、やってやる!」
満身創痍の男二人が、地下空洞で、言い争う。
いったい何をしているのか、と傍から見れば理解不能だろう。
それに、殺しに来た英霊に魔力を供給する方もする方なら、される方もされる方だ。
「「…………」」
しばし睨み合い、やがて、アーチャーが諦めたように息を吐いた。
「……………………何もしない。おとなしくしていてやるから、この術を解け」
「…………本当だろうな?」
疑いの目を向ける士郎に、アーチャーは頷く。
「英霊に二言はない」
「まあ……、じゃあ……」
そう答えて、士郎は術を解いた。士郎の脚の上から身体を起こし、アーチャーは士郎と肩を並べて岩壁に背を預けた。
「何してんの? お前」
「供給だ」
近くにいるほど魔力は受け取りやすい。ただ、主従ではない者たちがそんなことをしても意味はない。が、契約を結んでもいない士郎とアーチャーにそれが可能なのは、おそらく同一の存在だからだろう。
「……やけに、素直」
「フン。くれるというのなら、もらっておいてやる」
「素直じゃないな……」
「どっちだ……」
「素直だけど、素直じゃない。お前、ひねくれすぎなんだよ」
「今さら、変えようがない」
「ああ、うん。そこは、同感」
視線を交わすわけではない。互いに暗い地下空洞の中空を見ている。
「で? なんだって、あんな変な予言とかしたんだ」
「なんだ、予言とは。そんなものはしていない」
「たいそうに、2015年に必ず現れるー、とか、お前、恥ずかしい奴だな」
「なんだ、恥ずかしい奴とは……。私はそんなことは……」
不意に言葉を切ったアーチャーは、思い当たる節があったのか、顎に手を当てて考えている。
「そういえば、そんなことを言ったか……」
「無自覚かよ……。っていうか、なんで2015年だ?」
「貴様が十年後の衛宮士郎だというなら、元の時間に戻れば2014年だ」
「ああ、そうだな。でも、なんで、」
「一年の猶予を与えてやったのだ」
「はあ?」
「過去を変え、明るい未来に自己満足に陶酔している貴様を消してやろうと思ってな」
「お前……、ひねくれ加減も、そこまでいけば、感心するな……」
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく2 作家名:さやけ