MIDNIGHT ――闇黒にもがく2
ああ、もう魔術師の網にかかってやがる……。
ほんっと、エミヤシロウってやつは、対魔力が弱いんだからなぁ……。
仕方がない、手を貸してやるか。
「投影(トレース)開始(オン)!」
最後の投影だ。もう残り滓も出せない。魔術師たちを薙ぎ払い、アーチャーを捕らえた魔術師の後頭部を柄の頭で殴った。
「悪い!」
一応謝っておく。魔術師たちに恨みはない。傷つけたことを謝りたいと思う。けれど、今の俺は、止まることなんかできないんだ。
コイツを魔術協会の好きにさせるわけにはいかない。
コイツは、守護者っていう運命に雁字搦めで、思うままには存在できなくて、何もかもに裏切られてきて、追い求めた理想にも結局裏切られた……。
これ以上、コイツを何かに縛るわけにはいかない。ポケットのペンダントを剣の鈎に巻き付けた。
(これは、コイツに渡そうって、三人で……)
もうあの時間は消えてしまったけど、遠坂と、桜と、一緒に想いを籠めたんだ。
「悪いなアーチャー、これしかできない」
ずぶぶ、と肉を断つ感触が掌に響く。
(ああ、二度目だな、これ……)
瞠目した鈍色の瞳は、驚いているのか、それとも怒っているのか……。
まあ、怒っているだろう。いきなり剣を突き立てられたんだからな。
「ぐ……っ、ぅ……衛宮、士郎……」
ボロボロだった赤い外套が戻っていく。
あの頃と同じ…………、赤い外套に赤い弓籠手。
「もう、こじらせんなよ。俺にはもう、面倒見きれないからな、これっきりだぞ」
届いただろうか、俺たちの記憶(おもい)。
遠坂と桜と一緒に籠めた、お前との記憶。
遠坂のペンダントを剣に巻き付けただけだったけど……。
アーチャーは消えた。
驚いた顔が、ちょっと間抜けだったな。
あんな顔するんだなぁ、見たことなかった。
魔術師が俺を羽交い締めにしたけど、そんな必要はない。もう、立っているのだってやっとだ。
「ぅぐっ、あぁぁっ!」
身体中に激痛が走って硬直した。魔術師が手を放したもんだから、地面に倒れ込む。
「いきなり、何しやがる……」
こいつら、受信機、無理やり引っこ抜きやがった……。普通なら受信状態を切ってからなのに……。
倒れた拍子に、腹やら胸やら頬やら、身体をしこたま打ちつけた。
痛い……。
腹側もだけど、身体中が、痛い。
あちこち痙攣を起こしているのは、魔術回路の過剰な使用からくるものなんだろう。
「っ、ぃたた……」
「エミヤシロウ」
霞む視界に誰かいる。
「封印は解かれることはないようだ。君のしたことは――――」
何を言われているのか、聞き取れないけど、その声で分かった。
「ああ、わかってるよ、ワグナー……」
封印指定だって言うんだろ。
先刻承知だ。
この世界が滞りなく回るんなら、文句はない。
誰も知らなくても、俺は、自分のしたことが間違いだとは思わない。
誰一人覚えてなんか、いなくて…………、ああ、いや、そうだ、アイツが覚えている。
俺だけじゃなく、アイツも知っている。
「すまない……」
ワグナーが謝っている。
なんで、謝られてるんだ、俺?
歩くことも、立っていることすらままならない俺は、半ば引きずられて階段を上がっている。
やっとどこかに座らされたと思ったら、ペタ、ペタ、とシールみたいなものを貼られていく。
頬、額、頭、衣服の上から上下肢、腹側のあちこち。チクリ、チクリ、とシールを貼られる度に針に刺されるような痛みがある。
いったい何をしているのかと訊くこともできず、背中の受信機を取り付けるところに、何かを刺し込まれた。
痛みはない。微かに魔力が流れてきている気がする。さっきまでつけていたのよりもずっと低い受信状態だけど、魔力が受け取れている。
半分も開かない瞼を何度か瞬いて、俺が座っているのは時空を超えるときに使うポッドに似ていると気づいた。
どこかへ送られるのか?
また、過去へ?
疑問は尽きないけど、なんとなく、閉じていく蓋が再び開くことはないんだと理解した。
それに対するワグナーの謝罪だったということも、今ごろ気づいた。
瞼が、勝手に下りてしまう。催眠のような術でもかけられたのか、いや、半分は、身体が限界だからか。
俺も、アイツのことを言えない。対魔力は相変わらず低い。
「アーチャー……」
願わくは、自分の歩いた道が間違いじゃないって、忘れないでほしい。どんなに永く、遠い行く末だとしても。
理想の果てに何を見ても、お前は貫き通したんだからさ、自分の意志を。
「それだけで…………」
……………………いいじゃないか。
□■□Four night□■□
「輸送船は太平洋を南下し、今週末には到着予定です」
「そうか……」
ワグナーは頷き、報告に来た部下を下がらせた。
執務室を出て、展望室へと向かう。
「ここに何があったのだろうな……」
ガラス窓に近づいて上空を見上げれば、鉛色の雲から銀の雨が落ちてきている。
捕えたエミヤシロウは、日がな一日ここに座り込んで空と地面を交互に見ていた。時折ビルの立ち並ぶ街にも目を向け、ぼんやりと外を見ているだけだった。
ポッドに乗せたとき、彼には治療の必要な傷がいくつもあった。左目に入れた義眼は半ば潰れていたために、取り除いて適切な処置をしなければならなかったはずだ。
だというのに、本部から来た魔術師たちは、テキパキと作業を進め、ポッドの感覚線を彼の身体に繋ぎ、受信機を挿す穴をポッドと繋ぎ、エミヤシロウをポッドと一体化させてしまった。
魔力の受信もできるので、勝手に治癒するだろう、と確たる証拠もなく言って、本部の人間は輸送のための準備に入った。
次々と進められていく作業に、ワグナーは口を挟むことも許されず、できたことと言えば、特殊な封緘を施した手紙と彼の左目をポッドの座席の脇に忍ばせることだけだった。
エミヤシロウの左目が保管されていたことを、ワグナーは本部へ報告しなかった。それが極東支部で発見されたことで、何かしらの疑いを持たれることを懼れたのが表向きの理由だったが、ワグナーは時期が来ればエミヤシロウに返すつもりでいたのだ。
本部に報告して没収されてしまえば、二度と彼に返せなくなる。なぜか、彼の左目を返さなければとワグナーは頑なに思った。
その理由は、今もわからないが……。
「エミヤシロウとは……、いったい、何者だったのか……」
あの黒い禍々しいモノがエミヤシロウだったのか、それとも、あの黒いモノと対峙するのがエミヤシロウだったのか……。
最終的に、エミヤシロウがあの黒いモノを倒したように見えた。
剣で貫かれ、消えていく黒いモノの、最後に見えたその姿は、とても人類悪と呼ばれるようなモノには見えなかった。
「それに、よく似ていた……」
エミヤシロウと、あの黒いモノは、対を成すような、鏡映しのような……。
「黒い身体に赤を纏い……」
現れた時は、確かに言い伝えの如く、禍々しい人類悪だと思ったが、消える直前は英霊に見えなくもなかった。
「あれは、サーヴァントというやつなのでは……?」
ワグナーは見たことがないのだ、サーヴァントと呼ばれる使い魔を。
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく2 作家名:さやけ