MIDNIGHT ――闇黒にもがく2
「英霊と謳われ、聖杯戦争では魔術師の従者となってともに闘うという……」
一度、見てみたいと思っていた。
ワグナーは聖杯戦争に関わったことがないために、見たことがなかった。
「エミヤシロウとは……、いったい……」
人類悪なのか、サーヴァントなのか、それとも、ただの人間か。
答えは、誰にもわからない、藪の中だった。
■□■Interlude MEMORY・・記憶■□■
「っ……」
痛みを感じていたはずの胸部には、何もない。
流れ出た血の痕跡もない。
乾いた風に目を眇めれば、ここがどこかなど容易に知れる。
「戻ったのか……」
ため息とともにこぼしていた。
残念でならない、とまでは言わないが、少し、納得のいかない帰還だったことは確かだ。
歩き出そうとして、微かな音に視線を落とす。
足元には赤いペンダント。
「ああ、落としてしまったのか……」
私が生涯持ち続けた、遠坂凛のペンダントだ。
このペンダントと彼女の力が私を生きさせた。
彼女の父の形見をあんな形で使わせてしまったことは、いまだに申し訳なかったと思っている。
膝を折って、ペンダントを拾うと、
「な……?」
脳裡によみがえる記憶(おもい)の数々。
「このペンダントは……私のものではない……?」
全く同じものではあるが、これは違うと、はっきりわかる。
確認のために自身の持つペンダントを探してみれば、やはり、別物だった。
「これは……」
思い当たる節がある。最後にこれを巻き付けた剣に貫かれた。
「この、記憶は……」
私には覚えのないものだ。であれば、と、すぐに合点がいく。
「ああ、私は、間違ってなどいない……」
ペンダントに籠められた想いに、応じるように口にする。
そう、これは、二度目の答えだ。
消えてしまった過去にあった、私と衛宮士郎の意地の張り合い。
一度、衛宮士郎と斬り合った。
その衛宮士郎が過去を変え、私の愚かな宿願は握り潰された。
そうして再び、衛宮士郎と斬り合った。
くだらない自己完結の行為だ。
だが、それでも私にとっては何よりも大事なことだった。そして、衛宮士郎は、その命を懸けて付き合った。
「二度もあんなくだらないことに付き合ったのか……、あの、たわけは……」
呆れていた。けれど、なぜだろうか、心が軽くなった。
ペンダントを握りしめる。
「これは、ここに籠められているのは……、衛宮士郎の……記憶(モノガタリ)……」
第五次聖杯戦争と、その後の人間世界の荒廃、そして危機的状況。
やがて、時空を超えての強制的な事象の排除。
そして、あらゆる災厄の原因となった第五次聖杯戦争への干渉。
衛宮士郎は、常に前だけを見据えて走り続けていた。
「馬鹿だな……。アレも、私に負けず劣らずの愚か者だ……」
馬鹿だ馬鹿だと思いながら、ふ、と笑みがこぼれた。
「私は、衛宮士郎に救われていたのか……」
認めたくはない。だが、認めざるを得ない。
瞼に残るのは、琥珀色の隻眼。
自身の眼球すら武器に変え、魔力の受信機などというものを装着して、折れそうな身体を叱咤して剣を振るって……。
「あのたわけは、いったいどうなっただろうか……」
深傷を負い、魔術師たちに捕まって、あの後、衛宮士郎は……?
封印指定などという沙汰に甘んじていたが、本気で逃げる気があれば、どうにかして逃走できたはずだ。しかし、アレは逃げなかった。
ならば、あそこにいることを、衛宮士郎が選んだということなのだろうか……?
「たわけ……」
もし、もう一度出会うことができたなら、今度はどんな顔をすればいいのだろう。
「いや、馬鹿馬鹿しいな……」
ありえないことを想像して悩むなど、本当に馬鹿らしい。
「だが……」
できることなら、無事であってほしい。
傷だらけだったが、あの後、いったいどうなったかを確かめたい。
封印指定のままでいるというのは少々心苦しいが、生きているのならばそれでいいと思う。
「……なに?」
自問自答してしまう。
「生きているのならば、だと?」
自身の思考に驚いてしまう。
「殺そうと……、消し去ろうとしていた衛宮士郎の生存を、私は……?」
そんな考えに至った己が信じられなくて呆然とする。
「何を考えているのか、私は……」
何やら面映ゆい。
こんな落ち着かなさを、この殺伐とした座で感じることなど、今までにはなかった。
「馬鹿な…………。だが、私は……」
私自身がずいぶんとあの衛宮士郎に拘っていると、認めざるを得ない。
「会いたいと願えば、いいか……?」
消し去りたいと願い続ければ、まみえることができた。
ならば、会いたいと強く思えば、叶うのではないか?
そんなことを考えながら、衛宮士郎の記憶の籠もった赤いペンダントを首にかけた。
歩み続ける道のりは、相も変わらず反吐が出そうな人間世界。
だが、心なしか気持ちが軽い。
「ゲンキンなものだな、私も……」
己に少し呆れつつ、笑いながら、胸に下げたペンダントをそっと握る。
「ああ、そういえば、」
今さら思い出す。
アレに渡された義眼はどこへやってしまったか……。
装甲の隙間にもどこにも見当たらない。
「失くしてしまったのか……」
残念だ。
また、あの義眼が衛宮士郎へと繋いでくれるかとも思ったのだが……。
「いや、あの時は、別の義眼を嵌めていた。もう、私に渡したものは不要なものなのだろう……」
残念、というより、どこか寂しさを覚えた。
私は少し人間味を帯びすぎてしまったようだ。
会いたくて仕方がない、など。
無事を確かめたくて落ち着かない、など……。
「衛宮士郎、お前は、今、どうしている?」
座を覆う歯車を見上げ、何度も繰り返した問いかけを、またこぼしていた。
どのくらいの時が経ったのかなど、座にいる私に計ることなどできない。ここは、永遠に終わりのない英霊の座だ。
霊長の守護者。人間のために人間の殺戮を繰り返すだけの……、くだらない掃除屋の座。
「む……、これは……?」
召喚の兆しだ。
守護者としての召喚とは何か違う気がする。
「聖杯戦争? まさかな……」
そう何度も召喚されるはずがない。
それでも期待をしてしまうのは、私がやはり、アレに会いたいと思うからだろうか……。
■□■Five night■□■
「やたらと電力と魔力を食うところがあって……」
「本当だ、異常な数値を叩き出してる。でも、この場所って何もない廊下だけど?」
「あ! 食堂の近くだから、もしかしたら、料理好きのサーヴァントがオーブンを使いまくってる……とか?」
「あー……、あり得る……」
互いに脳裏に浮かんだサーヴァントが同じことに、苦笑いを浮かべた。
「でも、電力はそうだろうけど、魔力も、ってなるとなあ……」
「……だなぁ」
カルデアのスタッフ二人が連れ立って、突然、施設内の電力と魔力を大幅に吸収しはじめている場所へ赴く。
「けど、レイシフトの波形に似てなかったか?」
「確かに……」
「レイシフトならいいけど、また爆発とか……、じゃ、ないよな?」
「やめろよ、縁起でもない」
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく2 作家名:さやけ