MIDNIGHT ――闇黒にもがく2
軽口を叩きながらも、顔が引き攣っている。
彼らにとって、先般起こった施設内の爆発は結構なトラウマになっているのだ。
事故、いや、仕組まれていたのだから、事件と言うべきか。そこには人理を消却するという思惑があったのだから、件の爆発は、決して事故ではない。
その混乱も収まらないままに、レイシフトやら、人理修復やら、と慌ただしくこのカルデアは稼働している。もちろん、ここで働くスタッフたちも人手不足にヘトヘトになりながら必死にその事業に貢献しているのだ。
「にしても、人手がないからって、おれたちみたいなオペレーターが、保全スタッフみたいなこともしないとダメって……、なあ?」
「ほんと、見回りするくらいなら、ちょっと休憩したいよ」
ブツブツと文句を垂れつつ、問題の場所へと到着した。
「ここ、みたいだけど?」
「そうだな……」
シン……と静まりかえった廊下の只中。
少し手前に食堂があったが、この場所は、何もない廊下だ。
「計器の不具合?」
「そうなのかも……」
頷こうとしたスタッフに、パチ、と小さな火花が見えた気がした。
「え?」
「どうした?」
「今、火ば――」
バチバチバチッ!
「「うわあっ!」」
二人が揃って後退する。
「な、な……」
火花はどんどん大きくなり、稲妻が走る。やがて、そこを中心に、あたりは緑色の光を帯びていく。
「す、すぐに、管制室に、連絡を、」
踵を返して駆け出そうとした瞬間、
ズンッ……。
地揺れが起こり、へたり込んだスタッフが振り返る。
「何が……起こっ……」
ありえない光景に、唖然とするしかない。
今の今まで、そこはただの廊下だった。
火花が散って、緑光に包まれ、そうして光の中に……。
「なんだ……これ……」
廊下の床と壁に半ば埋まって、球形の金属製の物体がそこにある。
パリパリと小さな火花が散っていたが、すぐに稲妻は消え、光も収束した。
「え、SF映画で、よく、コクピットみたいな、感じで、こういうの、あるよな?」
たどたどしく言葉を紡ぐ同僚に、もう一人は頷くことしかできない。
「な、中にさ、人、乗ってたり?」
「あ、あるわけ、ない、だろ……?」
そうは言いながらも、その大きさは、人が丸ごと入れるようなものだ、可能性はある。
「あ、開けて、みるか?」
「ま、待てよ、エイリアンとか、そんなの出てきたら――」
「馬鹿、おれたち毎日サーヴァントと顔合わせてるだろ、今さらエイリアンなんか……」
「恐くないか?」
「恐いけどもさ……」
「恐いのかよ……。でも、このままにはできないだろうし、とにかく、調べてみないと。警報が鳴ってるから、みんなすぐに駆け付けてくれるだろうし」
「そうだな」
言いながら二人は球形の未確認物体を調べはじめた。
***
ズンッ!
マイルームのベッドで跳び起きた。
何かが衝突したか、地震か、それとも建物に何かしらの損傷が起こったか、もしかすると、天才が行った実験が失敗した爆発か……。
「なんだ? 今の?」
時計を見ると午前十一時。
「やば、寝すぎた!」
いそいそと顔を洗い、着替えを済ませる。
レイシフトから戻ったばかりで疲れていたものの、もう昼に近い頃合いだ。怠けているだのなんだのと、サーヴァントに揶揄されてしまう、と人類最後のマスターである藤丸立香はマイルームを出た。
けたたましい警告音ととともに、カルデアのスタッフが走り回っている。
「なに? どうしたの? さっきの地響きみたいなのって?」
いそいそと廊下を行くスタッフに声をかけてみる。
「何かあったみたいなんだけど、まだ、何かはわからなくてね、ごめん、急ぐから!」
真相をまだ誰も把握していない様子だ。
仕方なく自分の目で確かめることにして、足早に過ぎるスタッフの背を何とはなしに追いかけてみた。
その場に着くと、すでにスタッフが何らかの作業をはじめているようだ。その中に馴染んだ顔を見つけて、声をかけてみる。
「ねえ、ロマン。なに、これ?」
「あ、立香くん、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
立香の質問には答えず、Dr.ロマンことロマニ・アーキマンは朝の挨拶をしてくる。
「うん、おはよう。よく眠れたよ。ぐっすり眠って……、寝坊しちゃったしね」
立香も普通に挨拶で返す。
「それで? これ、なに?」
「さあ、ボクにもさっぱりなんだ」
困ったように笑んで、ロマニ・アーキマンは立香に答える。
「ふーん。わかんないんだ」
「なんだろうねえ、急に現れてさ」
「え? 急に?」
「そうなんだよ。この廊下にいきなり現れたんだって」
「うーん、見た感じ、そうだろうなぁとは思ったけど……」
この廊下にこんなものはなかった。
立香がレイシフトをしている間に、誰かがこんなわけのわからない改造をするわけもない。何しろ、ここカルデアにそんな余力のあるスタッフはいないし、ソレは、壁と床にめり込んでいる。明らかに人造的な物体ではあるが、人の手でどうこうできるものでないこともわかる。
突然現れた、と言われても納得がいってしまう。それでも他の可能性を探すとすれば、どこかから転がってきたのかとも考えられるが、そんな痕跡は見当たらない。
「ドクター、だめですね、さっきまでは電力を吸収していたみたいなんですが、それもぱったり収まって、計器は全く反応していません。あとは有線で電力を供給してみれば、どうにか動くかもしれませんけど……」
「電源が必要ってこと? だけど、どこかにケーブルを挿すところとか、ないよね?」
ロマニ・アーキマンが首を捻っていると、
「今、探してますよ」
別の方向から返事が返ってくる。
「ということで、立香くん、これの正体はまだわからないね」
「なーんだー」
「ははは、エイリアンでも期待していたのかな?」
「うーん、ちょこっとねー。それじゃ、おれがいても邪魔になるし、ご飯でも食べ――」
「ちょっと待って、立香くん! これ!」
「え? なに?」
ロマニ・アーキマンがしゃがんで見ている、半分床に埋もれた底部を覗き込む。
「これ、電源の……、だよね?」
ロマニ・アーキマンが珍獣でも発見したような顔で訊く。
「うん。これ、見たことある」
「よし! 立香くん、君に使命を与える!」
「はっ!」
敬礼して立香が姿勢を正した。
「すぐに厨房へ行って電源コードを借りてきたまえ!」
「イエッサー!」
すぐさま立香は駆け出した。
***
「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」
再びアーチャーは現界した。
アーチャーを召喚したのは、カルデアのマスター・藤丸立香。
「よろしく頼むよ、アーチャー」
意志の強そうな青い瞳が彷彿とさせたのは、かつてのマスターだった少女。
彼女はアーチャーにとって、とても大きな存在だったからだろうか、一瞬、彼女が己を呼んだ、と、そんな幻を見ていた――――。
2016年を最後に、人類は滅亡する――――。
疑似天体カルデアスは深紅に染まり、近未来観測レンズ・シバは2016年以降の地球上に人類を確認できず……。
人類は滅びた。いや、かろうじて首の皮一枚繋がっている状態で、滅びようとしている、というべきか。
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく2 作家名:さやけ