MIDNIGHT ――闇黒にもがく2
なぜなら、このカルデアの施設だけが残っているからだ。ただし、唯一残ったこのカルデア内の時間が2016年を過ぎれば消滅してしまう。それまでに人理を修復しなければならない。
特務機関カルデアは、最後にして原初の使命“人理守護指定・グランドオーダー”を発令し、七つの特異点で歴史を正しいカタチに戻すため、闘っている。
人類の未来を、焼却された人類史を取り戻すため、ここ、カルデアのマスターは数多のサーヴァントとともに闘い、現在、三つの定礎復原に成功している。
このカルデアの外の世界は死の世界だ。外界からの援助はなく、また、外に出たスタッフは戻らず、音信も途絶えたまま。実際に世界がどうなっているかなどくまなく精査したわけではないが、予想はついている。特異点F、つまり日本の地方都市冬木と全く同じ状態だということ。
それでも、カルデアのスタッフもマスター・藤丸立香も、自分たちにできることを日々こなしている。やるべきことに没頭するのは、見て見ぬふりで、いたいからかもしれない。
自分たちの家族や故郷のことを考えると、倒れてしまいそうだから、必死に目の前のやるべきことにしがみついている。そういうことなのだろう。
「人は、弱いものだ……」
ぽつり、とこぼして、冷蔵庫から食材をいくつか取り出す。
「私を含めて、な……」
ため息交じりにこぼした口元には、自嘲の笑みが刻まれている。
(人理消却……か……)
それが意味するところは、いわゆる“人類に未来はない”ということだ。
(アレが必死に変えた未来もまた……)
胸苦しさに、アーチャー・エミヤは、また、小さな息を吐いた。
カルデアのマスター・藤丸立香に召喚されたエミヤは、比較的古参のサーヴァントだ。特異点を修復するごとに増えるサーヴァントと日夜働くスタッフのため、マスターとともに戦いに出ないとき、エミヤは厨房を任されている。
でなければ、食事情が大変なことになってしまう、とマスターや所長から涙目で訴えられては、エミヤも断れなかった。
元々料理は嫌いではないし、趣味に近い。誰かに食事を振舞うのも好きだ。
「しかし、今日は騒がしいな……」
廊下をバタバタとスタッフが行ったり来たりしている。
立香は昨日レイシフトから帰還したばかり、スタッフも含めて今は束の間の休息だ、と羽を伸ばし、朝寝坊をしていたはずだ。
「先ほどの地揺れか?」
原因はそれだろうと気にはなるが、エミヤは野次馬をしに行く気にならず、そろそろ昼食の準備に取りかかろうと、厨房に詰めていた。
「エミヤ! エミヤーっ!」
バタバタと足音とともに食堂に駆けこんできたのは、ほかならぬ、ここカルデアのマスター・藤丸立香だ。
「ど、どうした、慌てて……」
その勢いにややたじろげば、
「あの、で、電源! 電源、欲しいんだけど!」
エミヤは肩透かしを食らった気分で、唖然としてしまった。
彼の勢いと、先程からの騒がしさから予想して、火事だとでも言うのかと思ったのだが、電源を探しているという。
おそらく電源コードのことだろうと気を回し、拍子抜けしつつも、エミヤは今、立香が入って来た入り口を指さす。
「延長コードなら、食堂ではなく、倉庫の方に――」
「延長じゃなくて、ポットの!」
「ポッ……ト? そんなもの、どうす――」
「ああ、それ! 借りてくよ!」
立香は、厨房にあったポットから電源コードを外し、コンセントを引き抜いて、そのまま慌ただしく出ていった。
「……なん、だったんだ?」
電源を抜かれた電気ポットは沸騰した湯を残したままで使用不可になってしまった。
「確か、魔法瓶のポットはなかったな……」
調理台の下の収納や吊戸棚を確認して保温ポットを探してみたが見つからず、仕方なくポットのお湯はそのまま放置することにした。
「まあ、早く返してもらえばいい話か」
そういうわけで、エミヤは食堂を出て立香を探す。食堂から少し歩けば、人だかりがあり、サーヴァントたちも幾人かが様子を見に来ている。
このカルデア内では、サーヴァントは自由に“生活”をしている。食堂でお茶を愉しむ者、トレーニングルームで戦う(あそぶ)者たち、趣味に没頭する者など、それぞれに個室をあてがわれ、好きなように過ごしているのだ。
廊下を行けば、ほどなく、立香が騒がしいこととスタッフが慌ただしい原因が見つかり、エミヤは少し離れて首を傾げた。
「なんだ? あれは……」
廊下の床と壁に半ば埋もれた球形の物体。それが廊下の三分の二を塞いでいる。機械的な表面で、SF映画に出てくるコクピットのようにも見えた。SF好きにはたまらないフォルムかと呑気に思っていれば、電気が通ったためか、何やら起動音がしている。
カルデアのスタッフのほとんどが総出で見守る中、
「やあ、エミヤ。君も野次馬かい?」
このカルデアの頭脳と言っても過言ではないレオナルド・ダ・ヴィンチがにこやかに話しかけてくる。
「あ、いや、電源コードを持っていかれてしまったのでね」
「電源コード?」
「ああ、ポットが使えなくなってしまった」
「そのコード、まさか、あれに、かい?」
目を丸くして指をさすダ・ヴィンチに、エミヤは頷く。
「そのようだ」
むむ、と顔をしかめたダ・ヴィンチは、球体の前へと進み出た。
「やあ、立香くん、おはよう。楽しそうだね?」
「あ! ダ・ヴィンチちゃん! おはよう! なんか、変なものが見つかったって」
「ああ、そうだね。変だねー。ところで、君がポットの電源を?」
「あ、うん、そう。ここに挿して、今、電気を流しているところだよ」
立香が指させば、ダ・ヴィンチは腰を屈めて確認した。
「ふーん。ポットの電源コードとは、これまたシュールだねぇ」
「それで? それで? これって、エイリアン? 未知との遭遇?」
期待に満ちた目で訊かれ、
「ははは! 落ち着きたまえ。そんな夢あふれるようなものではないと思うよ」
天才は、にっこりとその面に笑みを刻んだ。
「えー? そうなんだ。残念だなぁ……」
「人理修復をこなす最後のマスターのクセに、君はこの上、どんなイレギュラーを望むんだい?」
「だから、未知との遭遇だってー」
年相応の少年らしい顔で立香は主張する。
「うーん……、確かに未知かもしれないけどねぇ……」
「え? マジで?」
「だけど、魔術師の残したものだから、一概に未知とも言えないよ」
「魔術師の……残した?」
立香は首を傾げ、
「え? ダ・ヴィンチちゃん、わかるのっ?」
しゃがんで球体を確かめていたロマニ・アーキマンが顔を上げる。
「ああ、わかるとも。この天才にはね」
「もしかして、もしかしてさ、なんか、スペシャルな英霊が入ってる、とか?」
ワクワクが止まらない、とばかりに立香はソワソワとして訊く。
「なんとかボール、とか、なんとかカプセル、みたいに? ははは! それはそれで面白いね。でも、ま、これは、開いてからのお楽しみさ」
「えー! 何か知ってるんなら、教えてくれてもいいだろー。っていうか、実は、ダ・ヴィンチちゃんも、なんだかわからないんじゃないのー?」
「む。そぉんなことはないさ。天才を馬鹿にするものじゃないよ」
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく2 作家名:さやけ