Never end.
「私、この人好き!!この人優しいよ!」
「え?」
無邪気にはしゃぐプルに驚きながらも、アムロの顔にも笑みが浮かぶ。
「ふふ、ありがとう」
「さぁ!プル!行くわよ」
大人しくなったところを、ハンナに捕まって、プルが医務室に引きずられて行く。
「嫌!」
そんなプルの頭を、アムロが優しく撫ぜる。
「君の為の検査だろう?嫌な気持ちはわかるけど、ここの人は君の嫌な事はしないよ」
「本当?」
「ああ」
プルはアムロの瞳をじっと覗き込み、そこに嘘が無い事を確認すると、コクリと頷く。
「分かった!」
「いい子だね」
「うん!プル、良い子!」
優しく微笑むアムロに、プルも笑顔で答える。
「貴方、とっても綺麗な瞳をしてるのね!」
その言葉に、アムロはドキリとする。
“貴方、とても綺麗な瞳をしてるのね”
昔、彼女に言われた言葉…。
「ふふ!また後で遊んでね!」
そう言うと、プルはハンナと共に艦橋を去って行った。
その後ろ姿に、アムロはある少女を思い出す。
“アムロとは、いつでも遊べるから…”
『…ララァ…』
アムロの気がプルへと向けられて、ジュドーとアムロ、二人の共感が断ち切られる。
ジュドーは大きく肩で息をして、今まで自分が呼吸すら忘れていた事に気付く。
『なんだ?何があった?カミーユに始めて会った時と似てるけど…もっと強烈な…感覚』
それが、ニュータイプ同士の共感だったのだと、ジュドーが気付いたのは少し後の事だった。
◇◇◇
「ここがカツの部屋だ」
建て付けの悪くなったドアを手で強引に開けて、ブライトがハヤトとアムロを部屋に入れる。
部屋の中は既に片付けられていたが、デスクの上に、フォトスタンドだけが残されていた。
それを手に取り、ハヤトが辛そうな表情を浮かべる。
それは家族写真だった。ハヤトにフラウ、レツやキッカ、そしてカツが笑っている。
「それだけはそのままにしておいた…」
ブライトの言葉に、ハヤトが泣きそうな顔で笑う。
「そうか…」
そんなハヤトを見ながら、アムロはシャイアンを脱走した時を思い出す。
正義感が強く、ハヤトのように戦う事を選んだ子供。
あの時、戦おうとしない自分に失望し、怒りを露わにした。
カツの中では、自分は一年戦争の英雄のままだったのだろう。
あの戦争の後、俺がどんな日々を送っていたのか知らなかったのだから、仕方がないが、当時の俺は数年に渡る実験体としての日々と、七年にも及ぶ軟禁生活に疲れ果て、戦う気力など残っていなかった。
それでも脱走したのは…多分、あの人の気配を感じたからだ…。
金と赤の入り混じったオーラを持つ男。
はっきりと彼を認識できていた訳じゃない、けれど、本能が俺を動かした。
アムロは小さく溜め息を吐くと、その場を後にした。
カツの部屋から出て、通路を歩いていると、黒髪の少女とすれ違う。
その瞬間、少女からカミーユの気配が伝わってきた。
アムロは振り返り、少女を呼び止める。
少女、ファ・ユイリィにカミーユの事を尋ねると、医務室へと案内してくれた。
医務室に入り、カミーユ気配を色濃く感じるカーテンへと視線を向ける。
そして、そのカーテンをそっと開け、中を覗き込む。
そこには目を開けたまま、ベッドに横になるカミーユが居た。
「…カミーユ…」
ゆっくりベッドへと足を進め、カミーユの顔を覗き込む。
そして、カミーユから僅かだが心を感じる。
『ああ…あの時…なんとか引き戻した心の一部は、ちゃんとカミーユの中にある…でも…』
アムロは悲痛な表情を浮かべて、カミーユの頬にそっと触れる。
指先から伝わる温かさに少しホッとするが、何の反応も返さないカミーユに、アムロの瞳から一雫の涙が零れ落ちる。
「アムロさん…?」
驚くファに、アムロは「ゴメン」と小さく謝る。
「アムロさん…」
「はは…大の大人が…情けないな…」
涙をぬぐながら、ファに微笑む。
「いえ…そんな…」
「ちょっと…カミーユと二人にしてもらっても良いかな…?」
「え?あ、はい。それじゃ…すみませんけど、食事の間、カミーユを見ていて貰ってもいいでしょうか?」
「ああ、勿論。ゆっくりしてきていいよ」
優しく微笑むアムロに、ファは“この人ならば、カミーユを任せても大丈夫”だと思う。
「それじゃ、すみません。お願いします」
「ああ、こちらこそありがとう」
カミーユと二人きりになり、アムロはカミーユの両手を握りしめ、目を閉じてカミーユの心を探す。
『カミーユ…君の心の欠片を少しずつでも育てる事は出来るだろうか…。シロッコに奪われてしまった心は戻らないけれど…また育てる事は出来るはずだ…』
「カミーユ…カミーユ…」
僅かに残るカミーユの心へと、アムロは優しく呼びかける。
アムロは自身とカミーユの心をシンクロさせて、カミーユの心の中へと入っていく。
しかしそこは真っ白で、何も無い空間だった。
けれど、遥か向こうに光を感じる。
「ああ、カミーユ。君はそこに居るんだね…」
アムロはゆっくりと光の方へ歩みを進めるが、中々前に進む事が出来ない。
「これは…時間が掛かりそうだな…」
そう言うと、意識を現実へと引き戻した。
現実に戻った瞬間、アムロの身体がグラリと揺れ、ベッドに突っ伏してしまう。
「っ…、流石に…結構キツい…な…」
ニュータイプとは言え、一方的に他人の意識に入る行為は、精神的にも身体的にもかなり負担が掛かる。
分かっていた事とは言え、想像以上の負荷に、アムロ本人も少し焦る。
早鐘を打つ心臓を、どうにか落ち着かせながら、大きく深呼吸をする。
「カミーユ…少し時間が掛かるかもしれないけど…絶対に君を取り戻してみせるから…」
カミーユの手を取り、その顔を見つめる。
しかし、その目は何も写す事なく、ただ天井を見上げるだけだった。
「ゴメンな…こんな事くらいしか出来なくて…。あの時俺が…もっとちゃんとしてたら…君がこんな風になる事も…あの人が姿を消す事も無かったかもしれない…」
そんなアムロの背後で、カタリと物音がする。
振り返ると、そこにはさっき艦橋で見た少年、ジュドー・アーシタがいた。
「えっと…君はさっき艦橋に居た…」
「ジュドー・アーシタです」
「ジュドー君?」
「“君”は要らない」
ぶっきら棒な物言いに、子供らしさを感じてクスリと笑う。
「何?」
「あ、いや、ごめん。ジュドー、どうしたんだい?」
「別に…カミーユに会いに来たら…アムロ…さんが居たから…」
ジュドーはカミーユに会おうと医務室に来たが、アムロがいた為、そのまま去ろうとした。しかし、アムロの意識がカミーユの中に入って行くのを感じて足を止めた。
二人の様子に、思わず目が離せなくたってしまったのだ。
「ねぇ、何でカミーユの中に入っていったの?」
ジュドーの言葉にアムロが目を見開く。
「君には分かったのかい?」
「…何となく…」
「そうか…」
アムロは第一印象からジュドーには何か感じるものがあったが、それを聞き確信する。
『この子もニュータイプだ』
「それで?何で?」
「あ、ああ。カミーユの心に呼びかけて…僅かに残る心に触れて…カミーユの心を育てようと思ったんだ」
「育てる?」
作品名:Never end. 作家名:koyuho