Never end.
残されたブライトとアムロは、向かい合わせで座ったまま、互いに何か話しだそうとするが、どう話したらいいかと少し思案する。
そして、ブライトがその重い口を開く。
「アムロ…お前…身体の方はもう良いのか?その…ニュータイプ研究所での…」
ブライトは、アムロが戦後、ニュータイプ研究所でどんな扱いを受けていたかを知っていた。
何度か上に掛け合って被験体をやめさせてくれるように訴えたが、一士官のブライトの言葉が届く事は無く、アムロが実験中に心配停止に追い込まれるまで実験は続けられた。
研究所から出されたアムロを迎えに行ったブライトは、やせ細り、意識不明の状態のアムロを目の前にして絶句した。
連邦は、民間人だったアムロに戦闘を強要しただけで無く、戦後に広告塔として散々引きずり回した挙句、人体実験の被験体にしてその命を危うくしたのだ。
おまけに、何ヶ月も病院で治療を受け、どうにか回復したアムロを、今度は薬漬けにしてシャイアンに幽閉した。
あの頃のアムロは、今のカミーユ程では無いにしても、全てに疲れ果て、ベッドから出れない状態だった。
何度かシャイアンに行き、アムロと会ったが、常に監視が付き纏い、会話も全て盗聴された。
自分がアムロを強制的にガンダムに乗せた為に、彼の人生を大きく変えてしまったと、心の底から後悔した。
何年かして、身体の方は回復したが、心は思うように回復出来ず、ずっと鬱状態だった。
アムロのそんな状態を知らないカツが、戦おうとしないアムロを叱責したと聞き、心が痛んだ。
だから、アムロがシャイアンを脱走してカラバに合流したと聞いた時は驚いた。
何がアムロを突き動かしたのかと考え、丁度その時、地球に降下していた“彼”の存在を…素性を思い出した。
“赤い彗星”、一年戦争で、アムロと何度も剣を交えた好敵手。
その存在が…アムロを突き動かしたのだと気付いた。
二人には、言葉にできない繋がりを感じた。
憎み合っているのとは違う…因縁の様な…絆の様な…複雑な繋がりを…。
「もう、大丈夫だよ。ブライト」
「本当か?お前の大丈夫は当てにできん」
「信用ないなぁ」
「まだ、大量に投与された薬の副作用は残っているんだろう?」
一瞬言葉に詰まったアムロだったが、肩を竦めてクスリと笑う。
「…ブライトには隠しても仕方ないか…。ああ、まだ残ってるよ」
「ハヤトには言ってないのか?」
「ああ、言えないよ。研究所での事は…ブライトと…カイさん…ああ、あとセイラさんしか知らない」
「その…クワトロ大尉も…知らないのか?」
地上で何度か作戦を共にした二人は、それなりに会話をする機会があっただろう。
「あの人には…絶対に知られたくない」
視線を逸らし、両手で身体を抱きしめるようにしながらアムロが吐き出す様に言う。
「アムロ…」
「まぁ…あの人の事だから…何か察していたかもしれないな。一緒に宇宙に上がれと言われたのを断った時も、それ以上言ってくることは無かった…」
「それで?身体の方は…」
「あまり眠れないのと…時々呼吸が苦しくなる…。パニック障害の軽い奴かな…、でも最近はあまり発作を起こしていないから…治ってきてると思う。あとは、薬に抗体が出来てしまっているから、あまり薬が効かない。下手な薬を使うとアナフィラキシーショックを起こす」
「おい…そんな状態でカラバで戦っていたのか?」
「まぁね」
「とりあえず、あとで医務室に行け!ここのハサン医師は優秀だ。きちんと検査をしてお前の身体の状態を把握してもらう必要がある」
「えぇ…。検査とか嫌いなんだけど…」
白衣や病院の空気は研究所を思い出して怖いのだろう、アムロが心底嫌な顔をする。
「お前の為の検査だ、“ここの人は君の嫌な事はしない”だろう?」
さっき、アムロがプルに言ったセリフをブライトに言われて、アムロが苦虫を潰した様な顔をする。
「意地が悪いな」
「お前が言ったことだろう?」
「はぁ…分かったよ」
「ちゃんと行けよ、医務室には俺から連絡をしておく」
「了解。…そういえば…あのプルという少女だが…」
「やはり気になるか?」
「ああ、何か…歪んだプレッシャーを感じる…まさかと思うが…強化人間か?」
「ああ、本人はそう言っていた。自分はネオ・ジオンの…生まれながらの強化人間だと…」
「生れながら…まさか…試験管ベビー?…」
「おそらくな」
「ネオ・ジオン…フラナガン機関か…」
プルから感じたララァの気配は、おそらく、ララァの遺伝子が何らかの形で彼女に組み込まれているからだろう…。
ララァはジオンのニュータイプだ。
当然そこで何らかの処置を受けただろうから。
「あんな子供が…嫌な時代だな」
「全くだ」
◇◇◇
それから、アムロによるガンダムチームへの訓練が始まった。
〈イーノ、エル、編隊を崩すな!〉
〈ビーチャ出過ぎだ、やられるぞ〉
まずはいくつかのフォーメーションを組み立て、技能的にまだまだ未熟な子供達が、互いにフォローし合える様に訓練した。
訓練終了後、ミーティングルームで訓練の内容を検証する。
「全体的に大分纏まってきたな」
アムロは各機体から回収したデータを分析しながらシミュレーションデータを画面に表示させる。
「ビーチャ、こうやってデータで見ると出過ぎてるのが分かるだろ?敵はこう言う機体を先ずは狙ってくる。リーダーとしてみんなを引っ張ろうとする気持ちは分かるが、気を付けろよ」
「マジかよ…」
「それからイーノ、君は少し下がり過ぎだ。しかし、周りを一番把握しているのも君だ。常に冷静に周りを見てフォローをして欲しい」
「はい!」
ミーティングが終わり、ぞろぞろと部屋を出て行く。
「アムロ大尉ってさ、訓練中はメチャクチャ厳しいけど、ああやってちょっと褒められると、なんか頑張ろうかなって思っちゃうんだよね」
イーノの言葉に、エルやルーも賛同する。
「そうそう、何て言うかな、上から抑え付ける感じがないのよね」
「そうね。それは私も思うわ」
正規のパイロットの訓練を受けたことのあるルー・ルカは、今まで受けた訓練とは違うアムロの指導法に少なからず驚いていた。
素人の子供相手と言うこともあるが、個々の実力を見ながら冷静に分析し、厳しいながらも、長所を伸ばす方法で指導をしてくれる。
そして何より、戦場を知るからこそ、如何に生き残るかを徹底的に教え込んでくれていた。
「それに、モビルスーツの事にもメチャクチャ詳しいよな。アストナージがびっくりしてた。メカニック並みの知識があるって!ディジェの整備も自分でしてるらしいよ」
「凄いな…」
そんなみんなの会話を、ジュドーは複雑な表情で聞いていた。
「なぁ、カミーユ。アムロさんて前からああなのか?なんて言うか…自分の事を後回しにし過ぎっていうか…無理し過ぎなんだけど…」
医務室でカミーユの手を握りながら、ジュドーが呟く。
「大人だからって…全部背負いこむ事ないのにな…」
「ジュドー!遊ぼ!」
そこに、プルが飛び込んでくる。
「プル!?」
「ねぇねぇ!いいでしょう!」
「仕方ないなぁ…、じゃあな、カミーユ。また来るよ」
そう言ってジュドーが医務室を出て言った後、病室から小さな声が聞こえる。
作品名:Never end. 作家名:koyuho