Never end.
「…ムロ…さん…、ク…ロ…大尉…」
ベッドに横になるカミーユの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
◇◇◇
数日後、宇宙に上がったアーガマは、補給の為にサイド1のあるコロニーに入港した。
「アムロ、本当に一人で行くのか?」
「ああ、ちょっと聞き込みに行くだけだから大丈夫。18時には戻る」
ブライトの問いに、アムロが笑って答える。
「分かった。とにかく危ない事はするなよ」
「心配性だなぁ。老けるぞ」
「ほっとけ!」
そう言いながら、私服に着替えたアムロは、ヒラヒラと手を振りながら、エレカに乗ってコロニー内の街へと出かけて行った。
仲間と共に買い出しに出ていたジュドーは、一人で街を歩くアムロを見かけ、足を止める。
「どうしたの?ジュドー」
「イーノ!俺ちょっと用事を思い出したから先に帰ってて!」
「え、ジュドー!?」
そう言って、ジュドーはアムロの後を追いかけた。
アムロはとあるレストランバーに入ると、カウンターで飲み物を飲みながら溜め息を吐く。
「はぁ…やっぱり何の手掛かりも無いな…あんな目立つ人がどうやって身を隠してるんだか…」
グラスの中身を一気に飲み干して一息ついたところで、バーテンダーから二杯目の飲み物が差し出される。
「え?頼んで無いが?」
「いえ、あちらのお客様からです」
バーテンダーがにこやかに答えるのを聞きながら、その相手を見る。
そして、アムロはガタリと席を立つ。
「なっ!シャ…」
名を叫ぼうとしたアムロの口にそっと手を当て黙らせる。
そして、ニヤリと笑うと席に座る様に促した。
「久しぶりだな、アムロ」
髪を黒く染めているが、その声は間違いなくあの男のものだった。
「貴様…よくもそんな事が言えるな!」
「そう怒るな。落ち着きたまえ」
「なんだと!?」
「アムロ…!」
静かな声ながらも、アムロを黙らせるには充分な殺気を纏った声に、アムロが開いた口を閉じる。
「どうしてここに?…」
「君が私を探していると聞いてね。会いに来た」
「何を呑気な!」
「呑気なものか、君にどうしても会いたくて、こうして姿を変えてまで会いに来たというのに」
「…は?俺がどうして貴様を捜しているか分かってて言ってるのか?」
「ああ、私が何か企んでないか確認したいんだろう?」
「分かってるんなら…」
「どうしても会いたかったんだ」
真っ黒なスクリーングラスを外しながら、真っ直ぐとスカイブルーの瞳がアムロを見据える。
「…っ」
「アムロ、私の事が知りたいんだろう?」
心の奥底まで見透かす様なその視線に、アムロは逃げる事すら出来ない。
「この店の奥に部屋が取ってある。来たまえ」
シャアに腕を引かれ、拒む事も出来ないまま奥へと連れて行かれる。
そして、パタリと扉が閉まった瞬間、大きな胸に抱き締められた。
「シャ…」
「アムロ…」
触れる肌から伝わってくる想いに、アムロは抵抗する事が出来ず、身を任せてしまう。
そんなアムロの顎を掴むと、上向かせて唇を重ねる。
互いの想いを伝え合う様に、深く舌を絡ませ、求め合う。
「ど…して…(俺を置いていった…)」
「君が…宇宙に上がれる様になるまで待とうと思った」
言葉にしなくても、全てが伝わってしまう。
「だからって…あんな風に姿を消す事ないだろう!」
「仕方がなかった。まぁ、自力で帰艦出来る状態ではなかったからな。私をずっと付かず離れず見守っていた仲間に、もういい加減に本来の居場所に戻れと言われてな」
「監視の間違いじゃないのか?」
「…そうかもな」
「ん…」
言葉を交わしながらも、キスを繰り返し、シャアの手はアムロの服の中へと伸ばされる。
「ずっと…君に触れたかった…ダカールで君を抱いてから、どうしても忘れられなかった…」
その想いはアムロも同じだった。
あの作戦の後、酒の勢いもあってシャアと身体を重ねた。
そして、自分がどれだけシャアを求めていたか思い知った。
一年戦争の時…同志になれと差し出された手を…忘れられずにいた…。
ララァを戦いに巻き込み、死に追いやった男なのに、怒りこそあれ、憎む事は出来なかった。
何より、ララァを直接手に掛けたのは自分だ。
シャアを責める資格など、元より自分には無かったのだ。
「シャア…」
情交の跡をシャワーで洗い流すと、アムロは服を身につけ始める。
それを横目で見ながら、シャアはアムロの腕をそっと掴む。
「シャア?」
「アムロ、私と共に来い」
その言葉に、アムロはビクリと身体を震わせる。
それは、何度も告げられた言葉。
その度にアムロはそれを拒絶した。
アムロは顔を歪めながら、腕を掴むシャアを見つめる。
「貴方と?」
「ああ、そうだ」
「ネオ・ジオンに?」
「……」
その問いに、シャアは無言のまま、肯定も否定もしない。
「貴方は狡いな…」
今にも泣き出しそうなアムロを、シャアが思い切り抱き締める。
『そんなの無理だって…分かってる癖に…』
かつて、多くのジオン兵を死に追いやった自分がネオ・ジオンに受け入れられる事はない。
それに今、カミーユやジュドー達を放り出すことなど出来やしない。
「ジオンからも、連邦からも俺を隠して、どこかに監禁でもするか?」
「それも良いな…君を…私だけの鳥籠に閉じ込めたい…」
「ふふ、そんなの無理だろう…?」
今のシャアに、それほどの自由は無いだろう。
同志と呼ばれる者たちに囲まれ、その期待を一身に受け、自由を奪われていく。
「人身御供の家系…か…あの時は…冗談のつもりで言ったんだ…そして…それは貴方だけじゃなく…自分にも当てはまる事だったから…」
「私はジオンの…君は連邦の…か?」
「…そうだよ…」
自分を抱き締める広い胸に、アムロは頬をすり寄せる。
「俺たちは…同じ道を辿れない…」
「では…私たちのこの想いはどうしたらいい?」
「……分からない…」
アムロの瞳から、涙の粒が零れる。
「分からないよ…」
〈アムロさん…〉
ふと、誰かの声が脳裏を掠める。
自分を心配する様な…慰める様な声…。
「カミーユか?」
アムロがその声の主を認識する前に、シャアが彼の名を口にする。
『ああ…そうだ…彼は…俺たちの想いに気付いてた…ずっと心配してくれていた…』
「俺たちの想いが…カミーユに…伝わってしまったかな…」
「カミーユは今どうしている?彼の気配がとても弱い…あの戦闘でシロッコとやりあった後から…カミーユの気配があまり感じられないのは何故だ?」
「カミーユは…」
アムロがカミーユの状態を説明すると、シャアは「そうか…」と小さく呟いた。
少なからず、自分にも責任があると感じているんだろう。
「シャア…俺は…もう逃げたくない…俺の弱さで…カミーユや子供達を犠牲には出来ない…」
「アムロ…」
「ごめん、やっぱり貴方の手は取れない…少なくとも今は無理だ…」
「今は…か…。分かった…」
「シャア…」
「しかしアムロ、私は諦めた訳じゃない。それを忘れるな」
アムロの両肩を掴み、シャアがハッキリと告げる。
「シャア…」
「そろそろ出ようか…カミーユともう一人、君を心配している気配がある」
「え?」
店を出ると、道の反対側にジュドーが立っていた。
「ジュドー…?」
「ではな、アムロ。また会おう」
作品名:Never end. 作家名:koyuho