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魔王と妃と天界と・3

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 ブルカノが取り出したのは、マデラスの腕に巻かれていた青のリボンだ。それは千切れ、ボロボロになっていた。
「それでも何か暗示を掛けられていた様だが……。逆に言えば、これがあったからこそあそこで効果が切れたという事か……」
 もしこのリボンが無かったら、どうなっていたのか。考えただけでもムカムカする。
 この様に精神を害する様なやり方を好むのは、やはり悪魔達なのだろうか。……見ていると物理的で単純な暴力の方が大多数には好まれていると思うが、中にはそんなのもいるのだろう。
 しかしどこか納得できない気もして、ブルカノが唸る。
「……この様な悪辣な暗示を掛けた者に心当たりは?」
 そう問えば、フロンは暗い顔で返す。
「……マデラスちゃんの、以前の所業を許せないというひとは、少なくないんです」
 以前の所業。
 それは、つまり。
「先代魔王であるクリチェフスコイさんは、とても支持されていました。そして、王妃様もまた……。だから、彼に逆らい、王妃様を殺めた彼をよく思わないひともいます」
 確かに魔界の治め方に不満を持つ連中もいたが、そこまでの凶行に及んだマデラスに賛同する者もおらず。ならば、支持者の声が大きくなるのも道理だろう。
 だが、当然それだけではなく。
「……彼は、封印から解かれて、一時は玉座に座っていました。その事を未だに怒ってるひともいるんです。その後に彼と戦い、勝利したラハールさんを魔王と認め、その言葉に従って見守る姿勢でいて下さる方も多いのですが……」
 それでも、中には納得しきれない者もいるのだと。
(……マデラスに手は出すな、と……言ったのか、あの魔王が……)
 封印を解いた件でフロンが顔を歪めた事には気付いていたが、敢えて指摘はしなかった。
 今はそんな事を言っている場合ではないからな、とわざわざ内心で呟いてから、口を開く。
「………あのリボンは、保険だったという訳か」
「教会の子供達にも同等の力を持ったお守りは渡していますけどね」
 きっぱりとしたフロンの言葉に、あーそーかい、と脱力気味にブルカノ。先生として、えこひいきはしないらしい。
 フロンの身に着けているリボンは天使の輪が変化したものな為、それと同じものではないが、かなりの力が込められたものだ。
 それを子供達全員に渡している事に、よくやる、と呆れながらも感心する己を無視する相変わらずなブルカノである。
「それでも、明確に狙われる率が高いのはマデラスちゃんですから。バイアスさんもその事もあって、度々教会に来てくれていたんですけど……」
 今は色々と気になる事が多すぎて、独自に調査してくれているのだ。そこまで手が回る筈もない。
「ふむ……。まぁ、いないものは仕方無い。……大天使様も最近忙しそうだしな……」
 悪魔を褒める気などは無いが、ブルカノもバイアスの有能さは知っている。大天使の友人でもある様だし、その正体も薄々感付いてはいるし。
 そんな二人が動いているのだ。自分に何も知らされていなかったのは遺憾ではあるが、今回の件もそう手間取らずに解決するのだろう。
 ラハール達を襲った連中は全員撃退したらしいし、追撃もなかったと聞いた。ならば、首謀者にもう手駒は残っていないと思われる。ラハールとエトナも首謀者を捜している様だし、そう時を置かず見付かるだろう。
 そう思うブルカノに、フロンが言いにくそうに告げる。
「………ただ、この件は……それだけではないのかもしれません」
 俯きながらのその言葉に、ブルカノが怪訝そうに眉根を寄せる。
「どういう事だ?」
 ブルカノの問いに、フロンは眼を伏せ、静かに息を吐く。
 数瞬の後、ゆっくりと眼を開け、言葉を紡ぐ。
「……マデラスちゃんには、暗示と共に、呪いと呼べるものが掛けられていました。他者へと感染するもので、それも天使には効かない類のものです」
「っ……!?待て、それはどういう事だ!?」
 無差別ならば解る。思慮の足りない馬鹿か先代を崇拝する様な極端な思想の持ち主であれば、やりかねない犯行だ。
 しかし、わざわざ天使には効かない呪いを掛けるなどと。
(妃であるフロンを害さない為だとでもいうのか……?いや、しかし……)
 フロンは人気があるらしい。理解はできないが、事実として認識はしている。だが、しかし。
「……魔力の残滓と、天使の力が使われている形跡があったらしいんです。私が調べた時にはもう消えかかっていましたが……」
 ブルカノの思考が纏まる前に、フロンの口から決定的な事実が明かされた。
「………それは、悪魔と天使が結託した、と……いう事か?」
 なんだ、それは、と。
 どこか愕然とした思いを抱えながらブルカノが問うが、フロンは悲しそうに首を振る。
「それはわかりませんが……そうであっても、双方共に相手を利用しているだけだと思います。……とにかく、両者の目的がわかればいいんですが……」
「目的……」
 思ったよりもシビアなフロンの言葉に驚きつつも、今一番重要だろう事柄を考える。
 何故マデラスを使ったのか。感染する呪いとやらの効果により、どんな事態が訪れる筈だったのか。
「それに、何者かの襲撃の件ですが……。魔界にも天界にも存在しない類の敵でした。似たタイプならいるんですけど……攻撃を受けて掻き消えた感じがしたので、実体でも無かったみたいですし……。ラハールさんを襲った方は明らかに作られたもので、意思も感じられなかったそうです」
「む……」
 目的がわからないのは困る。次にどう動くべきなのかが見えてこない。
 そして敵の正体も。戦うにしろ説得するにしろ、居場所が掴めないのではどうしようもない。
 しかし、天使と聞いて思い浮かぶものがある。あの高官達。
(……いや、あんな連中にそんな大それた真似ができる筈が……)
 利用しているだけだとフロンは言った。それが真実かどうかはともかくとして。
(………利用されている………?)
 有り得ない事ではない。あの連中なら、甘言に乗せられて何をやらされる事か。
 しかしそれでも黒幕は見えてこない。
 天界から出る事も無いだろう天使共に、そうそう接触できる者などいないだろうに。
「……最近は次元に歪みも出ているので、それが何か関係しているんでしょうか……」
 異変は何かに繋がっている。断言は出来ないが、可能性は高いだろう。
「というか、消去法でいくとそれしかないのではないか?」
「ですよねぇ……。でも、結局何も掴めていないので……」
「わからん事だらけか……」
 二人して溜息を吐く。
「一応城にある資料から似た様な事例などを探して、調べたりもしているんですけど……」
 量が多く、なかなか捗らない。その矢先の襲撃である。再開するにも多少の時間が掛かる。
「次元の歪みか……。そういえば、いつぞや門を通り抜ける時に違和感があった様な……。あれもその影響か?」
「門、ですか……。一応調べてはみましたが……。もっと詳しく調べてみた方がいいかもしれませんね」
 明らかな異常があれば、流石に解る筈だ。
 天界と魔界を繋ぐ門だ。両種族にとって、双方を繋ぐ大事な門なのだから、当然調査はしてある。
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫