魔王と妃と天界と・3
だが何か見落としがあるかもしれないし、敵襲があったのだ。何か変化があるかもしれない。
と、フロンがぽん、と手を叩き、
「そうだ、ブルカノ様は、天使言語に違和感はありませんか?」
「天使言語に?」
「はい。どうも最近、何か別のモノが混ざっている様な……」
「む……」
顎に手を当て、ブルカノが考え込む。
天使言語は術の発動に必要なものだ。日常会話ならば魔界とも共通の言語だし、そこに違和感は存在しない。
しかし天使言語は魔界言語と同種の、天使達の持つ特殊なもの。そこに違和感があるというのは。
「……貴様が悪魔共に染まっているからという理由では無くか?」
「………ブルカノ様、真面目に考えて下さい」
「アッハイ」
真顔で言われて思わず素で返すブルカノ。本人的には別にボケた訳ではないのだが。
「しかし天使言語か…」
大部分の力を封じられている今の己には、使う機会もそう無かったが。
「……術の行使に問題は無いのか?」
「ええ、特には。でも、やっぱりどこかおかしい気がして……」
「検証が必要かもしれんな。大天使様には報告したのか?」
「はい。大天使様も難しい顔をなさってました。こちらでも調べてみると仰ってましたので、今頃は何か突き止めているかもしれません。……早く連絡を取った方がいいとは思うんですが……」
「ふむ……」
状況が状況だ。門の調査をするにしても、天界へ行くにしても、最低でもラハールとエトナが戻ってからの方がいいだろう。
手駒が残っていないというのも所詮は予想なのだし、単身迂闊に動いて状況を悪くする訳にもいかない。特にフロンは消耗が激しいという理由で城に残された経緯もある。
何より、現在マデラスは城で保護中だ。見張りは付けているし結界も張っているが、何があるかわからない。
城に連れ帰ってから意識は戻ったものの、記憶はあやふやで、暗示を掛けた者の特定もできず、有益な情報も無く。暗示は解け、正気なのは確認したが、その後にまた眠ってしまったし、また狙われないとも限らない。そのマデラスを放置して城を離れるのは不安がある。
(………いや、別に私は心配などしておらんがな!!)
そう内心で断言し、しかしわざわざ言葉にする己に何やら空々しさを感じ、咳払いを一つ。
取り敢えずそれは脇に置いておく。誤魔化しではない。他にやるべき事があるのだ。そんな事に構っている暇などない。
あからさまに言い訳だが、ブルカノはそこから目を逸らし、口を開く。
「……まずは確認しておくか。首謀者がどんな輩なのかはともかく、暗示だの呪いだのを扱うらしいのは解っておるのだ。高位の者達ならともかく、そこいらにいる連中には効くだろうしな。無差別に掛けられたらたまったものではない。その対策は講じてあるのだろうな?」
「一応簡易結界は配れるだけ配ってあります。それと、注意喚起と……まぁ、自由な方達ですから、それはどこまで聞いてくれているのかはわかりませんが」
「相変わらずだな……。だがまぁ、無差別に掛ける事ができるのであれば、最初からしているだろうからな。何らかの事情で、マデラスにしか掛けられなかったのかもしれん。……感染する呪いと言ったな」
「……はい」
「……呪いの効果は?」
「…………やっぱり、暗示、ですね。相手を思い通りに操るタイプの……随分と強力なもので、耐性が無かったり身を守る術を持っていなかったりすると、多分操り人形にされて……自我を失います」
「……精神を破壊されると?」
「推測でしかありませんが……」
肯定か、とブルカノが息を吐く。
だが、フロンの言葉は更に続いた。
「ただ、マデラスちゃんだけは、他の悪魔さんに接触し、呪いを感染させたと同時に、暗示により自分を殺すものだったらしいです」
硬質な声音と強張った表情で告げるフロンのその言葉に、ブルカノは目を見開き、固まった。
そして、次の瞬間に。
「敵襲っスーーー!!」
プリニーの悲鳴の様な叫びと、爆破音が響き渡った。
「……随分と、まぁ……」
目の前の光景に、若干引きつつエトナが目を細める。
次元の歪みを辿ってみれば、その先にあったのは次元の裂け目。
その裂け目からは、黒い霧の様な、それでいて重い泥の塊の様なモノが溢れ、漏れ出していた。
悪魔にとってもあまり良い感じを受けないそれは、この魔界にとって、やはり異物なのだろう。
「ふむ……。取り敢えず、消し飛ばすか」
「うわー、短絡的な。そんな事して大丈夫なんですか?」
「仕方あるまい。修復は面倒だからな。得体の知れんモノが出てきてもいるのだ。今の状況では多少力業でも、ここら一帯を吹っ飛ばして空間ごと魔力で包んでおくくらいしかできん。まぁ、暫くは外への影響も出んだろう」
「後始末はアタシらの仕事ですね……?」
「適任がいれば連れてきて構わんぞ」
「いたら最初っから連れてきてますけどー?」
「なら頑張れ」
「軽ッ!!チクショー、プリニー隊!!アンタ達気張りなさいよっ!?……後でフロンちゃんに言いつけてやろ」
「聞こえたぞコラ」
「相変わらずエトナ様は鬼っス……」
「妃様に言いつけるのは当然っスけどねー」
「オレ達への無茶な過酷労働もいつもの事っスからもう慣れたっス!!」
「スゲーっス!!」
「尊敬するっス!!」
「全てはあのペタンコ胸の為っス!!」
「あ、変態だったっス」
「ないわー、っス」
「ぶち転がすわよてめーら!?」
「最近変なのも来る様になったな……。頑張れよ、エトナ」
「やめて!!憐憫の眼差しで見ながら肩叩くのやめて!!なんか辛い!!」
異常事態を前にしながらも、緊張感の欠片も無く相変わらずわちゃわちゃしつつ。
「とにかくさっさとやるぞ!!」
「はいはい。プリニー隊!!周辺の警戒、怠るんじゃないわよー!!」
「ラジャーっス!!」
「人使い荒いっス!!」
「これだからペタンコはっス!!」
「よしコロス」
「やれやれ……」
エトナ達の遣り取りを溜息と共に眺めながら、魔力を練り、掌に凝縮する。吹き飛ばす分と空間を包む分で質と量を器用に分け、慎重に調整しながら。
そのまま滞りなく仕事を終え。
「まぁ、一時的な処置だが、取り敢えずはこんな所だろう」
「お疲れ様でーす」
「しかしこれが続くと面倒な事この上無いな……」
「そこら中に次元の裂け目なんかできたら、対処してらんないですしねー」
「一旦城に戻るか……。全く、敵を全滅させたのだから、フハハハハとか笑いながらラスボス気取ったバカが出てきてもよかろうに」
正直それを期待してわざわざ外に出て来たというのに、見事に空振った。次元の裂け目は発見したが、首謀者に繋がる情報は得られていない。
ラハールが溜息を吐き、エトナが苦笑する。
「その方が手っ取り早いですもんねー。まぁ消耗もしてますし、調べ物の続きも残ってますから。とっとと城に戻りましょう」
「うむ。……それにしても親父共は何をしてやがるのか……」
ちっ、と舌打ちするラハール。エトナが反射的に口を開き掛けた瞬間に、遠くに響く爆破音が、一同の耳に届いた。
「何があった!?」
「敵襲っス!!」
「見ればわかるわっ!!」
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫