魔王と妃と天界と・3
崩れた城壁と、上がる煙。火の手は上がっていない様だが、代わりに見えるのはラハールにとってはうんざりする程度には見慣れた黒い影だ。
「ラハールさんっ!!」
「フロン!?無事かっ!!」
「はいっ!!それより、マデラスちゃんがっ……!!」
「いなくなったの!?見張りどーしたのよっ!?」
「それがっ……」
速攻で戻ってきたラハール達がフロンとプリニー達から状況を聞き、顔を顰めた。
「見張りがあっち側のプリニーだったって事!?」
「マデラスちゃんに掛けられた呪いを考えると、操られたのかもしれませんけど……。何にしても迂闊でした……!!」
ぐぐっ、と拳を握り締め、悔しさに顔を歪めるフロンの頭をぽん、と叩き、
「とにかく今は敵の殲滅だ。安心するがいい。オレ様がおるのだ。すぐに助け出す」
「ラハールさん……。はいっ!!」
全幅の信頼と共に笑顔を見せるフロンに笑みを返し、周りを見渡す。
視界を埋め尽くす黒い影に息を吐きながら、
「全く、実態を持たぬ影共が湧いてきおって……」
「陛下ー、こいつら全滅させたんじゃなかったんですかー?」
「オレ様に向かってきた分はな。どこに潜んでおったのかは知らんが、まだいたらしいな。……チッ、忌々しい」
「早くブルカノ様を追わないと……!!マデラスちゃんを追って、単身飛び出してしまったんです。わたし、妨害してきたプリニーさんに手間取ってしまって……」
「そしてぶっ倒したと」
「フロンは切れると怖いからな」
「非常事態だったんですから仕方ないじゃないですかー!!」
視界の端、ノビたまま放置されているプリニーがいる。他のプリニー達と同じく青色ではあるが、その身体からは何やら黒っぽいオーラの様なものが立ち上っていた。
そこかしこで影と城内にいる悪魔達やプリニー達の戦闘が繰り広げられていてその内巻き込まれて潰れそうだが、今は気にしている余裕も無い。
だが後で尋問なり拷問なりはするつもりなので、潰れる前にとラハールが行動を起こす。
「さあ貴様等はもう消えるがいい!!」
部下達と交戦している影達は置いて、群がってきた影達を一気に消し飛ばす。
大部分の敵をラハール自ら倒しながら、ノビていたプリニーを回収し。
「残りの連中はお前等に任すぞ!!オレ様達は親玉をぶっ潰してくる!!」
「きっちり働きなさいよー!!」
「皆さん、お願いしますっ!!」
「おおっ!!行ってこいや、魔王サマ!!」
「ペタンコ万歳!!」
「妃様も気ィつけてな!!」
それぞれにエールを送られつつ。
「俺達も行くっスかねー」
「エトナ様の部下っスからねー」
「仕方ないっス」
やる気なさげなプリニー達を引き連れつつ。
「とっとと起きて情報出さんか!!このクソプリニーが!!」
「どうしてどいつもこいつもペタンコ言うのよ!?クッ、陛下それ貸して下さい!!アタシがこのハンマーで一発で目覚めさせちゃる!!」
「お前八つ当たりする気だろ?」
「エトナさん加減して下さいっ!!永眠しちゃいます~っ!!」
危機感や緊張感を微妙に欠きながら、ラハール達は騒がしく、城を後にした。
敵襲時の混乱で、マデラスを奪われ。
何が目的かも解らぬまま、それでもその魔力の残滓を追ってみれば、そこには目当ての人物がいた。
しかし。
「………操られているのか」
苦々しく呟く。
澱み、濁り、そして鈍く虚ろに光るその眼。
感情の抜け落ちた顔は、能面の様に動かない。
意思を持たず、操られるだけの身体は不自然に傾ぎ、手にした武器に振り回される様にしながらも、こちらに向かってくる。
子供の身体には大きすぎるその武器は、大振りな剣。
「クッ……」
相手は悪魔だ。
その姿が子供のものであっても。
裏には何の姦計も謀略も、秘めた黒い感情一つ、ありはしなくとも。
よく笑って、元気に走り回って、こちらに気付けば無邪気に駆け寄ってくる様な、無防備で何も考えていない様な、ただの子供であっても。
悪魔だ。悪魔なのだ。
だから、これが当然で、正当で、これこそがあるべき姿の筈なのだ。
対峙する。この悪夢の様な光景こそが、本来の。
「………………」
どうする。
戦うのか。…洗脳されている、操られている子供相手に?
無力化を狙うか。……だが自分は戦闘に特化している訳ではない。それができるかどうか、わからない。
殺すのか。………。
……………。
………………………。
「………断じて否!!」
その叫びに反応を示す事も無く、力任せに振られる剣。舌打ちし、後方に飛び退きながらブルカノは思考する。
相手は悪魔だ。
だが、それがどうした。
あれはマデラスだ。
マデラスという名の、ただの子供にすぎない。
「そんなガキを殺したとして、何になる!?」
事態は好転するか?否!!
悪魔を滅ぼす第一歩となるか?否!!
殺したら、それが最後だ。……最期だ。
それをすれば、己の最期も同時にくるだろう。
確信をもって、ブルカノは思う。
その最期も、己がもたらす羽目になると。
攻防の中、脳裏に蘇るのはあの時の言葉。
──だけど本当は、しんで、ころされて、くらい所でずっとひとりで苦しんでればよかったんだって。
──ブルカノ様も、そう思う?
──そんな訳があるかっ!!
迸ったその叫びは、ただの感情の発露であり、そして、だからこそ。
純然たる本心だった。
「くくっ……くははははっ!!助けに来たのがまぁたあの天使サマかよ!!笑えるなぁオイ!!」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる誰かがいる。
視線の先でこの後展開されるだろう惨劇という名の喜劇に、心躍らせながら。
「てめえは死を撒き散らして無様に死ぬのがお似合いだが、まぁ仕方ねえ。精々殺し合え!!」
嗤いながら、吐き捨てる。
次元に空いた穴に気付く事もなく。そこから這い出たモノに気付く事もなく。
ぞろり、と背後に迫る黒い闇に、呑まれるその瞬間まで。
その誰かは、憎悪と殺意と悪意を撒き散らし続けていた。
──どこかの空間。どこかの次元。
世界の狭間のその場所で、大天使と先代魔王が力を放っていた。
「やれやれ……懲りないですねぇ」
苦笑しながら、バイアスが零す。
「なかなかに強力だね。だけど……まだ甘い」
穏やかに微笑いながら、冷えた声でラミントンが呟く。
「ヂクショウ……ギザマラ……アァアアァ……」
「ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ……」
「ゴロジデヤル……!!」
精神を崩壊させようとする様な、あらゆる負の感情に塗れた怨嗟の声が響く中。
「早く式の準備を進めたいのだけどねぇ」
「焦りは禁物ですよ、ラミントン。やはり式は手間暇を掛けてじっくりと、丁寧に優雅に準備しなくては!!」
それを全く気にせずマイペースに会話する二人は、実に大物だった。
悪魔の封印と天使の浄化によって、赤ん坊からやり直す事になったマデラス。
彼は何も覚えていない。
──その筈なのに。
ひとりで、ずっと。
彼は覚えていない筈だけれど。
それでも根底には残っていたのだろうかと。
そんな事を考えた。
作品名:魔王と妃と天界と・3 作家名:柳野 雫