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MIDNIGHT ――闇黒にもがく3

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 わからないために、首を横に振ったつもりだが、皆目動かなかった。
「そうか……。まあ、こんなことを訊くのも変だけど、不調はないかい?」
 よくしゃべる医者だな……、と士郎は失礼なことを思い、聞いているだけで疲れてくる、と悪態をつきたくなった。
(けど、俺のことを診てくれているんだし、身体が動かないだけで、他はなんともない……)
 なので、士郎は頷いた。どうにか顎を引いただけだったが。
「けっこう。とにかく、君には休養が必要だ。あまりゆとりはないけれど、気兼ねなくゆっくり休むといい。君が何者かという詮索は、君が話せるようになってからだ。まあ、だいたいのことは聞いているけれどね。このカルデアのマスターの指示で、君に手出しはできないことになっている。安心してくれていいよ」
(疑わしいとは、思われているんだな、一応。だけど、ここのマスターは、寛大なようだ。……マスターって、主人ってことか? 俺の知るマスターっていうのは、サーヴァントを従えた魔術師のことだけど……)
「今は点滴だけど、すぐに口から食べてもらうことになる。あいにく胃ろうの器具は不足していてね。けれど、まあ、安心したまえ、うちにはいい料理人がいるからね!」
 士郎は頷くことしかできずに、部屋を出ていきながらも、まだしゃべっている小うるさい主治医らしき者を見送った。
 油切れのように、動きの悪い瞼で瞬きを繰り返す。開けるのも閉じるのも時間がかかる。
(ここは、どこだ……)
 薄暗い天井を見つめた。
(ワグナーは、どこに……)
 魔術師たちに取り押さえられ、あのポッドに入れられて、ずいぶん時間が経過したと思ったが、さほどの時は経っていないのかもしれない。
 ポッドと繋がれていた感覚で覚えていることは、何日か船に乗っていたようだということ。冷たい鉄の感覚と揺れがポッドから送られてきていた。
 その後は、粗い縄のようなもので擦れるような痛みがしばらく続き、身を切るような冷たい風を感じて、急激に落下する感覚。
 どこかに落ちていくのかと思えば、突然の浮遊感。
 そこからは、風も痛みも感じられず、ただ寒いだけだった。
(寒くて…………、あれは、どこだったんだ……)
 冷たくなっていく自身の身体を感じることもなく、おそらくこれが封印指定の最たるものかという考えがよぎり、ワグナーの辛そうな横顔が思い浮かんだ。
(悪いこと……したな……)
 おとなしくしていればよかった、と今になって後悔している。
 だが、あのとき、アーチャーと背中を預け合う選択をしたのは、きっと自身の奥底にあった願望なのだと士郎は気づいている。
(俺……、アイツと、一緒に……戦いたかったのかな……?)
 二度目の聖杯戦争で、アーチャーとともに剣を振るった。ギルガメッシュを相手に戦っている最中は必死だったが、後から思えば、実に楽しいひと時だったと思える。
 その記憶を胸に、士郎は封印指定に甘んじた。未来が変わり、人々が生を謳歌できるのならば、自分はあの記憶だけでいいと。
(覚えているだろうか、アイツは……)
 確証はないが、覚えていてほしいと思う。最後に見たアーチャーは、元の姿だった。
 赤い外套を翻し、磨り切れながらも自身の道を歩んでいく姿。
(俺が、目指した……、理想の……姿だ……)
 その背を想いながら、士郎はまた意識の底に沈んだ。



***

 あれから十日近くが過ぎている。士郎がこのカルデアに現れて、もうそんなに経つのか、とエミヤは小さなため息をこぼした。
 士郎の眠る病室は、計器の音がするだけで、耳が痛くなるほどの静けさに包まれている。
 あの日――――、士郎がカルデアに来た日、呼び出しを喰らっていたエミヤは、“君に任せるよ”と、ダ・ヴィンチに告げられた。
 何を、と訊き返すまでもない、それはもちろん、士郎のことだ。あのとき、エミヤが難しい顔をしたままなので、ダ・ヴィンチは念押しのように説明を加えてきた。
「彼の魔術回路は修復不可能に近い状態だ。何もしなければ、魔術回路は断絶したまま、戻る見込みはゼロとなる。だが、まだ、今なら間に合うんだよ、エミヤ。君の話だと、彼は、君の元になった人物、ということだろう? その身体に組まれた魔術回路も同じ、君であれば彼の回路の修復の一助となれるかもしれない。完全に、ではないだろうけどね」
 士郎の魔術回路の断絶という事実は、エミヤにとっても衝撃だった。衛宮士郎が魔術師ではなくなる。さらに悪くすれば、身体が不自由になる。
 それを受け入れなければならなくなった衛宮士郎は、と苦い想いがこみ上げる。
「エミヤ、君は彼を生きたまま殺すのかい?」
 ゾッとする問いかけだった。
 エミヤが士郎を殺そうとしていたことは紛れもない事実だ。今でこそ、そんなくだらないことを、と一笑に付すことができるが、士郎に気づかされる以前は、ただただ衛宮士郎を亡き者に、ということしか頭になかった。
 以前のエミヤであれば、そうしてくれ、と言い切っただろう。だが、エミヤは自身の歩んだ道が、間違いではないと気づいた。そのきっかけをくれたのは士郎だ。
 治るというのなら、治したい。
 そのために自身の助けが必要になるのなら、一も二もなく手を貸したい。
「……やってみよう」
 ようやく答えたものの、エミヤの表情は晴れない。
「んー? どうしたのかなぁ? 自信がないのかい?」
「いや……」
「あんなに心配していたんだ、君は二つ返事でOKを出すと思っていたのに、意外な反応だね?」
 肩を竦めて、笑みを刻んだダ・ヴィンチは、少し困ったように訊く。
「どう……接しようかと」
「普通でいいんじゃない?」
 軽く返され、エミヤは深いため息をついて立ち上がった。
「ダ・ヴィンチ女史……。君に弱音を吐いた私が愚かだったと、今気づいたよ」
 背を向けて部屋を出ようとするエミヤに、ダ・ヴィンチは頬杖をつきながら、心外だなぁ、と拗ねた声を作っていた。
 一週間もしないうちに目が覚めるだろう、とエミヤは踏んでいたが、士郎はいまだに深い眠りとおぼつかない覚醒を繰り返しているらしい。
 このところ、食堂に頻繁に現れるダ・ヴィンチは、士郎の様子をエミヤにわざわざ伝えに来ているようだ。いつもダ・ヴィンチは自らの工房に籠っていることが常なのだ、カルデアの中をうろついているのは本当に珍しい。したがって、わざわざ食事をとりに来るのは、そういうことなのだろう、とエミヤにもわかる。
「それにしても……、彼は、なんだか危ういねぇ」
 士郎が覚醒したときに何度か遭遇したダ・ヴィンチは、率直にそう思ったらしい。
「メンタルがずいぶん弱っているような気がするよ。エミヤ、くれぐれも肝に銘じていたまえ、君の何気ないひと言でも、彼は死ぬ可能性がある」
 ぎくり、としてその顔を見つめれば、ニコニコと笑う天才は、真偽の測れない顔をしている。
「お……、大袈裟だな」
 動揺をどうにか抑え込み、そう答えたのは、つい先ほど、昼過ぎのことだった。
 今、目の前で士郎は眠っている。
 自発呼吸はできているが、やはり意識はない。
「衛宮士郎……」
 何度呼んでも応えない。
 触れてみた指先も、包帯に覆われていない右瞼すら反応しない。