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MIDNIGHT ――闇黒にもがく3

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 眠っているのは気のせいで、もしかしたらもうこの身体は機能を止めているのではないかと、そんな錯覚をして、エミヤは焦燥に襲われる。
(私はもう一度、と……)
 もう一度会いたいと願った。
(会ったところで、私は何をするつもりだったのか?)
 礼でも言おうとしたのだろうか。
 どうしたって同じ存在のものに、礼を言うというのもおかしな話だ。
「馬鹿な、私は……」
 ベッドの側の丸椅子に腰を下ろし、ベッドの縁に肘をのせ、組んだ手に額をのせて項垂れる。
(衛宮士郎の意識が戻り、話ができるのだとして、私はコレに何を言うのか……?)
 何を言うかも、どうすればいいかも、まるで思い浮かばない。
「斬り合う以外に、我々にできることなど……」
 あるはずがない、とわかっている。
 だが、眠る士郎の側にいる。
 厨房で食事の用意をする以外の時間、エミヤはずっとここにいた。
 何をするでもない。話しかけるでもない。
 ただ、士郎の傍らで過ごし、その覚醒を待つ。
「やあ、エミヤ。調子はどうだい?」
 にこやかな笑みとともに病室に入ってきたロマニ・アーキマンに訊かれ、エミヤは、どちらのだ、という視線を向ける。
「両方だよ」
 ロマニ・アーキマンは、緊張感のない顔で答えた。
「君も、彼も、“エミヤ”なんだろう?」
「……ダ・ヴィンチ女史から聞いたのか?」
「まあ、主治医としては、彼の情報が必要だからね。君が何も教えてくれないからだぞう。でも、了解を取らなかったことは謝るよ。けれど、ボクは医者として――」
「いや、ドクターを責める気はない。ただ……」
「ただ?」
「私は何もできない。医療の知識などないため、治療など全くの畑違いだ、だから……」
「だから?」
「コレのことを……」
「うん」
「……頼みたい」
「もちろんだよ。立香くんからも、意識が戻ったら教えてくれって、しつこく言われているんだ」
「マスターが?」
「いろいろ聞きたいんだってさ、魔術師としても、同じ日本人としても」
「…………そうか」
 エミヤは、苦笑を禁じ得ない。
「ためになるとは……、思えないがな…………」
「ふーん。いろいろあるんだね……」
「ああ、いろいろ、な……」
 ロマニ・アーキマンに答え、エミヤは、立ち上がる。
「あれ? もう行くのかい?」
「夕食の準備がある」
「たまにはサボってもいいんじゃないかな?」
「そういうわけにもいかない。厨房を任された身として、勝手をする気はない」
「真面目だね。まあ、ボクらは、エミヤが厨房を預かってくれていると助かるけどね。君が食事を用意してくれるようになってから、スタッフたちが必ず食事休憩を取るようになったんだ」
「そうか」
「君の作るご飯を、みんな楽しみにしてるんだよ」
 にこり、と笑ったロマニ・アーキマンに、エミヤは笑うでもなく、複雑そうに眉根を寄せるだけだった。



 いつものごとく、病室から厨房へ向かう。すでに午後十時を回っていて、もう夕食をとる者もいないだろう、とエミヤは食堂と厨房の片付けに赴く。
 士郎は何度か覚醒しているらしい。が、まだ覚醒と昏睡を繰り返していて、話ができるような状態ではない。エミヤは士郎が覚醒したときには一度も傍にはいなかった。
 士郎が目覚めるのは決まってエミヤが厨房で忙しく働く時間帯だったからだ。
 ロマニ・アーキマンやダ・ヴィンチの話では、生死の淵をたゆたうように、意識だけではなく士郎の身体も、重篤と回復を繰り返しているらしい。
「…………」
 重篤でね、とダ・ヴィンチから聞かされたときの焦燥感は、いまだエミヤの鳩尾あたりでグルグルと、とぐろを巻いている気がする。
 胃のあたりを無意識に撫でながら、
(食器が山積みで溜まっているのだろうな……)
 どうでもいいことを思う。
 ここカルデアに、家事スキルのあるサーヴァントはいない。スタッフは言わずもがな、である。稀に料理のできるサーヴァントはいるが、現代の台所に精通しているのは、今のところエミヤくらいだ。
 食堂に入り、厨房を覗けば、案の定、調理台とシンクに山となった食器の数々……。
「は……」
 ため息は、どこかほっとしている。
 何もすることがなければ、士郎の体調を脂汗を滲ませながら思わなければならないし、士郎とどう接すればいいかを、考えなければならなくなる。
「普通に、と、言われてもだな……」
 誰に言い訳するでもなく、独り言ちる。ダ・ヴィンチが素っ気なく言ったことを実行に移すのは、非常に難しい。それができれば苦労はしない。
 エミヤにとって、あの衛宮士郎は、闇の中から掬い上げてくれた恩人といっても過言ではない。今、こうしてカルデアのサーヴァントにおさまっているのも、士郎に気づかされたからだ。
 自身の道が間違いではない、と、正しく英霊を続けられるのは、偏に、あの斬り合いがあったから。
「それに……」
 赤いペンダントを取り出す。その赤い石に籠められた記憶(おもい)の数々。そして、命を懸けて斬り合い、士郎が伝えようとした想い……。
「どうやって……」
 食器や鍋をあらかた片付け終え、厨房に誰かが置いたままにした椅子に腰を下ろす。
 もう一度、会いたいと願っていた。それは、それは、永い時間だったと思う。その間、想い続けていたのだが、いざ、目の前に立てば、何を言えばいいのかわからない。
 こんな傷を負わせて、と怒りをぶつけられても仕方がないことをした。士郎のあの傷を作ったのは、まさしくエミヤなのだ。
「どう…………」
 答えが出ないまま、ため息をこぼしたとき、バタバタと二つの足音が食堂に近づいてくる。
「エミヤ、まだここにいたのっ? あの人が、ちゃんと目を覚ましたらしいよ! ロマンが話してもいいって! 早く行こう!」
 立香がマシュとともに駆け込んできた。
「行きましょう! エミヤ先輩!」
 厨房にまで回り込んできた二人に誘われるが、
「あ、ああ、そう、だろうが……」
 エミヤは二の足を踏む。まだ、心の準備ができていない。
「いや……、私は……、後で、」
「なに言ってんの! 行くよ!」
 立香に強引に腕を引かれ、マシュに背中を押され、半ば強制的にエミヤは士郎の病室に舞い戻ってしまった。
「こんばんはー」
「お邪魔します」
 小声で、なぜか足を忍ばせて入っていく立香とマシュに渋々続けば、あちこち包帯の巻かれた身体が処置衣に包まれ、胸のあたりまで布団に覆われた姿が見える。
 いつも見ていた姿だ。どこにも変化はない。話ができるなど冗談ではないかと思う。
 それでも、点滴の管が腕から伸びているだけで、あのポッドと繋がれていた管は一つもない。今は普通のケガ人と変わらない視覚的な安心感があった。
 あんな異様な姿を見ていただけに、エミヤは、やはり、ほっとする。
「こ、こんばんは……」
 おずおずと立香とマシュがベッドへ近づけば、右の瞼が開いた。
 エミヤは、こくり、と生唾を飲んだ。妙に緊張する。握り込んだ掌が汗で濡れる。
 左の目にはいまだ白い包帯が巻かれたままだ。ロマニ・アーキマンによると、左目に入っていた義眼は潰れていて、取り出すのに苦労したのだとか。
 琥珀色の瞳が立香とマシュを順に見ている。
(ああ……)