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MIDNIGHT ――闇黒にもがく3

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 待ち望んだ瞬間だった。だが、どこかでこないでくれと、思っていた瞬間でもある。
 何をどう言おうか、とエミヤは何も決めていない。
 あのときのことを謝るのか、礼を言うのか、それとも、馬鹿なことをと、呆れるのか。
(いや、それよりも、何があったのか……)
 なぜあのような状態でポッドに押し込められていたのか。それが封印指定だからというのなら、己にも関係しているのではないか……。
 あのとき、地下洞穴で、二人して歯向かったことが原因であれば、自分は何を言えばいいのか、どう償えばいいのか。
「あのー、おれ、藤丸立香といいます」
「マシュ・キリエライトです」
 瞼がゆっくりと動き、二人を捉えた琥珀の瞳に翳りはない。いつもエミヤを見ていた瞳には、一点の曇りもなかった。己のように褪せてしまうこともなく、堕ちてしまうこともなく、衛宮士郎のそのままの姿で、彼はいまだ、そこにいる。
(あんな傷を負っても……、あんな目に遭っても……)
 羨ましいというよりも、痛々しい。
 平穏な未来を願い、世界のために、必死に過去を変えたというのに、己のあさはかな怨み言のせいで、封印指定になどなった。それを思うといたたまれない。だが、そのことを、あのときの士郎は恨むわけでなく、馬鹿だと罵りはしたが、己と向き合い、己を正そうとした。
 そうして伝えられたのだ、己の道が間違いではなかった、と……。
「そんで、こっちはエミヤ」
 ハッとして顔を上げる。
 エミヤを指し示す立香から士郎へ目を向ければ、彼は大きく隻眼を瞠っている。
「ぁ………………?」
 音になってはいなかったがその唇が“アーチャー”と呼んだ。
「っ……」
 ぞわ、と鳩尾が震え、それをどうにか抑え込み、握った拳をさらに強く握る。
(私を……呼んだ……)
 そのことに、胸が詰まってしまって、ロクに言葉にならない。いや、かける言葉など見つからない。
「エミヤはねぇ、ずっと、ここで――」
「っ、な、何か、食べる、物を、作ってこよう」
「え? エミヤ? ちょ、ちょっとっ?」
 立香に呼び止められたが、無視して部屋を出る。
 厨房へと向かい、バタバタと土鍋を用意し、冷蔵庫から冷ご飯を取り出す。
「くそっ……、」
 どんな顔をすればいいかわからない。
 二度もくだらない斬り合いに付き合わせ、士郎たちの想いを知り、会いたいと思い、無事を願い……、だというのに、いざ目の前に現れれば、何も言葉が浮かばない。
「なんだというのか……」
 ただ、己に気づかせたというだけで、どうしてこれほどに自分は衛宮士郎を特別視しているのかが理解できない。
「くそ…………」
 悪態は、力なくこぼれていくだけだ。
 ご飯粒を潰すようにかき混ぜながら、重湯に近いお粥を作り、盆にのせて再び士郎に宛がわれた病室へ向かう。
 シュ、と自動で開いた扉を入り、
「食べられるかどうか、わか――」
 エミヤは言葉を飲んだ。
 そこにいたはずの立香とマシュがいない。
「……二人は、どこに…………」
 見回したところで、隠れる場所などない狭い病室だ。二人がいないのは一目瞭然。
「…………」
 何か適当な言い訳をして部屋を出る術を考える。だが、手にした盆には粥がのっている。そして、ベッドに仰臥する士郎は、明らかに自力で食事がとれるような状態ではない。
「……っ…………」
 あの二人、と恨む気持ちが湧いたが、子供のように喚くわけにもいかない。小さくため息をこぼし、先ほど立香が座っていた丸椅子に腰を下ろす。
「食えるか?」
 じっと琥珀色の瞳が見ている。
(この感じからして、驚いているように見えるが……)
 表情筋が動いているようではないため、士郎が何を考えているかなどエミヤにはわからない。
「あ……っと、……だな、こ、固形は、その、喉を通らないだろうから、重湯から、だ。む、無理にでも、腹に何か入れなければ、点滴だけでは、か、身体が、良くはならない」
 なぜ言い訳を並べ立てるように話しているのかと、エミヤ自身呆れてしまうが、どうにも焦ってしまって、まともな言葉を紡げない。
 士郎に対して、バツの悪さだか、居心地の悪さだかをヒシヒシと感じるのはどうしようとも消えない。
 だが、ぐずぐずしているわけにもいかず、気を取り直して盆をベッド横の棚に置き、士郎の身体を少し起こし、背中に枕をあてがった。
 横になっているよりも食べやすいだろうと思ってそうしたのだが、重湯をひと匙口に含んだ士郎は噎せてしまった。喉が過敏に反応したのかもしれないが、体勢も悪いのだろう、と解決策を探す。
「どう……するか……」
 部屋の中を見渡しても座椅子はもちろん、クッションすらない。ベッドは身体を起こせるようなタイプではないし、背もたれのある椅子もない。
「仕方がないな」
 エミヤはベッドに乗り上がり、士郎の身体を横抱きにするように起こした。
「ぅ……」
 少し乱暴だったようで、士郎は小さく呻く。
「ああ、すまない。大丈夫か?」
 顔を覗き込めば、瞠目した隻眼がこちらを見る。おそらく、エミヤの容姿とその行動の辻褄が、士郎の中で合わないのだろう。その瞳には驚きと訝しさが宿っていた。
「こ……、これならば、少し楽だろう」
 その視線に、内心焦りながら、再び重湯を掬って食べさせた。
 戸惑っているようだが、士郎は文句も言わず……、いや、言えないのだろうが、残るかと思っていた粥を、ほぼ完食した。
「これだけ食えるのなら、すぐに良くなるだろう」
 言いながら士郎を、今度は細心の注意を払って横たわらせて、布団を戻す。
「ぁ……チャー……、こ……」
「今は眠れ」
 何事かを言おうとした士郎には取り合わなかった。
 そっと額に触れて撫でれば士郎は瞼を下ろす。食事をとるにも体力を使ったのか、すぅ、と小さな寝息がすぐに聞こえてきた。
 眠ったのだから手を引こうと思うのに、エミヤはそのまま赤銅色の髪を梳き、指先で弄ぶ。
「お前は、弱くなど、ないだろう?」
 ダ・ヴィンチの言った言葉が引っかかる。
 メンタルが弱っていると、不用意な言葉で死んでしまう可能性があると、あの天才は言った。
(そんな馬鹿な……)
 エミヤシロウは意地を張り続けて英霊になった男だ。メンタルが弱いなどと、そんな評価は間違っている。
 診断ミスだと言わせてやろう、と意気込み、天才の診断など覆してやれ、とエミヤは士郎の髪を撫で梳いた。

 その日から、毎日、毎食、エミヤは士郎の病室へ赴き、食事を食べさせる。その姿は傍から見ていて過剰にも思えるほどに献身的だった。
 エミヤにとって、士郎の世話を焼くことは、ダ・ヴィンチからの依頼であり、任命されたことだ。だが、エミヤはそんなことを言われなくても士郎の世話をするつもりだった。
 自身の元であるのだし、カルデアのスタッフに余計な手間をかけさせるわけにはいかない。そう、自分自身思い込もうとしている。が、正直なところを言えば、エミヤは他の誰にも任せる気はなかった。
 医療行為は任せざるを得ないが、エミヤができることは全て自分がやりたい。他の者に任せたくはない。
 そんな独占欲に似たものが、士郎に対して芽生えていた。