MIDNIGHT ――闇黒にもがく3
それを知っていたのか、無意識で感じ取っていたのかどうかわからないが、ダ・ヴィンチは士郎の世話をエミヤに一任している。そう言われた途端は渋ったものの、今となってはダ・ヴィンチの任命は、エミヤにとって好都合だ。
大義名分を得ているため、ダ・ヴィンチに言われたからだ、とエミヤは大手を振って士郎の世話を焼くことができる。
エミヤの心は満たされていた。意識のはっきりしない士郎への焦燥感で干からびていたエミヤの心は、次第に潤っていくようだった。
そんな日々が続くうちに、医療スタッフがエミヤに士郎の状態を確認することも増え、エミヤが士郎の世話を焼くことは、カルデア内での公認の責務となっている。
だが、士郎が少し話せるようになった、とエミヤが知ったのは、医療スタッフ経由でのことだった。
なぜだ、とエミヤは腑に落ちない。
毎日、最低でも三回は顔を合わすというのに、士郎がエミヤに話しかけてくることはなかった。したがって、まだ話すことは難しいのだとエミヤは思っていた。
(なぜ……)
己がずっと世話を焼いていたというのに、なぜ最初に会話をするのが自分ではないのか?
考えてもわからないし、何やらモヤモヤとして、苛立ってくる。が、己が何に苛立ち、何をどうしたいのかなどエミヤにはわからない。
ただ、士郎とどう接すればいいのか、そして、何をすれば話してくれるようになるのかと、そればかりが頭の中を埋め尽くしていった。
***
身体は順調に回復していく。
士郎自身が驚くほどに。
手足はまだ動きが悪いが、ベッドの上で身体を起こせるようになった。
それは、やはり、エミヤの献身的な看護のおかげだ。士郎も重々に承知している。
だが、士郎はエミヤに礼を言ったことはない。ありがたいと思っていても、口からその言葉はいっこうに出ないのだ。
感謝の言葉どころか、話すらしようと思わない。もちろん弾むような話題もないし、正直、何を話せばいいかなど、全くわからない。
かいがいしく世話を焼いてくれるエミヤをただ見ていた。
士郎の視線に気づいたエミヤに、なんだ? と訊かれても、言葉も浮かばす、首を振って、なんでもない、と示した。
“そうか”と答えるその声が、どこかため息を含んでいるように思うのはどうしてだろう。
そう思いながら、理由を訊くことができない。
(なんで、何も言わないんだ……?)
士郎の知るアーチャーであった英霊エミヤならば、何をしているのか、と呆れ半分で厭味を山ほどこぼしてくるだろう。だが、今、士郎の世話をしてくれるエミヤにはそれがない。
(違う……のか?)
士郎の知る英霊エミヤではないのだろうか、と半信半疑になる。
その可能性がないわけではない。
士郎との記憶を持たないのか、すでに必要のない記憶であるために廃棄でもされたのか、士郎は英霊の仕組みなど知らないためにわからないが、とにかく、自分のことを覚えていないように思う。
(訊いてみても……、いいのか……?)
エミヤに自分のことを、あの地下洞穴でのことを覚えているのかと、訊ねていいものかどうか、士郎は迷っている。
そのため、話もできず、声をかけることもできないままだ。
「はあ……、ちゃんと、礼くらいは……」
手間をかけさせていることに対してくらい感謝の意を示そうと思うのだが、なかなかきっかけが掴めない。
「どうし――」
シュ、と自動で扉が開き、
「エミヤのおかげだねー。君をずーっと食事面でサポートしてくれているんだからー」
士郎が正面切って口にできないことを、さらり、と言ってのける、口うるさい奴が来た、とうんざりする。
「…………知ってる」
「おや、そうだったんだね。君は彼につれないから、てっきり知らないのかと思ったよ」
さらに頭を押さえつけるように、苦しさを露呈していく天才に、士郎は、フン、とそっぽを向いた。
「ほっとけ」
「ふふーん。元気になると、途端に態度が悪いねぇ。そういう子には、お仕置きが必要だ」
「ガキ扱いするな。俺はもうすぐ三十だ」
「へー。私は年齢で言うと、そうだなー、いくつになるかなー?」
「サーヴァントに年齢とか関係ないだろ……」
「あ、サーヴァントを差別したー。マスターはそんなことはしないぞ」
「俺はあんたのマスターじゃない。いいかげん、帰らせてくれないかな」
「そーんな身体でどうやって帰るんだい?」
「どうって……」
「ここがどこかも知らないくせにぃ」
くすり、と笑われ、イラッとした士郎はダ・ヴィンチをねめつけた。
「さっさと教えろ、ここはどこなんだよ?」
「それが他人にものを訊ねる態度かい? 日本人は礼儀正しい民族だと聞いていたが、君は違うんだねえ」
「礼儀正しくない日本人だって、いるだろ」
「私の知る限りでは、いないかなー。マスターもエミヤも、きちんとしているよ?」
むう、とダ・ヴィンチを見上げる。
確かにダ・ヴィンチの言葉通り、士郎は礼を欠いている。それを自身が一番わかっているからこそ、ムッとしてしまうのだ。
「……お願いします」
ぼそり、とこぼせば、
「何をかなぁ?」
耳に手を当てて、ダ・ヴィンチは身体を傾けてくる。
「こ、んの……」
ギリギリと歯軋りしながら、
「ここがどこだか教えてください、お願いします!」
士郎は、自棄になって言い切った。
「けっこう、けっこう。いい質問の仕方だ。よし、そんな君には、ご褒美をあげよう! ふふふーん、答えはね、カルデアだよ」
「それ、聞いた」
「そう?」
目を据わらせる士郎に、ダ・ヴィンチはどうして喜ばないんだ、とでも言いたげだ。
「あんたが言ったんじゃないか。ここはカルデアだよ、って昨日も、その前も。俺が訊くたんびにそう言って答えた!」
「うん、そうだね。君が、ここがどこか、と訊くから私はきちんと答えただけだよ?」
「カルデアってことはわかってるから、その他の情報をだな、」
「それ以上でも以下でもないよ」
「え?」
「ここはカルデア。それだけだ」
ダ・ヴィンチの表情は、それ以上何も答えられないと物語っている。
それが、士郎を怪しい者だと判断してのことか、ここが部外者には知らせてはならない何かを行っているからか……。
藤丸立香が魔術師であり、マスターだという説明は受けた。目の前にいるダ・ヴィンチやエミヤは召喚された英霊だ。ということは、このカルデアというところは、魔術師やサーヴァントがいる特殊な場所。
(俺も……か……)
己がここにいるということが何よりの証拠かもしれない。封印指定となった士郎があのポッドで送られた場所がここなのだ。魔術協会の関連施設であることは間違いがないはずだ。
(ここは、一般の魔術師も出入りのできない施設なのかもしれない)
魔術協会は、そのすべてが晒された組織ではないことくらい士郎も知っている。ならば、世界的に見てもこのカルデアは重要かつ、秘匿されるべき場所……。
(俺は、ここで封印されるってこと……か?)
どういうふうに扱われるのかはわからないが、自分は、この場所から出ることが叶わない。
そう考えられなくもないので、士郎は質問を変えた。
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく3 作家名:さやけ