MIDNIGHT ――闇黒にもがく4
マスターがそれほど衛宮士郎に興味など持つはずがないと考えていたし、アレのことを知ったところでマスターの責務は何も変わらないのだから、とタカを括っていた。
しかし、マスターは、毎日衛宮士郎の病室に顔を出し、挨拶をしていたという。興味本意ということではなく、まるで見舞いのようにマスターは病室に顔を見せていた。
どうしてそんなことを? と不可解に思う。
それに、なぜ今ごろそんなことを訊く?
だが、そうだな。マスターとて好奇心旺盛な年ごろだ、ということか。ダ・ヴィンチ女史でさえ教えろと言ってきたのだ、まだ年若いマスターが知りたいと思うことは当然だろう。
ということは、今まで訊くのを我慢していたということか。
そんなことに気づくこともできなかったとは、私はずいぶんと衛宮士郎の出現にうろたえていたようだ。
「ああ、まあ……、その、だな……」
説明しようと思うが、うまい言葉が浮かばない。
何をどう言えばいいのだろうか?
私とて、アレのすべてを知っているわけではない。
聖杯戦争で出会い、私はあの衛宮士郎と共闘した。
宿願を叶えられず、奴を恨み、あの地下の洞穴で斬り合った。
捕獲に来た魔術師たちに抵抗を試みたが失敗し、私は衛宮士郎によって、強制的に座に戻された。
その後のことは、私には知り得ないことだ。そして、今ここにいる衛宮士郎は何も話そうとしない。主治医にも、技術顧問にも、もちろん私にも。
何を隠すことがあるのだろうか?
私の知る衛宮士郎は、秘密主義でも上手な嘘が吐ける者でもない。衛宮士郎とは、嘘のつけないお人好し、誰かのためにしか生きられない不器用な男、そういうものだ。
「……何ごとも順序というものがあるだろう? 今は、身体を戻すことだけを考えさせた方がいい。ダ・ヴィンチ女史から聞かなかったか?」
当たり障りのない理由を並べてみる。
私の中でもうまく消化できていないことを、事情のわからないマスターに説明できる気がしない。
そういう意味では、私はまだ混乱の最中にある、ということだろうか……?
「うん、ダ・ヴィンチちゃんから聞いたけどさー。士郎さんは、知りたいんじゃないかなーって思って」
やはりマスターは納得しない。
当たり前か。マスターはまだまだ少年と呼べる若者ではあるが、子供ではない。誤魔化されるだけでは納得できないだろう。ならば、仕方がない。ここは、下手に出るよりないな。
「今は時ではない、と、引いてはもらえないだろうか? 近いうちに、必ず、私からアレに話す。頼むからマスター、くれぐれも口を滑らせないでくれ」
「はーい」
「とても良い返事だな」
マスターに目を向ければ、へへ、と笑っている。
彼は、かつてのマスターであった少女の面影を持っているように思う。遠戚でもないし、全くの無関係だろうし、私の勝手な思い込みだとは思うが、意志の強そうな青い瞳が、時々記憶の底の燻りを揺り動かす。
つい、気持ちがあの聖杯戦争に向かってしまいそうになる。
宿願を叶えるために無茶をしたこと。
彼女が私を止めようとしたことで、私は宝具を展開できず、結局セイバーに斬り伏せられたこと。
あれは、きっと彼女を傷つけたはずだ。彼女は、あのとき令呪で私を縛らなければと、自分を責めたかもしれない。
もう、謝ることもできないとわかっているが、いまだに苦々しい。
「士郎さん、早く良くなるといいね。それでさー、いろいろ話したいよねー」
マスターの声で現実に引き戻される。
まるで、友人のように衛宮士郎のことを語っている。彼のこういうところが、私を含め、数多のサーヴァントたちの心を揺さぶるのだろう。
やはり、このマスターは只者ではない。そして、何より素直で自分に正直だ。その上、我々サーヴァントの意を汲んでくれたりもする。
マスターが衛宮士郎に接することは何も問題はない。厄介なのは、ここのサーヴァントたちだ。興味本位で衛宮士郎の病室を覗こうとすることがある。
したがって、私が見張っているハメになるのだ。
レイシフト中などたまったものではない。残っている誰かが要らぬことを吹き込むのではないかと気が気ではない。こんなに、心ここにあらずで向かったレイシフトはなかった。
無事に戻ってこられたからよかったものの……。だめだな、私情を挟んでいいような場合ではないというのに……。
「は……」
ため息というものは、意図してこぼれていくものではない。つきたくなくても出ていく。
いろいろと中途半端過ぎる。レイシフトにしても衛宮士郎に対しても。わかっているが、どうにも二の足を踏んでしまう。
それは、やはり、バツの悪さのようなものを感じているからだろうか?
二度も、あんなくだらない斬り合いに付き合わせてしまった、と……。
レイシフトに向かう前、記憶がないのかと言われ、はっきりと否定も肯定もできなかった。
どんな顔をすればいいかも、何をどう言えばいいかもわからず、私は逃げたも同然だった。
交わすべき言葉を何も用意していなかったために、不意打ちのようにあんなことを訊かれては、どういう意味か、と問い、誤魔化すのが精一杯だった。
そんな私に気を遣わせまいとでもしたのか、衛宮士郎は、慌てて自身の言葉を打ち消していた。
憑き物が落ちたみたいでよかった、とアレは笑おうとしていたのだろうか。表情筋がついていっていなかったが、あんな顔をされて私はなんと答えるべきだったのか……。
結局、衛宮士郎は私に記憶がないと結論付けたように思う。
それでよかったのだろうか?
私は、お前のおかげで、ようやく間違いではないと気づけたと話すべきではないのだろうか?
いや、だが、なんと言えば?
そのまま、お前のおかげで気づけたぞ、とでも言えばいいというのか?
それとも、救われたぞ、などと言って礼でも言えと?
馬鹿な……。そんなこと、言えるはずがない。
だが……。
(少し……話をしなければな……。このカルデアのことも説明して、身体が動くようになれば、ここで何かできることをすればいいと勧めて……?)
そうして私は、アレとどう接しようというのだろう?
話すことすらままならないというのに、私は、衛宮士郎と会話などできるのだろうか?
そして、衛宮士郎が動けるようになれば、そのうち他のサーヴァントたちとも交流を深め…………。
ざわ、と鳩尾あたりが不快に震える。
(なん……だ……?)
自身の反応に戸惑う。
(私は、衛宮士郎と、いったい何を……)
考えても、思案しても、答えなど欠片も掴めなかった。
肝心なことを棚に上げて、甘いことばかりを考えていた罰が当たった。
すでに守護者という罰ゲームを与えられている私に罰が当たるというのも笑えるな。いったい誰が罰など当てるというのか。
だが、そう思わずにはいられない状況に陥ってしまった。
衛宮士郎のいる病室へマスターとともに食事を持って向かえば、そこは、もぬけの殻となっている。
「あれ? 病室、変わったのかな? 元気になってどこかの部屋に移ったとか?」
マスターが首を捻っている。
(そう……なのか? だったらいいのだが……)
作品名:MIDNIGHT ――闇黒にもがく4 作家名:さやけ