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MIDNIGHT ――闇黒にもがく4

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 あの時空の衛宮士郎とセイバーには申し訳なくて、高校生の遠坂にはなんだか気恥ずかしくて、アーャーには心苦しくて、ランサーにもキャスターにも無理を言った。
 イリヤスフィールは助けられなかったし、ギルガメッシュを討って、仇を取ることもできなかった。
 何もかも半端で、何もかもなってない。
 だけど俺は、すごく、楽しかったんだ。
 取り戻せないんだな、あの時間は……。
 わかっていたのに。
 俺は、あの時空では異物だって知っていたのに。
 もっと、きちんと向き合えばよかった。
 セイバーと話をすればよかった。
 あの時空の俺とも、もっと飯を食って、あいつの言い分をもっと聞いてやって……。
 アーチャーにすべてを話して、納得はしないだろうけど、俺自身の過去を、俺が経験した聖杯戦争を教えてやれば、もしかしたら……。
 俺の戻る未来は違ったものだったかもしれない。
 俺は世界に弾き出されなかったかもしれない。
 もし、俺が……。
 ああ、いや……、何を夢見ているんだ俺は。
 今さら変わりようがない。過去へと時空を超えることのできる世界は、ここじゃない。
 俺は世界に弾かれたようだけど、真実は違う。俺は、自分の戻るべき世界を俺自身で消したんだ。
 こうなることはわかっていた。それでもいいと思ったんだ。
 だけど、本当に世界から弾き出されてしまって、今さら俺は、恐くて仕方がない。
 ここは俺のいるべき世界じゃない。なら、きっと、また俺は、どこかへ抓み出されるかもしれない。
 今、このカルデアしか残っていない世界に、俺はかろうじてしがみついているだけだ。
 藤丸はきっとやり遂げるだろう。人類の未来をあいつは必ず取り戻す。
 そうして、俺は…………。
 考えたくない。
 この先の自分の処遇なんか、想像したくない。
 わかり切っているんだ。俺がこの世界に不要なものであることくらい。
 なら、その末路はきっと……。
 ふ、と頬に触れた温もりを感じた。
 なんだろう?
 医療スタッフの誰かだろうか?
 頬を拭いているのか?
 顔が汚れでもしたのか?
 いや、違う。
 これは、拭っているんじゃない。
 撫でているんだ。
 頬だけじゃない、髪を梳き、頭を撫でて……。
 誰だ?
 ダ・ヴィンチか?
 ロマンとかいうふざけた仇名のドクターか?
 藤丸? は、いないんだったか。
 いや、どれとも違う気がする。
 誰だろうか?
 とても気持ちがいい。
 だから、胸が苦しい。
 お願いだから、やめてくれ。
 優しく撫でてほしいなんて言っていない。
 そんなこと、口に出した記憶もない。
 じいさんにだって言わなかった。
 どんなに独りの夜が寂しくても、俺は、じいさんにそういう我が儘を言ったことはなかった。

 やめてくれ。
 折れてしまうから。
 これ以上、弱くなりたくないんだ。
 アイツに、顔向けできないから。
 アイツ……。
 アーチャーに……、どう謝ればいいんだろう……?
 偉そうなことを言って、間違いじゃないって教えた気になって……。
 アイツが間違っていないのは、当たり前なのに。
 誰が見たって、アイツの歩んだ道のりは真っ直ぐで、間違いなんて欠片もなかった。
 間違っていたのは俺の方。
 理想(アイツ)に追いつきたくて、必死に伸ばした手が、その背に届かないことに焦って、道を踏み外した。
 過去をやり直すなんて暴挙に出て、未来を変えるなんて大それたことを言って、結局、俺は世界から不要物とされることになったんだ。
 アーチャー…………。
 お前に顔向けできない。
 俺を二度も認めてくれたのに、俺は、お前の期待には応えられなかった。
 ここにいるエミヤがお前じゃなくてよかったよ……。
 こんな俺を見たら、お前はまた殺したくなるだろ?
 やっぱり、ちょっと遠慮したいと思う。お前に付き合うのはいい。斬り合うだけなら別にかまわない。だけど、お前に憎悪を向けられて、殺してやるって宣言されるのは、正直、三回目だと、ちょっと辛い。
 そんなに俺、なってないか? って、自己嫌悪に陥りそうだから。
 ……ああ、そうか。
 アーチャーもそういう感じなのか。
 俺が自己嫌悪に陥るように、アーチャーも自己嫌悪して、俺を殺したくなるのか……。
 そういうことなら仕方がない。
 今度はおとなしくお前の刃に貫かれよう。
 俺はもう、無意味なものだから、お前の溜飲を下げるために役立つんならちょうどいい。
 お前がこの身体を刻んで気が済むのなら、それでいいや。
 そうして終われるのなら、俺にも意味があったってことになるんじゃないかな?
 お前はきっと、嫌がりそうだけど――――。



□■□Nine night□■□

 そっと頬に触れてみる。
 温度が感じられる。
(生きている……)
 容体が落ち着いたため、病室に戻されたものの、士郎は、いまだ眠ったままだ。
 体力が著しく落ちているため、身体は休息を求めているのだとロマニ・アーキマンは言っていた。
 さほど時がかからないうちに目覚めるから、心配しなくていいよ、と彼は言ったが、エミヤは士郎の傍らを離れることができない。
 サーヴァントとしての役割は、今のところ休業ということにしてもらっている。
「士郎さんのこと、頼むよ」
 立香はまるで家族のように士郎のことを心配していた。
「正直、エミヤがいないと安定感がないんだけどさ」
 立香は笑ったものの、少し不安そうにしていた。そんな顔を見てしまうと、己がひどく我が儘を言っている気がする。
「すまない」
「でもね、エミヤが万全じゃないと、やっぱ、シまらないからさ!」
 謝れば、立香は屈託なく笑ってくれた。彼は、次のレイシフトに備え、ブリーフィングと模擬戦を繰り返している。次の特異点が定まらないのがさいわいというべきか。主力メンバーとしてのエミヤが欠けることで、マスターとマシュに負担をかけるのは目に見えている。
 申し訳ないとは思いながらも、エミヤは士郎の病室から出ることができなかった。


 点滴の薬液が滴る音さえ聞こえそうに静かな部屋は、空調の音すら派手に聞こえる。
「……っ…………」
 微かな声がする。
「……ア…………チャ…………」
 ぎくり、としてその顔を見たが、瞼は閉じたままだ。
 己のことを呼んだのか? と、エミヤは疑問を浮かべる。だが、士郎が、己を“アーチャー”と呼んだのは、ここへ来て、意識が戻ったすぐの頃だけだった。今、士郎がそう呼ぶのは、いったい誰のことだろうか、と落ち着かない。
 迷いつつ赤銅色の髪に触れる。柔らかい感触、指先をするりと抜けていく感覚、思い切って頭皮に触れるように撫で、髪を梳く。
 反応のない身体は熱を発している。熱くはないが、消えることのない熱を。
「目を…………覚ませ、たわけ……。今、何が起こっているのかくらい、説明させろ……」
 これきりになどしない。
 この現状をきちんと話せば、こいつは必ず理解する、とエミヤは知っている。順序立てて説明すれば、理解できないと喚くような愚か者ではない。