ディアブロスプリキュア!
黒薔薇町 悪原家
『東京の黒薔薇町で目撃された正義のスーパーヒロイン……通称『プリキュア』と思わしき人影について、ネット上の掲示板では書き込みが殺到。世間でも高い関心を集めています』
『絶対プリキュアだって! 間違いないよ』
『プリキュア見てみたい!』
『もしよろしかったらサイン下さい!! 私、プリキュアの大・大・大・大・大ファンなんです!!』
目下人々の関心はプリキュアであることが、嫌でも伝わってくる。四六時中テレビのニュース、ワイドショーはプリキュアの特集を持ち上げる。
リリスの使い魔、レイは人間の姿でソファーに寝転がっている。彼はテレビのリモコンを操作して幾度かチャンネルを変えるが、民法各局はほとんど同じ時間でプリキュアを話題に出してきた。そうしてテレビ局の放映姿勢と主であるリリスを執拗に追い回す態度に嫌気が差し、とうとうテレビの電源を切った。
「参ったな。リリス様のあの姿がどこの誰かも分からぬ新聞記者のファインダーで覗かれていたとは……これは、下手をすれば一大事になることも十分にあり得るかも」
昨日の事件は東京中の多くの新聞が記事にした。レイが持ち帰って来た情報によれば、ピースフルの出現で車を失った被害者は警察に被害届を出す直前に「プリキュアを告訴してやる!! 俺の車を返せ――!!」と叫んだという。
また、別の新聞ではピースフルの出現に伴いブロック塀を破壊された家の住人は破壊したピースフル以上にキュアベリアルに怒りを露わにしていることが分かった。
世間はプリキュアという言葉にいい意味でも悪い意味でも注目している。しかし、リリスやレイにとっては悪い意味にしか聞こえていない。早急に対策を打つ必要が迫れた。
「とはいえ……一体何をすればいいというのだ」
レイは考えるが具体的な解決策が見えてこない。
被害者に何と言って詫びればいいのか……いや、そもそも何故こちらから詫びなければならないんだ。元はと言えば洗礼教会がピースフルなど作らなければこんなことにはならなかったんだ!! ――そんなことを思い教会への憎悪を湧き上がらせた、次の瞬間。
――バチン!
「あいって――!」
後頭部から突き抜けるような衝撃が走った。衝撃は凄まじく、フローリングに顔をぶつけてしまったレイはショックでスプライト・ドラゴンの姿へと戻った。
「レぇ……イぃ……」
空気を震わせる凶暴な声がした。恐る恐る顔を上げ振り返ると、ハリセンを携えたエプロン姿のリリスが仁王立ちをしている。しかも彼女は悪魔と言うよりも魔王に近い形相を浮かべ、背中からは当然のごとく黒い翼を生やしていた。
「他人事みたいに言わないでくれる! 大体、私がどうしてあんたの分まで余計に料理しなきゃならないのよ! 普通使い魔のあんたが私に奉仕するのものでしょう!!」
「も、申し訳ございません……そこまでの気が回らず何とお詫びをしたら」
レイは必死に頭を下げるがリリスの溜飲は下がらないどころか、ますますヒートアップする。
「気が回らないとかどうとかの問題じゃなくて、そういうものなの!!」
「ひいいい……す、すいませんでした!!」
平謝りする以外にレイが助かる方法は無い。リリスは呆れたようにふうと息を漏らし、台所へと戻り、残っていた野菜を切り始めた。
「まったくもう……これじゃどっちが主人で従者かわかったものじゃないわね」
「しかしリリス様。これだけメディアに注目されるとは思いませんでしたね……」
静まり切らない主人の怒りの矛先をいつ向けられるかもしれない中、レイが震える声でそう尋ねると、切り終えた材料をリリスは鍋の中へと入れながら応えた。
「メディアもそうだけど、最近はSNSの拡散力も馬鹿にならないわ。むしろ私は第三者に昨日のような戦いを動画サイトなんかに投稿される方がよっぽど怖いと思ってる」
「なんとか社長やらナントカキンとかが取り上げそうですよね。だとしたらリリス様もこの機会に何とかチューバーの仲間入りを……」
レイがぽんと手を打ち、リリスへ進言したが、リリスは握った包丁をその手に収めたまま悪魔の形相で振り返った。
「あんたは主人で広告収入を得るつもりじゃないでしょうね!?」
「じょ、じょ、冗談ですよ! あんなネットに恥をさらしてエンターキーひとつで稼ぐこともままならない輩とリリス様をいっしょにするわけないじゃないですか!」
包丁を突き付けられながら慌てて弁解を述べるレイに、リリスはやれやれという顔を浮かべながら、調理を再開した。そして、鍋の火加減を見ながら率直に呟いた。
「でも正直な話、この国の国民ってつくづく脳みそお花畑よね。世間はプリキュア如きに現を抜かしている暇なんてないでしょう。もっと大事なことがあるじゃないの。少子高齢化社会に向けてどうするとか。若い人の雇用をどうするとか。あとは環境問題かな……日本人はいろんな意味で能天気なのよ」
「リリス様……そんなストレートに突き刺さる言葉を大人の前で言うのはくれぐれも自重していただけないでしょうかね」
彼女の言動はバラの棘である。プリキュアに熱くなる多くの国民がこれを聞けば、必ず昇天しかけるだろう。
そんなレイの言葉を聞いてますます機嫌を悪くしたリリスは、包丁をまな板に突き刺すと振り返り――恫喝する。
「ちょっと! 家事手伝う気がないなら契約のひとつくらい獲ってきなさいよ!!」
「えぇぇぇ!! い、今からですか!? しかしリリス様、もう夕食時ですよ。みんなお家で家族団らんの中にあるかと……」
「働かざるもの食うべからず!! 悪魔に盾つく使い魔に明日なんてあると思うんじゃないわよ!!」
「ひいいいい!! どうかお許しください!!」
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作品名:ディアブロスプリキュア! 作家名:重要大事