梅嶺小噺 1の三
「、、、、!!。」
なんと、靖王は枕代わりにされていた。
「ぷ、、、首が疲れただけか、、。」
少し変な期待をしてしまっていた。
靖王は、恥づかしさに、顔が熱を持つのがわかる。
林殊は眠ってしまったが、まともに顔を合わせない形で良かったと思った。勝手に勘違いして、赤面してるのを見られたくはない。
「ふふふ、、、遂に小殊から、お礼でも言われるのかと思ったよ、、、。」
林殊は当たり前、とでもいうかのように、「ゴメン」だの「ありがとう」だの、靖王には頑なに言わないのだ。
言って欲しい訳では無い。
言葉に何の意味があるだろうか、林殊が、そう思っているのは、手に取るように靖王には分かるのだ。
暫く、林殊は目覚めまい。
瘤のせいで、苦しい姿勢をし続けた。
林殊は空腹がしっかり満たされ、眠気にはもう逆らえない。
靖王は、林殊に楽に肩が貸せるように、少し自分の体の位置を変える。
林殊の額を預けられている左の肩をそのままに、幾らか背中を林殊の方に寄せれば、靖王も幹を支えに楽にしていられる。
靖王の肩にくっ付いた林殊の額から、何だか眠「気」が流れ込んでくるようだった。
たちまち靖王も眠気に襲われる。
━━━どうして眠いのだ?、、、。ああ、、、あちこち小殊を探したのだ。私も疲れたのだな、、。━━━
林殊が何処にいるか、中々掴めなくて、何ヶ所も探し回った。
ようやく、林殊の行方を突き止め、その後、暗くなって、人気がなくなってからここに来たのだ。
靖王府の兵も使って探し回ったのだか、探し回るのは中々疲れるものだ。
━━━少しだけ、眠ろう、、、、少しだけ、、、、。━━━
林殊から来る眠気は強力で、直ぐに靖王も眠りに落ちていった。
................................
翌日の朝、林殊は罰から解放された。
林殊は相当、疲労困憊の様子で、歩く事がままならぬ状態だった。
その姿に、さすがに林燮も、「やり過ぎたか」と、幾らか後悔をしていた。
林府に戻った頃には、ゆっくりと歩ける状態には戻ったが、母親の晋陽公主は心配し、医者を呼んだ。
「私は丈夫なのです。若いし、休めば治ります。」
と頑なに診察を拒んだ。力無げに、それでも母親を心配させまいと、林殊は母親に微笑みを向けるのだ。
その姿に母親は、林殊の気骨や誇り高さや、自分への優しさを感じて、我が子を頼もしく思った。
林殊としては、医者に診られては、先の猪退治での怪我がバレてしまいかねない。
それに林殊は、『罰』を喰らって具合が悪くなったのだ。
そもそも、自慢出来るものではないのだ。
だが、ふら付きながらも、診察を拒む我が子に、母親は健気さを感じて、事の根幹が分からなくなるようである。
母親は、ふらふらの林殊の世話を焼きたがったが、
「あまり眠れなかったから、眠りたい、、、。暗くなるまで眠れそうだ、、、。」
そう言って、寝台に横になると、林殊はたちまち眠りに着いてしまった。
「、、もう寝入ってしまったわ、、、。」
甲斐甲斐しく、世話を焼きたかった母親には物足りなかったが、寝てしまったら我が子は、ちょっとやそっとでは起きない事を知っていた。
「仕方ないわね、、、。ゆっくりお休みなさい。」
寝台の枕元に腰を掛け、優しく頭を撫で、林殊の少し乱れた髪を直してやる。
ゆっくりと寝かせてやった方が、我が子の為であると、、母親はもの惜しげに、林殊の部屋を去って行った。
林燮はその日、軍営から帰らぬつもりだったのだが、林殊の様子が気になり、夕刻、林府に帰ってきた。
晋陽公主は、あの健気な息子を見て、いたたまれず、帰って来た林燮に、とても黙っている事など出来なかった。
「小殊が可愛そうだわ」と、夫を責めた。
林燮の心にもやり過ぎた感はあったので、妻の言葉を黙って聞いていた。
二人は林殊の部屋の前に行き、少し扉を開け、中を覗き込む。
林殊は寝台の上で、布団を被って寝ている様だった。
「帰ってから、何も食べずに昏々と寝ているの。余程、体に堪えたのね、、。」
母親はそう言って、部屋の扉を静かに閉める。そして二人は、林殊の部屋の前から去ろうとした。
だが、数歩歩いて、林燮がぴたりと足を止める。
(何も食べずに、ずっと籠って寝ているだと?、、、、、。)
林燮は向きを変え、つかつかと林殊の部屋に入った。
急ぎ足で寝台の前まで来る。
布団は膨らんでいて、まるで、林殊が寝ているようにしか見えなかった。
「あなた??。」
晋陽公主が追い付いて、心配気にその様子を見ている。
迷い無く林燮は、寝台の掛布団を剥ぎ取った。
掛布団の中に林殊は居らず、枕やら丸めた衣類が並べられ、林殊の形になっていたのだ。
「まぁ!、小殊!!、小殊は何処にいるの??。」
そこまで言って、晋陽公主は、はっとする。
林燮は、苦虫を噛み潰したような、顔をしていた。
だが、晋陽公主と視線が合うと、二人はいつの間にか微笑んでいたのだ。
(やはり小殊だ、、、。)
そう思った。
その林殊はというと、あの後は、林府をさっさと抜け出していた。
罰から解き放され、林府に着いた頃には、体の強ばりはすっかり戻っていたのだ。
母親を欺いて、林府を抜け出すために、林殊は小芝居を打った。
自分が抜け出したのが分からぬように、わざわざ、自分の馬ではない、林府にいる別の馬で、猪退治をした山に向かった。
自分の馬ほどは自由に扱えなかったが、それでもあの山に着く頃には、そこそこ思い通りに、馬は動く様になっていた。
林殊は、樹木に括られてからずっと、猪退治の事を考えていたのだ。
靖王に差し入れをされてからは、頭も廻る様になり、考えも纏まっていった。
二人、苦しい姿勢で一眠りして、その後、林殊の目が覚めると、靖王も程なく目を覚まし、あのままの姿勢で、明け方まで作戦を練っていた。
「自分達だけでは無理だ。」
二人とも、同じ意見だった。
靖王は配下の列戦英に指示し、戦英と見知りの非番の赤焔軍の兵士を集めさせていた。
林殊が猪退治をすると言うと、皆、喜んで参加した。
さぞ面白かろうと、こぞって加わったが、林殊のすることならば、他には漏らさぬほうが良いだろうと、殊更、林燮には漏らさぬよう、、というのが、皆の間の暗黙の了解になっていた。
靖王は、靖王府の兵、数名を連れ、一足先に、あの山に向かっていた。
山里で、猪のその後の『ねぐら』や、村々への被害の様子を、聞いて回っていた。
大猪は凝りもせず、蒙摯の剣を背中に刺したまま、里山の村々を荒らしているのだという。
あらかた聴取が終わると、林殊が合流した。
そして靖王と行動を共にして、靖王が集めた情報を元に、作戦を練り直したのだ。
ねぐらはやはり変わっており、以前のねぐらより、より山奥になっていた。大猪もさすがに警戒をしているのかも知れない。
樹木の多い山の中では、人の動きが取れない。
山中から、麓に追い出して、仕留めるつもりだった。
改めて、山と山里の地形を見て、追い出す向きを考え、追い詰める作戦だった。
赤焔軍二十〜三十人が、たちまち集まってきた。そして更に増えている。
集まった赤焔軍兵は、騎馬兵が多く、林殊達の作戦にはぴったりの戦力だった。