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最後の良心

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 そんなニーナのやさしさを踏みにじり、罪悪感と嫌悪感に追い詰められていたおれがすごい奴なはずがあるもんか。
 そんな思いが表情に表れていたのだろう。エレンはじっとポールの顔を見ていたが不意に立ち上がり、大きく伸びをしながら言った。
「もういいじゃん、自分を見下すのやめなよ」
 木々の間から見える空を見上げながら腰に手を当て、背中を反らせる。
「そうだったかも知れないけど、あんたはあの時、あたしを助けてくれた。それをするのとしないのとでは大違いだよ。あんたはずるい奴じゃない。怠け者でもない。やり直しなんて何度でも出来る。あたしたちはもう二十歳だけど、まだ二十歳なんだよ? 回り道をしたそのおかげで、ばかだった自分に気付けたと思えばいいじゃない」
 片足でくるりと振り返りながら「ね?」と微笑んだエレンだが、ポールは素直にうなずけなかった。
「そう言ってくれるのはありがたいけどさ、でも……」
「それにさ」
 エレンは再びポールに背を向けると、慎重な足取りで川の方へと下りていった。
 イスカル川の支流にあたるこの川の川幅はそう広くない。対岸には蔦の絡んだ木が立ち並び、背の高い草がうっそうと生い茂っているが、こちら側は釣り人などが訪れるのか、切り開かれていくつか切り株が並んでいる。
「それを言うならあたしもポールと一緒だよ。あたしも田舎の小さな村で畑を耕したり馬の世話をしながら、結婚して子供を育てて、ってだけで終わりたくない気持ちがあったから、ハリードについてきたんだもの。あんたとあたしの違いは、ハリードがいたか、いなかったか、だけかもよ」
 エレンの気遣いに、ポールは胸が熱くなった。
「……ありがとう」
 小さな声であったがエレンは振り返り、いたずらっぽく微笑んだ。そよ風が、高く結い上げた彼女の髪を軽く揺らす。
「何より、あの、ニーナが好きになった人だもん。悪い奴のはずがないよ」
「なんだよ、結局、おれじゃなくてニーナに信用があるのかよ」
 苦笑したポールに、エレンも声を上げて笑った。

作品名:最後の良心 作家名:しなち