Simple words 1
アムロはきっとこの子供に中にシャアを見てしまう。けれど、この子供にとってそれは酷な事だ。クローンとは言え、別の人格であり、別の個体なのだから。
「アムロ…本当にいいの?」
心配気にアムロを見つめるセイラに、アムロが優しく微笑む。
「大丈夫ですよ」
「アムロ…」
そう答えるアムロに、セイラはそれ以上何も言う事が出来なかった。
それからアムロは、シャイアン時代に身に付けた料理の腕を振るい、小さなカフェを営んで生計を立てていた。
自分と子供が生きていくには少し心許無かったが、足りない分は修理工場から仕事を貰い、なんとか生活していた。
とにかく目立たず、平穏に暮らす事。
それが二人にとっての絶対条件だった。
「アムロ、コーヒー淹れて」
「ん、キャスはミルク多め?」
「うん!」
「了解」
コーヒーをテーブルに置くと、パンの香ばしい香りが漂ってくる。
手早くサラダとパンを手にしたキャスがダイニングに来ると、それを受け取って席に着く。
二人は向かい合わせで座り、「いただきます!」と食事を始めた。
何でもない日常、今のアムロとキャス…シャアのクローンにとっては何よりも大切なものだった。
子供は、“ナンバースリー” と呼ばれていた。
三番目のクローン、つまり名前など無くただ、ナンバーで呼ばれていたのだ。
それを聞き、アムロはふと、グリプス戦役時にカミーユと心を通わせた強化人間の少女を思い出した。
彼女の名もまた、“ナンバーフォウ” だった。
強化による記憶操作で過去の記憶を失った少女は、自身の名前すら知らなかったのだ。
だからこそ、この子には名前を与えたかった。
どうしようかと思案した時、セイラが小さな声で「キャスバル兄さん」と呟いた。
この子供の今の姿は、シャアがまだキャスバルと呼ばれていた時のものだったから、思わず口から出てしまったのだろう。
父親の暗殺事件が無ければ、シャアはきっといくつも名前を変える事無く、キャスバルとして生きていただろうから…。
アムロは、この子供にキャスバルと名付けた。
この子には、キャスバルとして普通の人生を歩んで欲しいとの願いを込めて。
この容姿でキャスバルと名付けるのは不安もあり悩んだが、“シャア・アズナブル” もしくは、“シャア・ダイクン” の名は広く知れ渡っていたが、キャスバルの名はあまり知られていなかった為、問題ないだろうとのナナイの後押しもあり、それに決まった。
ただ、アムロもナナイも、この子はシャアとは別の人格だと分かっていたが、何処かでシャアの生きた軌跡を残したかったのかもしれない。
「アムロ、今度学校のキャンプがあるんだけど行ってもいい?」
「キャンプ?いいね、行っておいで」
「ホント?やった!」
アムロの首にしがみついて、普通の子供のようにはしゃぐキャスに、アムロの顔にも笑みが零れる。
ふと、あの人にもこんな子供時代があったのかな?と思う。
『元首の息子としてそんな無邪気な子供時代は無かったかな…』
少し可哀想な思いが込み上げるが、その分この子には幸せになって貰いたいと思う。
「アムロ?」
「ん?」
「なんだかアムロが少し悲しそうだったから…」
「そんな事は無いよ、楽しんでおいで」
優しく微笑み、頭を優しく撫でてくれるアムロの手から、優しい思惟が伝わって来て、キャスは気の所為かと首を振り、もう一度アムロに抱きついた。
「ふふ、アムロ大好き!」
「俺もキャスが大好きだよ」
◇◇◇
「お久しぶりね、アムロ、キャス」
「いらっしゃい!セイラさん」
キャスが元気に挨拶するのを、セイラが微笑ましく見つめる。
「ようこそ、セイラさん。どうぞ」
二人はセイラを家に招き入れ、居間へと案内する。
セイラは時々二人の様子を見に訪れる。
病院経営やボランティアの活動で多忙を極める為、中々時間は取れないが、可能な限り二人を気に掛け、援助をしてくれる。
「どう?不自由は無い?」
「ええ、お陰様で」
セイラに紅茶を出しながら、アムロが微笑む。
その紅茶を口に運び、セイラがふふっと口元を綻ばせる。
「美味しいわ。アムロにこんな才能があったなんて」
アムロがカフェを始めると聞いた時は驚いたが、思った以上の料理の腕と接客の様子に、意外な才能があったものだと感心した。
「昔取った杵柄ってヤツですよ。シャイアンであんまり退屈だったんで、料理とかに凝ってた時期があって…。人生、何が役に立つか分かりませんね」
「ふふふ、そうね」
「でも、アムロってば片付けは本当に苦手なんだよ!僕が片付けないと、この部屋だってあっという間にぐちゃぐちゃになっちゃうんだ」
「あらあら、その辺はあまり成長していないようね」
ホワイトベースのアムロの私室を思い出し、セイラがクスクスと笑い出す。
「セイラさん…」
「ごめんなさい、昔のあなたの部屋を思い出してしまって。それにひきかえキャスは綺麗好きね」
「だって片付いて無いと色々効率が悪いでしょ?欲しいものが直ぐに見つからないんだよ」
「本当ね。キャスは偉いわ」
そう言ってアムロに視線を向けると、アムロがバツが悪そうな顔をして肩を竦める。
「苦手なんですよ。片付け」
「アムロには僕が付いてないとダメだよね」
「はいはい、感謝してるよ。何かお礼をしなきゃな」
「それじゃ、今夜はラザニア作ってよ!この間アムロが作ってくれたのすっごく美味しかったな!」
「そうか?いいよ。セイラさんも良かったら一緒にどうですか?」
「あら、いいの?嬉しいわ」
「是非」
「本当に美味しいんだよ!他にもシチューとかハンバーグとかも最高なんだ!お店でも、もっと出せば良いのに!」
「ははは、流石に一人じゃそこまでメニューは増やせないよ。ランチで日替わりに出すくらいが精一杯かな」
カウンターとテーブル席が二つ程の小さなお店だが、アムロのお店はそれなりに繁盛していた。
美味しいコーヒーと食事、そして客のその日の心情を汲み取り、優しく穏やかに接してくれるマスターは、密かに常連たちの癒しとなっていた。
「お店でもアムロのご飯は人気なんだよ!」
「そうかな?」
「そうだよ!でも、アムロ目当てのお客さんも多いけどね」
「なんだそれ?」
「気付いて無いの?」
アムロが不思議そうな顔をしているのを見て、キャスが溜め息を吐く。
「全く、アムロってそういうとこ鈍いよね」
「鈍いって…、お前の考え過ぎだよ」
「これだからもうっ!」
実際にアムロ目当ての客は多い。
少し舌足らずな優しい声で「いらっしゃい」と言われると、ついついカウンターに引き寄せられて長居をしてしまう。
そんなに話すわけでは無いが、側にいるだけでホッとできる。おまけに料理の腕も一流で、出てくる料理はどれもうまいとなれば、誰もが何度となく訪れ常連となっていく。
「俺よりもキャスの方が凄いじゃないか、しょっちゅう女の子に告白されてるだろう?」
キャスもその容姿や文武両道な事から、女の子達に人気がある。
「別に…僕は誰とも付き合う気なんてないし…」
「そうなのか?」
「うん、僕はアムロがいればそれでいい」
アムロはキャスの言葉に複雑な表情を浮かべる。
作品名:Simple words 1 作家名:koyuho