Simple words 2
そう言いながら、キャスの目も少し腫れぼったい事に気付く。
「お前の目も腫れてるぞ…」
キャスの頬に手を添えながらアムロがキャスの顔を見上げる。
「だって…昨日いっぱい泣いたから…」
昨夜、アムロの心をまだシャアが占めている事にショック受けた。自分にはアムロを愛する資格が無いとさえ思った。
けれど、夢でシャアの言葉を聞いた時、シャアは自身の想いをクローンである自分に託していたのではないかと思った。
そして、遺されてしまうだろうアムロを想い、自分をアムロの元に預けるように指示を出したのだと。
「ごめん…俺のせいだよな…」
「ううん、違うよ…」
キャスの瞳からもホロリと涙の雫が零れる。
「アムロが好きすぎて…泣けてきちゃったんだ…」
「キャス…」
アムロはキャスの頭を引き寄せると、そっと涙を吸い取るように、その瞼にキスをする。
「アムロ…?」
「ごめんな、お前に応えてやる事が出来なくて…」
「良いよ、これからゆっくり口説くから。時間はいっぱいあるしね」
キャスもまた同じ様にアムロの涙をキスで拭う。
「キャス!」
思わぬキャスに返しに、アムロの顔が真っ赤に染まる。
「ふふ、アムロ可愛い…」
「可愛いって二十も年上の男に何言ってるんだよ!」
「アムロは可愛いよ」
「おい!」
「ははは、待ってて、直ぐに大きくなって今度は僕がアムロを支えるから!それで絶対に僕を好きになって貰うんだ。愛してるよ、アムロ!」
「愛っ…!?」
サラリと言うキャスに、アムロは目を見開く。
『愛してる』
それはとてもシンプルな言葉。
けれどその中には語り尽くせぬ想いが詰まっている。
そして、それはその相手を自身の身体の半身となる程に欲する言葉だ。
だからこそ、その半身を失ったら自分はもう生きてはいけない。
アムロにとっては、それはシンプルだけれども、簡単には口に出来ない言葉。
「キャス…」
しかし、もう二度とそんな存在を作るまいと思っていた筈の自分が、キャスを(恋愛対象とまではいかないが)そう言う対象に思っている。
それは、自分ではコントロール出来ない自身の心。
「ふ…お前には敵わないなぁ」
優しく微笑み、アムロがキャスを見上げる。
「アムロ!好きだよ!」
この無邪気さはシャアとは少し違う。けれど、彼もまた自身の想いには正直だった様に思う。
敵軍に兵士だった自分に「同志になれ」と手を差し出してきたくらいだ。
そんなキャスに笑いが込み上げる。
「そんなに言うなら俺を惚れさせてみろよ!」
挑戦的なアムロの言葉に、キャスは一瞬驚いたが、直ぐにそれに応える様に口角を上げる。
「望むところだ!」
そう言って、アムロの後頭部を左手で固定すると、右手で顎を支えてその唇にキスをする。
「えっ…!」
触れるだけで直ぐに離すが、また直ぐに唇を塞ぎ、次はアムロの唇に舌を忍び込ませてたっぷりと味わう。
「んんん!ん」
アムロが焦っているのが分かるが、そんなものは気にせず思うままに口腔内を貪った。
そして、力の抜け始めたアムロの身体を支えて、ゆっくりと唇を離すと、余裕の笑みを浮かべる。
「アムロ、覚悟しておいてね」
まだまだ子供だと思っていたキャスの豹変に、アムロは驚きながらも、何故か嬉しく思う。
『いつか…キャスに愛してると言える日が来るだろうか…』
「さぁ、アムロ。家に帰ろう!」
「あ、ああ…」
キャスに腕を引かれ、家へと向かう。
その時、チラリとシャアの墓標に視線を向けると、何故かシャアが笑っている気配がした。
『シャア?』
そして、丘から舞い上がる風がアムロの背中をそっと押す。
“アムロ…君の幸せを祈っている…”
微かに、そんな声が聞こえた気がした。
アムロは一瞬目を見開き、シャアの墓標を見つめると、少し泣きそうな笑顔を浮かべてコクリと頷いた。
◇◇◇
そして数年が経ち、青年へと成長したキャスはアムロにアプローチをかけ続け、ようやく恋人の座を手に入れた。
カレッジ在籍中に友人と立ち上げた事業を成功させ、宣言した通りアムロを支える存在となっていた。
それでも時々、アムロのカフェを手伝いながらアムロに言い寄る客達を牽制する。
「マスター、今夜一緒に食事でもどう?」
カウンターのいつもの席に座ったマイアーがアムロを食事に誘う。
「ははは、すみません。今夜はちょっと…」
「それじゃ明日は?」
「いや、明日もちょっと…」
「コーヒーお待たせしました!」
ガチャンと音を立て、キャスがマイヤーの前にコーヒーを置く。
「こらっ、キャス。もっと丁寧に!」
「ははは、ありがとうキャスくん」
「マスターは明日も明後日も用事があるので食事には行けません!」
「えーそうなの?」
「あ…えと、すみません」
「どうしても?」
「マスターは私と食事をする予定なのでダメです」
「えー何だよ、キャスくん、たまには俺に譲ってくれても良いだろ?」
「ダメです!」
「独占欲強すぎない?束縛する男は嫌われるよ」
「大きなお世話だ!」
「こらっ!キャス。お客様になんて事言うんだ!」
「しかし…」
「キャス!」
アムロに咎められ、流石にそれ以上は言えず、キャスが不服そうな顔をしながらも厨房へ入っていく。
「申し訳ありません」
キャスの非礼を詫びるアムロに、マイアーがにっこり微笑む。
「いやいや、こちらこそ。ちょっと揶揄い過ぎちゃったかな」
クスクス笑うマイアーに、アムロも何となく気付いていたのだろう。クスリと笑う。
「まだまだ子供で…」
「でも大きくなったよね、キャスくん」
オープン当時からの常連であるマイアーは、子供の頃からキャスを知っている為、しみじみとキャスの成長を喜ぶ。
「まだ若いのに、起業して成功してるんだろ?流石だね」
「そんな、まだまだですよ」
「ふふ、それに良い男に成長して。マスターの方こそちょっと心配なんじゃない?」
「え?あ、ははは」
アムロとキャスが恋人同士になった事に気付いているかの様な言動にアムロが動揺する。
かなり歳が離れいる上に同性で、それもずっと親子の様に暮らしてきた相手とそんな関係になるなど普通は考えられない。
いくらキャスの行動が露骨だとしても、公言しない限りはそういう考えには至らないだろう。
動揺するアムロに、マイアーが意味深な視線を向ける。
「ふふ、俺もずっとマスター一筋なんだけどなぁ」
「マ、マイアーさん!?」
「ふふ、まぁ良いか。大尉が幸せそうだし」
「え?」
マイアーは小銭を取り出してカウンターに置くと、アムロを見つめニッコリと微笑む。
「ご馳走さま。本当に是非一度食事でも。それじゃ」
カランとドアの閉まる音を聞きながら、アムロが呆然とマイアーを見送る。
そして、しばらくしてふぅっと肩の力を抜く。
「参ったな…」
アムロは空になったコーヒーカップを片付けると、クスリと笑う。
「確かに、所作の端々に軍人臭さがあるな」
キチンと仕舞われた椅子、綺麗に揃えて置かれたティースプーン。
『あれは俺は元より、もしかしたらキャスの事も知ってるな』
長い間、何も触れてくる事なく、そして悪意も全く感じない事から、アムロは気付いたそれをそっと胸にしまう。
「毎度どうも…今後ともご贔屓に」
既にいなくなったマイアーへと小さく頭を下げた。
作品名:Simple words 2 作家名:koyuho