二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
はなみずき
はなみずき
novelistID. 65734
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

赤き夢より覚める朝

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 朝までどこかで遊んでいた帰りの寄り道でないことは、母親の作ったマフィンを持ってきたことからも明白。だからつくしには、あきらが司の婚約の話をどこかで耳にして、自分を心配して来てくれたんだと、すぐにわかった。

「それで、司はなんて?」

 つくしはその問いに、聞こえていないかの如く無反応だった。
 沈黙が長くなるにつれて、あきらは次にかける言葉を失くしていく気がした。やがて、こうして自分が聞くこと自体、間違っているのではないかと思えてきた。

 あきらもつくし同様、玄関先でつくしの顔を見た瞬間に、自分の掴んだ情報がデマではなく、しかもそれがつくしに伝わっていることを悟った。
 まだ本当にごく一部の人間しか知らないであろうこの情報を、何のコネも情報網も持たないつくしが知り得た理由はただ一つ。司本人が連絡をしてきたに違いない。そして恐らく、その話は良好な結末には至っていないことを察した。
 司もつくしも大切な友人――親友だからこそ、あきらは心配でたまらないのだが、どんなにそう思っていたところで、これは二人の問題なのだ。

「牧野、別に無理して答えろって言ってるんじゃないから。司とおまえの問題だもんな。俺が詮索するようなことじゃないんだ」

 悪かったな、とあきらが言い終えるのとほぼ同時に、つくしの首がフルフルと横に振られた。
 つくしは、詮索されているなんて思っていなかった。あきらが面白がっているわけでないことは、よく分かっていたから。
 ただ少し、覚悟が必要だった。これからあきらに告げようとしている結末は、つくしにとってとても大きな決断だったから。
 つくしは意を決して、くるりと振り返り、あきらを真っ直ぐ見た。

「あたし」
「……ん?」
「あたし、道明寺と別れた」

 沈黙が流れる。
 あきらは何も言わなかった。あまりの驚きで声も出せないでいるのかと思ったが、言った直後に大きく見開かれた瞳がその後すぐに細められたのを見て、そうではなくて、この結末があきらの予想範囲内だったのだと思い直した。

「もっと驚くかと思った」
「驚いたさ。でも、あり得ないことじゃないからな」

 自分のした決断を、誰にも理解されないことほどつらいものはない。けれど、あきらはあり得ないことではないと言ってくれた。それがつくしを、少しだけ楽にした。
「最後の連絡から、もう五ヶ月よ。五ヶ月間、何の音沙汰もなかったのに突然連絡してきたかと思ったら『婚約する』だって。だから当然、あたしとの婚約を破棄したいって言うんだろうと覚悟したのに、『約束の四年をあと一、二年延ばしてくれ。婚約はそのままで』って言ったのよ? そんな勝手な話、ある? 冗談じゃないわよ。これ以上振り回されるのはごめんよ。だから別れたの」

 つくしの口調は、至ってサバサバしていた。一切の迷いはない、と主張するように。

「ちょうど良かったのかもしれない。あたしも、付き合っているんだかいないんだか、この関係がわからなくなってたしね。このタイミングに別れることが出来て、むしろ良かったの」

 うん、とひとつ頷いて、つくしは再びあきらに背中を向けた。
 やかんにお湯を入れ、コンロに置く。勇ましいほどの動作だった。頷きもその動作も、必死に自分を納得させて気持ちを奮い立たせているように見えて、あきらはたまらない気持ちになっていた。

 道明寺財閥の業績不振や、数ヶ月前からつくしとの連絡が途絶えていることは、あきらも知っていた。その世界を知っているあきらからすれば、司が身動きが取れないでいることを理解するのは容易いことで、司の取っている行動は理解できるものだった。

「牧野、余計なことかもしれないけど――」

 そう思っても、言わないわけにはいかない。つくしのため。司のため。「そうか、別れたか」の一言で終わらせるわけにはいかない。

「すべてを知ってるわけじゃないけどさ。俺が聞いたところでは、この婚約は、本当に財閥を立て直すためだけの婚約だぞ。そうすることがあいつにとって、おまえを迎えに来る最短の方法なんだ。だからあいつ、覚悟を決めたんだと思う。きっと、財閥が今の危機を脱したらすぐにでも――」
「婚約は即解消、必ずおまえを迎えにいく」
「……司がそう言ったのか?」
「うん」
「だったら――」
「だったら、何? この婚約には目を瞑れ? 気にするな? 気にするわよ。あんたたちには当たり前なのかもしれないけど、あたしには違うの」

 吐き捨てるようなつくしの口調に、あきらはガツンと頭を殴られたような感覚を覚えた。
 司がニューヨークに旅立って二年半。どんなに離れていても、会えなくても、つくしは司を信じて待っていた。連絡のなくなったこの数ヶ月間も、司の隣に立つ未来のためにと、努力し続けるつくしがいた。
 あきらは、それをよく知っていた。
 なんでもない風に平然と毎日を送るつくしだったが、いつでも司の動向を気にしていたし、心配していたのは明らかだった。「この関係がわからなくなってた」というのが本心だとしても、その関係を信じて大切にしていたのもまた事実なのだ。

「婚約する、なんて……四年の約束を先に延ばす、なんて……そんなに簡単に言わないでよ。そんな簡単なことじゃない」

 つくしの表情は見えないけれど、背中が深く悲しんでいた。痛いほどに。




 *




『別れるなんて、絶対認めねえからな』
「認めてくれなくても結構よ。別れることに変わりはないんだから」
『てめえで勝手に決めてんじゃねえぞ。俺達婚約してんだぞ。婚約ってのは、結婚の約束だぞ? わかってんのか?』
「その婚約は、他の人とこれから大々的にするんでしょう? 勝手に決めたのはどっちよ」
『だからそれは、形だけだって言ってんだろ? 財閥立て直すまでだ』
「立て直せなかったら?」
『絶対に立て直す。何年かかろうがやってやるさ』
「あたしがそう何年も待つとでも思ってるの? そんなの無理。もう別れよう」
『だから別れねえ。何度も言わせるな』
「あんたこそ、何回も言わせないで」

 どんなに話しても、二人は平行線のままだった。
 つくしはもうこんな会話を繰り返すのは厭だった。終わりにしたかった。何をどう話し合ってもその結論を変えることはないのだから。
 話し始めてから数度目の溜め息を吐き、つくしは携帯電話を握り直した。

「ねえ、道明寺」
『なんだよ』
「あんたには、未来が見えるの?」
『未来? なんのだよ』
「何年先になるかもわからない、この先どうなるかも見当もつかないような、あたしとの未来、きちんと見えてるの?」
『当たり前だ。見失ったことなんか一度もねえ』
「こんなに会えなくて、連絡も取れなくて、財閥は危機的状況で、立て直すために婚約発表しなきゃならないっていうのに?」
『それがどうした。関係ねえ。俺にはおまえとの未来しか見えてねえ。昔も今もだ』

 つくしの胸が打ち震えた。
作品名:赤き夢より覚める朝 作家名:はなみずき