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LIMELIGHT ――白光に眩む2

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 彼にとって士郎は己の元となった、いや、己に運命を課した存在だ。その運命をエミヤは後悔している。そんなエミヤに、自身のくだらない感傷や憤りなどを話していいとは思えない。
 世話になっている手前、邪険にはしないが、士郎はエミヤと深く関わろうとは思わなかった。
 だが、エミヤは違う。何くれと世話を焼いてくれる。同室だからか、同一の存在だと言えるからか、士郎がここで厄介になることに責任を感じているからか……。
(こんなのは……、ダメだ……)
 甘えてしまいそうになる。
 心地好さに委ねてしまいそうになる。
 それが許される者ではない自分が、流されるわけにはいかないというのに。
「……本当に、問題ないのだな?」
「ないよ」
 念を押すエミヤに頷いて答える。
 ようやく納得したのか、エミヤは食堂へ向かった。
「はぁ……」
 ため息がこぼれる。
 エミヤは気分を害しただろうかと、そんなことを心配している。
「いや、俺が何を言ったところで、エミヤがどうこう思うわけないって……」
 彼は英霊だ。過去の己に拘って、右往左往するような存在ではない。
 士郎の知るアーチャーではなく、このカルデアのエミヤならば、士郎のことを許せないと思えば、即、消し去るだろう。その時、エミヤの剣に迷いはないと思う。
 過去のアーチャーのように士郎の付け入る隙など与えはしないとわかる。
「投影すらできない俺なんか、赤子の手を捻るようなものだな……」
 もたれた壁から背を離した。途端、くぅ、と腹の虫が鳴る。
「あ……」
 アルトリアに焼き飯を譲ってしまった士郎は、昼食を食べ損ねていることに、今さら気づく。
「は……、夜まで、我慢するか……」
 今、厨房へ行けばエミヤの邪魔になってしまう。仕方がないのでエミヤの部屋で、夕食の終わる時間まで待つことに決めた。



■□■Interlude 接近I■□■

「問題ないと言っていたが……」
 いそいそと部屋に戻る。
 夕食の準備は整えた。あとは良妻を自負する玉藻の前が主導して、どうにかするだろう。それよりも、衛宮士郎の方が気になる。
 いつもよりも部屋に戻ってくるのが遅かった。何かあったのかと落ち着かず、自室を意味もなくウロウロして、衛宮士郎が戻るのを待っていた。
 やっと気配を感じ、扉の前で待ち構えていたが……。
 顔色、というよりも、どこかおかしいように見えた。衛宮士郎には顔色が悪いと言ったが、さほど顔色に普段との差はなかった。
(いったい、アレは、何を抱えているのか……?)
 過去を変えた、封印指定だった、人理消却にショックを受けていた。
 それは私にも想像できるし、予想もつく。が……、衛宮士郎が何を抱えているのか、それだけは私にもわからない。
 何も話そうとしない衛宮士郎は、いったい何を考えているのか。封印指定から解き放たれてラッキーだ、などと呑気なことではないのは確かだ。
 逸る気持ちを抑え、一瞬だというのに、自動の扉が開くのに焦れてしまう。
「衛宮士郎、やはり、様子が、っ……」
 扉が開き切る前に部屋に滑り込み、目に飛び込んできた光景に声が詰まる。
 ベッドに衛宮士郎が横になっている。
「本当に……、眠っているだけ、か?」
 ね、眠っているだけに決まっている。私は何を焦っている……。
 以前のように目を開けない、などありえない。身体はずいぶん回復したのだ。日常的なことはすべて一人でできている。
 食事も作れるようになった、だから、私はここに食事を運ぶこともなくなって……。
 少しずつ衛宮士郎との関わりが、減っていく。
 それを、私は…………。
 どうしたというのだろう。
 なぜ、こんなにも落ち着かないのか?
 私は、衛宮士郎に何を求めている……?
「…………」
 答えなど、出るわけがない。
 私は、こいつではないかもしれないが、衛宮士郎の未来の一つ。謂わば、過去と未来、という、通常であれば触れることすらあり得ない者同士。
 本来なら相容れるような我々では……。
 ない、と言い切らなければならないというのに、否定したくなる。
 それではまるで、触れてはいけない存在ということになるのではないのか……?
 そんな考えを振り切ろうと頭を振った。
「お、おい?」
 恐る恐る声をかける。
 私の声に反応しないということは、眠っているのだろう。そう思いたい。また、意識混濁など、絶対にない……。
 祈る気持ちでベッドへと歩み寄る。私が使うスペースを空けて、いつも私に背を向けて寝るのと同じ格好で…………、覗き込んだ横顔は、規則正しい寝息を立てていた。
「は…………」
 ほっとした。
 衛宮士郎の顔が見える位置で、床に座り込む。
 ベッドの縁に身体を預け、手を伸ばした。そっと触れた頬は温かい。
 ガラス窓の前で凍えていた時のように冷たくはない。
 穏やかな寝息が耳に届くことの安心感は、いったいどういうことなのだろう。
「衛宮……士郎…………」
 呼んだところで答える声はない。
 目を開けないだろうか、と期待と不安の狭間で鼓動が落ち着くことはなかった。

 どれくらい衛宮士郎が眠る傍にいたのだろうか。
 長いようで、ほんの数分だった気もするが……。
「ん……」
 仰向けに寝返った衛宮士郎に驚いて、何度か瞬く。
「…………」
 顔がよく見えない。
 床から腰を上げ、ベッドの縁に座り直した。
「衛宮士郎?」
 再び呼んでみたが答えはない。
 当たり前だ、こいつは眠っている。
 熟睡しているようだ。それをいいことに、頬を指の背で撫で、赤銅色の髪を梳く。
 眠っていれば、幼さが際立つ。
 もうすぐ三十歳だというが、あの聖杯戦争に参加しなかった少年と大差ない。背が伸びているくらいで、面立ちは変わらず、少年の頃とどこが違うというのか……。
「衛宮士郎……」
 その頬を撫で、両手で包み、その顔を覗き込む。
 いまだ起きる様子はない。
 この、閉じられた瞼の下に琥珀色の瞳がある。いまだ色褪せない瞳が、二つ。義眼ではない、衛宮士郎の持って生まれた瞳が……。
 衛宮士郎の左目はあのポッドに隠されるように入れられていたという。誰かがそれを行った。おそらく手紙を残したという友人だと思うが……。
 赤いペンダントが残していた記憶にあった。凛と桜と衛宮士郎が話す姿。断片的にだが、桜に左目を預ける光景があった。では、桜かと思ったが、それならば、友人とは言わないだろう。
「いったい誰だ……?」
 私は、なぜその“友人”という者のことを知りたいと思っているのか……。
「ん……、んー……」
 ハッとした。
 衛宮士郎の吐息が唇にかかったことに驚き、身体を起こす。
(私は、何をしようと……?)
 油切れの機械のように、たどたどしく座り直し、壁に向かって姿勢を正し、呆然とする。
「…………」
 ちらり、と衛宮士郎を確認した。
 いまだ眠っている。
 大丈夫だ、バレてはいない。
 すっくと立ち上がり、すたすたと部屋を出る。
 急いで厨房へ向かうことにする。
 何かしていないと、気づいてはならないことに気づきそうだ。
(落ち着け、落ち着け…………)
 暗示をかけるように、何度も心で唱えた。



□■□5th Bright□■□