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LIMELIGHT ――白光に眩む2

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(誰かが……)
 頬に触れていた。夢と現の狭間で、心地好さに揺蕩う。
 こんなふうに触れられることは、幼い頃にあっただろうか?
 覚えがない。
 養父にも、姉代わりにもこんなに優しく、そして不器用な撫で方をされた記憶はなかった。
 あの火災に遭う前、幼い自分の親であった人たちから、こんなことがあったのかもしれないが、それはもう、面影も、感触すらも、思い出せないことだ。
(誰が……)
 いったい傍らにいるのは誰なのか?
 士郎はエミヤの部屋にいたはずだ。エミヤは夕食の時間であるために厨房に詰めている。
 ならば、スタッフか、サーヴァントの誰かが勝手に入って来たのだろうか?
 それならば、追い出さなければならないだろうか。ここはエミヤの部屋だから、許可なく入るのはあまりよくないだろう、と説き伏せれば素直に従ってくれるだろうか……。
(起きないと……)
 勝手に部屋へ入ってきた不埒者に、出ていくか、エミヤの許可を得てこいと言わなければ……。
 だというのに、瞼が上がらない。士郎は懸命に起きようと試みたが、鉛のように身体は重く、やはり、瞼は上がらなかった。

「…………」
 ぱちぱち、と二度ほど瞬く。時計へと目を向けた。
「あれ…………?」
 ぼんやりと、そのデジタルの表示を眺める。
 “22:13”
「…………」
 エミヤの部屋でうたた寝をしてしまい、気がつけば午後十時を回っている……。
「ぅ…………っわ! 寝すぎた!」
 食堂まで急ぐのだが、今の士郎では走れるはずもない。常人であれば急いで向かえば五分とかからない距離だが、士郎は十分以上かかってしまった。
「は……っ……、はぁ、」
 やや疲れて食堂に入ると、エミヤがテーブルを清掃し終え、布巾を洗っているところだった。
「今からか?」
「あ、ああ……」
「ずいぶん遅いな。やめておいた方がいいのではないか?」
「あ……、あぁ、えっと……」
 昼食を食べ損ねた、というか譲ってしまったために、腹ペコだとは言えない。
「寝ちまってて……」
「こんな時間に食事とは感心しないが……。胃の負担になるようなものはやめておけ」
「……ああ、そうだな」
 エミヤは、ただ忠告をくれただけだとわかっているのに、士郎にはどうしても厭味にしか聞こえない。
「でも、別に、俺が何食べようとかまわないだろ」
 憮然と返せば、
「フン」
 鼻で嗤って士郎と入れ違いにエミヤは厨房を出ていく。
「あの、か、借りるぞ」
「私のものではないが?」
「でも、あんたの管理だろ?」
「まあ……」
 釈然としない、というような顔つきでエミヤは答える。
「なら、あんたに許可を得ることは当然だろ」
 エミヤの返答は聞かずに、背を向け、士郎はひらひらと手を振った。

 夕食、いや、もう夜食に近いが、焼きそばを作っていると、クー・フーリンが、ふらり、と現れた。
「あれ? ランサー? んん? なんか、雰囲気が、違う……」
「ああ、再臨した。なんか、ガキっぽいだろ?」
「再臨? ああ、レベルが上がるってやつか?」
「そ。まだ最終じゃねえけどな」
「ふーん。……なんか、若くなった気がする」
「やっぱ、ガキっぽいか……」
 クー・フーリンは大きなため息をこぼす。
「ガキ? うーん、髪が短いからかな?」
「あんま、深く掘り下げないでくれ」
 明らかに意気消沈気味のクー・フーリンに、士郎はわかったと頷いた。
「あ、食う?」
「ん。食う」
 短いやり取りで士郎はクー・フーリンの焼きそばも用意した。
「立ち食いでいいだろ?」
「かまわねえ」
「あっちは、エミヤが綺麗にしたからさ」
 士郎の指さす食堂のテーブルや椅子は、エミヤが懇切丁寧に清掃している。夕食の終わった食堂は、また明日の朝に始動するのを待つのみなのだ。
「あいつ、好きだもんなー、掃除」
「はは……、だな」
 小さく笑いながら厨房を出て、カウンターにクー・フーリンと並び、立ち食い蕎麦の如く、焼きそばを食べる。
「あのよー、お前って、誰なんだ?」
「んぐ? …………え、衛宮士郎だけど? 今さら、なんだよ?」
 急に訊かれて、少し焼きそばを詰まらせながら答える。
「あの弓兵と知り合いか?」
「さあ?」
「知らないのか?」
「……さあ…………」
「似てるな」
「そう、か?」
「そっくりだ」
「そうか……」
 目を伏せた士郎の頭を、クー・フーリンは撫でてくる。
「なん、だよ?」
「なんか、こうした方がいいと思ってよ」
「…………ガキじゃない」 
「む……。撫でやすそうだって、前にも言っただろ」
 照れ隠しにか、少し憮然としながらクー・フーリンは言った。
 いつかの夜が思い出される。その記憶を彼は持ってはいない。だというのに、彼は同じことを言って、同じように士郎に接する。
「あんたは……」
「ん?」
 本当に覚えていないのか?
 そう、訊いてみたくなる。
 記憶があるから、どうする、ということではない。きっとクー・フーリンは記憶のあるなしに限らず、今と変わらずに接してくれるはずだ。
 けれど、あの聖杯戦争を覚えているかいないか、ということは、士郎にとってとても大きなことだ。
 士郎に関するすべてが消えてしまっている今、衛宮士郎という名で存在していること自体、本当は間違いなのかもしれない。人理が修復されれば、この世界の、本物の衛宮士郎が存在することが明らかになるだろう。
(俺は……、偽者……?)
 確かに投影をして、偽物ばかりを造り出した。
 したがって、偽者だというのだろうか?
 本物には及ばない、本物にはなれない、そういうことなのだろうか……。
「なんだ? 言いたいことあんなら、言えよ」
 いっこうに先の言葉を続けない士郎を、クー・フーリンが促す。だが、こんな自身の懊悩を彼に言ってどうなるものでもない。
「…………、ガキっぽい奴に、ガキ扱いされた身になれよ」
「てめっ!」
「い、いだだだだっ!」
 ガシガシ、と力を籠めて頭をかき混ぜられ、士郎は軽口をこぼしたことを悔やむことになった。
「この、バカぢからっ!」
 文句を言えば、お前が悪い、とクー・フーリンは相手にしない。
「焼きそば作ってやったろ!」
「それとこれとは話が別だ! あんま触れんな、っておれは言ったぞ!」
 口論するも、クー・フーリンは怒っているわけではない。げんにその口の端は上がっている。
「あー、もう、俺が悪かったよ!」
「よし」
 何がよしだ、とは言えず、焼きそばを食べることにする。
(今度、飯、作る時は、絶対タバスコ入れてやる!)
 小さな復讐を誓って、士郎は不貞腐れながら焼きそばを食べた。

 先に食べ終えたクー・フーリンは、カウンターに頬杖をついて、まだそこにいる。
「戻らないのか?」
「食った後は休憩だ」
「ふーん?」
 まだ食べている士郎を一人にしないための配慮だと、士郎も気づいている。それを頑強に断ることも、それについて何かを言うのも、その気遣いを台無しにしそうで、士郎は気づかないフリを通した。
 代わりに、士郎が食べ終え、食器を片づけるためにクー・フーリンがカウンターを回り込もうとしたが、それを留め、士郎は皿を引き取る。
「あとはやっとくよ。ありがとな、ランサー」