LIMELIGHT ――白光に眩む2
厨房に立つ時にこの姿でいるのを見たことがある。休む時にどんな姿か、確認したことがなかったので、士郎は今、初めて見た。
黒い装甲だけで、いつも後ろに撫で付けられていた白い髪が下りている。
(たぶん、この姿だと、俺と変わらない……)
だから、ランサーに似ていると言われたのか、と納得する。
閉じた瞼は、ぴくり、とも動かない。
(ほんとに寝てるのか?)
疑いながら、自由になる左腕をその顔まで持ってくる。
そぅ、と前髪の先に指先を触れてみた。
(へぇ、柔らかい……)
意外だ、と士郎はさらに手を伸ばす。
髪を撫で梳き、前髪をかき上げれば、いつも見ている顔がある。だが、眉間のシワはなく、その表情は穏やかだ。
(あんたは、嫌にならないのか? 俺とは関わりたくないだろ?)
顔を見ているのも嫌気がさすはずだろうに、エミヤは、殺してやる、とは言ってこない。それに、普通に接しろと言っていた。
(ダ・ヴィンチにでも言われたのか? そんな気遣い要らないってのに……)
かき上げた前髪を戻す。いまだエミヤは起きる素振りもない。人ではなく、サーヴァントのくせに寝こけている。少し士郎は可笑しくなった。思わず小さな笑みを浮かべてしまう。
(藤丸が人理の修復を終えたら、出ていくから。もう少しの間、我慢してくれよな……)
きっと、早くそうなることを願っているだろうエミヤの髪を梳きながら、士郎は瞼を下ろす。
「もう少しの……辛抱だからな…………」
再び士郎は眠りに落ちた。
***
夜中に目が覚めた。
「……っ…………」
エミヤは自身が眠っていたことに少し驚き、現状に目を瞠った。
「な……」
目の前に眠る士郎がいる。
それは、いつもと変わらない。
違うのは、士郎が背を向けておらず、こちらを向いていること。
そして、その手がエミヤの頬から耳にかけて置かれていること……。
「な……っ……?」
いったい何があったのか定かではない。己の左腕は士郎の下敷きで、右腕はその身体に回している。
確か、ぎっちりと締めつけるように抱きしめて、目が覚めるまで、とエミヤは士郎とかなり密着して瞼を下ろしたはずだ。が、今は二つの身体の間に少し空間が空き、士郎がこちらを向いている。
「衛宮……士郎……」
こんなに間近で見たのは、ほんの少し前。
無意識にその頬を包み、吸い込まれるように顔を近づけていた時だけだ。
己とほとんど変わらない顔つき。だが、髪は褪せておらず、肌はエミヤよりも白い。
いつかの直接供給を思い出す。あの心地好さは……、と下半身が落ち着かない。
(いやいや、落ち着かなければ……)
自分に言い聞かせ、深呼吸を一つ。
「ん……」
息がかかったのか、士郎が身動いだ。
「っ、」
吐いたばかりの息を止め、エミヤは士郎の様子を窺いながら、慎重に呼吸をする。
(私は何を動揺しているのか……)
なぜ、こういう状況になったのかは定かではないが、どういうわけか、エミヤはうれしい。
自分自身、何を考えているのか、と呆れもするが、思ってしまったものは仕方がない。
「し……、っ、…………し、士郎?」
起こす気はないが呼んでみる。
しかも、下の名を、だ。
反応がないことにほっとしながら、少し残念な気にもなる。
もぞり、と近づき、士郎の身体を抱き込んだ。
なんとも言い難い安らぎを感じている。初めて腕を回した時もそうだった。背を向けた士郎をどうしようもなく引き寄せたくて、適当な理由をつけてこの腕で抱き寄せた。
温もりを抱き込んで、ただ、目を閉じる。そうしているだけで、安堵する。
(コレが来てからというもの、おかしいな、私は……)
サーヴァントに睡眠などというものは必要ないが、瞼を閉じれば、いつでも眠れそうな気がする。この腕の中に士郎がいれば……。
そんなことに気がついて、エミヤは笑いたくなってしまう。
(殺そうとしたというのに……)
エミヤには一度だが、士郎は二度もエミヤに殺されかけている。士郎が身構えている様子なのは、そのせいなのだろうか、と思う。
(当たり前か……。どこの世界に、殺されそうになった者と仲良く馴れ合う奴がいるというのか……)
そんなことに気づいて、胸が、ぎゅ、と絞られた気がした。
手痛いしっぺ返しだと、細くため息をこぼす。
(限られた時間だけでもいい……)
朝まではこうしていたい。
この安堵の中に、ぬるま湯に浸かっているように……。
「んー……」
もぞもぞと動き出した士郎に、エミヤは少し腕を緩めた。
「うー……、ん?」
「起きたか」
「へ? え? あれ?」
「一晩で、ずいぶん進歩した、と思っていいのか? これは」
にっこりと笑みを浮かべて厭味の一つでも言わなければ、エミヤは何をどう言い訳すればいいかわからない。
みるみるうちに目の前の士郎の顔が紅潮していく。意外な反応だった。
「い、いや、ち、ちが、こ、これ、あれ? え? なんで? あ、あんたが、」
「私が?」
「よ、夜中に、目が覚めて……、そしたら、あんたが寝てたから……」
「そうか。私が眠っていたのか。だが、お前はいつも、意図的にあちらを向いて寝ていたと思うが?」
「う……、うー、あー……。め、珍しいって、思って……」
たどたどしいが、素直に士郎は吐露していく。寝起きだからか、動揺しているからか、どちらにしても、今までにない士郎との会話ができている。
「ちょっと、触ってみたり……」
「さ、触っ?」
「あ、いいいいいや、その、か、髪を、ちょっと……だけ……」
エミヤが驚けば、士郎は言い訳を吐き出す。
「わ、悪い……、勝手なこと……」
目を伏せ、士郎はバツ悪そうに、もごもごと謝ってくる。
「謝ることはない、私は、気にしないが?」
「へ? い、嫌、だろ?」
「なぜだ?」
「なぜって……、俺、衛宮士郎だし、男だし、普通、こんなこと、しないだろ? あんたにその手の趣味がないことなんか百も承知だし。だから、」
「嫌ならば、ベッドから蹴り落としている」
「蹴り……、ひでーな」
「まあ、その程度には、私は、お前を受け入れている、ということだ。したがって、お前も少し肩の力を抜け」
「ちょっと……、難しい」
「そうか。ならば、少しずつでいい」
エミヤは士郎を抱き寄せた。
「え? ちょっ、なに、して、」
「厨房に入るのを、私に気を遣って時間をずらすことはない。お前が手を貸すというのならば、ありがたく借りる。サーヴァントが増えてきたことは知っているだろう? しかも、大食漢が目に余るほどだ。だが、厨房で腕をふるえるサーヴァントは少ない。お前の身体が許すのであれば、手伝ってくれると助かる」
もがいていた士郎が次第に動きを止めていく。
「そんなの……、俺じゃ、足引っ張る、だろ……?」
「当たり前だ。それでも、手が足りない方が問題なのだ」
「猫の手でも、ってことか?」
「そうだな」
「……わかった。俺で役に立てるんなら、いくらでも、手伝う。ここには世話になっているし、貰いっぱなしは、性に合わないから、……って、いい加減、離してくれると、助かるんだが」
エミヤは少し名残惜しいと思いつつ、腕を引いた。
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む2 作家名:さやけ