LIMELIGHT ――白光に眩む2
「おー、こわい、こわい。光の神子に敵視されるなんて、願い下げだね」
「だったら、手を出さないことだ。あいつらが自分から言ってこない限りは」
「そうだね……。けれど、クー・フーリン、一歩を踏み出すために背中を押してやることも、時には必要になるんだよ?」
「な……ッ、てめっ、」
「ふふふ、だーいじょうぶさ。無茶はしないよ。立香くんからも、くれぐれも、と頼まれているからね」
ダ・ヴィンチはひらひらと手を振って去っていった。
「何しに来たんだ……」
食堂に来ておいて食事もとらずに出ていったダ・ヴィンチに目を据わらせ、クー・フーリンは、呆れた声をこぼすしかなかった。
■□■7th Bright■□■
“聖抜”は実のところ、“聖罰”だった。
聖都キャメロットでは、選ばれる者と選ばれない者を分かつ儀式だ。
選ばれた者は城へ入り、選ばれなかった者は即、殺される――故に聖罰……。
容赦はない。取りこぼしもない。
(これは…………)
エミヤは、逃げ惑う難民たちに、己の所業を思い出す。
六つ目の特異点。それは、無辜の民が選択される世界。
十三世紀の中東に表れた特異点は、白亜の城キャメロット。今回の敵は、獅子王の率いる円卓の騎士たち。
彼らは、非情に民を選ぶ。親子であれ、夫婦であれ、否応なく選び、或いは棄てて、選ぶだけの作業を繰り返している。
「は…………」
城壁に集った人々を救うために戦いながら、エミヤは己の所業を噛み締めた。
(私も、あの聖罰騎士と同じ……)
理由もなく、大義もなく、正義もなく……。
エミヤは、多数のために、少数を殺した。恨み言をこぼして絶命する者を吐いて捨てるほど見てきた。何度、膝を折って嘆いたことか、何度、一矢報いた人々に致命傷を負わされないかと願ったことか……。
己の運命を呪った。
殺すことでしか救えない世界など、おかしいとわかっていながら、やめることのできない運命を、ただ機械仕掛けの人形のように、己はこなしていくだけなのだと、そんなことに何時しか気づき、元となる存在を憎悪することで溜飲を下ろそうとした。
衛宮士郎が描いた理想が、英霊エミヤをつくったことは確かだ。だから、憎み、恨み、消し去ってやると意気込み、そうして、聖杯戦争で、出会った。
かつての己と、そして、そこから十年の時を経た己と……。
今、その衛宮士郎がカルデアにいる。彼は、二度、聖杯戦争に参加したという。一度目の聖杯戦争では、英霊であるエミヤと斬り合った。そうして、その時のエミヤは、後悔はあるものの、自身の歩んだ道のりが間違いではなかったことに気づいたと、赤いペンダントの記憶に籠められていた。
ただ、その記憶は、エミヤにはない。
エミヤが士郎と最初に出会ったのは十余年前の冬木の聖杯戦争だ。その聖杯戦争では士郎と斬り合うどころか共闘し、彼を殺せなかった。二度目に出会ったとき、地下洞穴で殺すつもりだったが、やはり、宿願は果たせなかった。
本当に殺す気があったのだろうか、と今となっては疑問を浮かべてしまう。
薄々エミヤは感じている。自分は元となった衛宮士郎を殺すことなど、何度機会があったとしてもできないのではないか、と。
(私は、アレを前にすると……)
自身の元となる存在を目の前にして、己はどうにも尻込みしてしまうらしい、とエミヤはようやく気がついた。
色素沈着の起きていない肌、褪せていない赤銅色の髪、輝きを失っていない琥珀色の瞳。その姿は、今のエミヤにとって懐かしくもあり、恨めしくもあり、焦がれるものでもある。
地下洞穴で士郎に貫かれ、座に帰還したエミヤは、もう一度、と願った。士郎に会いたいと思った。
なぜそんなことを、と疑念が湧くが、思い願ってしまうものは、どうしようもない。
今、カルデアにいる士郎と、もう少し話というものをしたいと思う。念願叶ったのだから、もっと、何かしらの会話というものがあってもいいはずだ。
忌憚なく、とはなかなか難しいものの、地下洞穴で背中を預けて闘ったことなら、それなりに話題になってもおかしくはない。それに、魔術回路のことにしても、もっと己に相談でもしてくれれば、何かアドバイスなりをできるだろうに……。
だが、それができない。
そんな簡単にはできないのだ。
まず大前提がある。士郎の認識では、アーチャーとエミヤは、別の存在だと思い込まれていることだ。そして、エミヤもそれを否定することに積極的ではない。
(そもそも、アレは、私とまともに目を合わせない……)
それに、今さらなんと言って、聖杯戦争のことや、あの地下洞穴のことを覚えていると説明すればいいのか……。
逃したタイミングはズルズルと引きずっているばかりで、いっこうに前に進めない原因になりつつある。
「はぁ……」
気の抜けたため息が出る。
士郎はやはり何も語らない。
エミヤは夜空にため息をこぼすしかなかった。
レイシフトの最中に余所事を考えているなど、言語道断だというのに……。
どうしようもない奴だ、と自身に吐き捨てながら、それでも、今は休憩中だ、と言い訳を並び立てる。
「こちらのことに、集中しなければ……」
無理やり意識を現状へ持ってくる。
沙漠を彷徨い、エジプト王に会い、そしてまた沙漠、そしてキャメロット……。六つ目の特異点は、いつになく厳しい状況の繰り返しだ。ただ、立香をはじめ、マシュも、何故か今回のレイシフトについてきたダ・ヴィンチも、その心には迷いがない。
だからこそ、自分たちサーヴァントも立っていられる、そう思う。
ただ、敵サーヴァントにセイバーが多いため、クラス相性を考慮して、エミヤが率先して戦闘に入っている。マスター・立香の信用を得ていることに遣り甲斐を感じ、大英雄アーラシュや俵藤太の加勢の手前、弱音は吐かないが、明らかにエミヤには疲労が溜まっている。
疲れているのはエミヤだけではない。ともにレイシフトしたサーヴァントも、この特異点で出会ったサーヴァントも、そして何より立香も疲れている。が、誰も口には出さない。
体力的にキツイことは皆同じだが、エミヤはやはり気がかりを残しているために、余計に気疲れしてしまうのだろう。
「いったい、どう接すれば、いいものか……」
士郎に歩み寄ったつもりでも、同じ分だけ士郎は後退っていく気がする。
少し会話はできるようになった。士郎も受け答えをきちんとしてくる。
だが、何かが違う。
あの地下洞穴での士郎は、もっと気さくで、もっとエミヤを見て話していた。
今はといえば、偶然かち合った視線はすぐに逸らされ、こちらを見ることもない。
「どう、すれば……」
何度こぼしたか知れないため息を、また夜空に吐いた。
六つ目の特異点からようやく戻ったエミヤは、まず厨房に足を運んだ。
「エミヤ、今回は疲れているんだし、もう休みなよ」
立香に言われたが、エミヤは、下拵えをする、と聞かなかった。
「もー……」
呆れた様子で、おれはもう寝るからねー、と立香は食堂を出ていった。
確かに疲れている。包丁を持つ手がおぼつかない。少々眩暈もする。
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む2 作家名:さやけ