芳川裕美の想い(前編)
裕美を乗せた原田が、走りながら伝えた行き先は何と本当にホテルだった。でもそこは裕美が密かに期待したラブホテルでは無く、市の郊外に最近出来たシティーホテルだった。
目的地に近付くと原田は、「ホテルには部屋が予約してあるから、着いたら用意した衣装に着替えてもらいたいんだ。・・色々あるけど、嫌なものは着なくていいから、」と言った。思惑とは程遠い内容にがっかりした裕美だが、コスプレするのも面白いと思い「*へえ〜、楽しそう、」と答えた。
ホテルの駐車場に車を停めた原田は、降りる前に「このホテルのフラワーアレンジはブライダル界では有名なんだよ、係りの人を紹介するから、色々教えてもらうといいよ、」と言った。裕美は「*ほんとですか!、ありがとうございます、」と答え、電話する口実として言ったことを原田が忘れてなかったことに驚いた。
ホテルの駐車場にワンボックス車を停めた原田は、後ろのドアから大きなカメラバッグを取り出して肩に掛けた。そして「ホテルの人には、キミはプロのキッズモデルだと言ってあるからね、」と言った。裕美は(私がモデルだなんて変、なんでそんなウソ言うの?)と思ったが黙って「はい、」と返事をした。そして裕美は「*キミ、じゃなくて名前で呼んでください、」と前から気になっていた事を口にした。すると歩き始めた原田が足を止め、「そうだったねゴメン、裕美ちゃんって呼ぶことにするよ、」と笑顔で振り返った。
ホテルのロビーには宿泊客らしい家族連れやカップルが多く居た。原田はレセプションのカウンターに行き、「原田です、」と予約の確認をした。すると胸に大きなリボンを付けた女性のコンシェルジュが近付き、「お荷物は部屋の方にお運びします、」と声を掛け、車のキーを受け取った。原田は「ありがとう好子さん、」と名前を呼んでお礼を言った。すると、その好子さんは原田の後ろに立っていた裕美に向かい、「*必要な事があったら呼んでね、」と言って名刺を差し出した。
部屋は8階の角部屋だった。南と西から陽光が差し込む明るい部屋は暖房も効いて暖かだった。原田は客室係りが運んだ大きな段ボール箱を、引き戸で仕切られた奥の部屋に移した。そこは寝室のようでシングルベッドが二つ並んで置かれ、縦長の姿鏡も置いてあった。原田が段ボール箱を開き、「裕美ちゃんちょと見て、この中に着てもらう衣装が入っているんだ、一度ハンガーに全部掛けるから見ておいて、」と声を掛けた。
殆どの衣装がお姫様のドレスのような可愛いデザインと色合いだったが、中には気ぐるみのようなファニーで可愛いものも有った。原田は奥の部屋をパーテーションで二つに仕切り、「着替えはこの中でやって、僕は隣の部屋に戻ってるから、着替えたら声を掛けて、」と言った。裕美は、原田の興味が自分では無く衣装に集中していると思い不満だった。それでも普段は着る機会が無い派手なコスチュームに、裕美の心はワクワクした。
スタジャンとセーターとスカートを脱ぎ、インナーとパンツだけになったところで裕美は隣の部屋にいる原田に声を掛け、「*衣装の下はどこまで脱ぐの?」と聞いた。原田からは直ぐに「ブラと下着は着けたままで、インナーは寒かったら脱がなくていいよ、ストッキングも履いたままで、」と返事がきた。
それを聞いた裕美は、「*私ブラジャー着けてません、いいですか?」と聞き返した。原田から「エッ!そうなのか、じゃそのままでいいよ、・・インナーは脱がないで!」と答えが返ってきた。原田は何か道具の準備をしているようで、彼の声は時々途切れ、機械を扱う音が『カチャカチャ』と聞こえた。
作品名:芳川裕美の想い(前編) 作家名:潮 風