秋色より尚、深く
類も総二郎も同じように心配して連絡もくれたし一緒に出かけたりもしたけれど、卒業後に向けて少しずつ動き出していた彼らは東京にいないことも多く、気づけばあきらといる時間がとても長くなっていた。
「もうすぐテストなんだから、この際、うちで合宿するか」
「おふくろが新しいお菓子を作ったから味見してほしいって言ってる」
「妹達と遊んでくれ。出来れば朝飯も一緒に食ってくれると助かるんだけど」
理由は様々だったけれど、あきらはつくしの家やバイト先に迎えにきては、自分の家へと誘い、夜遅くなれば当たり前に邸に泊まらせた。
双子の遊び相手は結構大変で、一緒に走り回る時間は無心になれた。
あきらの母親は、いつでもつくしを歓迎してくれた。本当に母親なのかと疑いたくなるほど若々しくて――子供っぽいというか、少女みたいというか――可愛らしくて、とても優しかった。
あきらの家は楽しいことがいっぱいで、F4の他の三人の家とは明らかに違う温かさがあった。
それをあきらに告げると「これからずっとあの三人の相手してくれてもいいんだぞ」と笑った。
そんなこんなで一ヶ月が経った今、つくしの心はいつの間にか浮上していて、精神的ショックも寂しさも、少しずつ和らいできていた。
そうしたら途端に、あきらやあきらの家にとんでもなく迷惑をかけている気がした。
( よく考えると、あたし、ほとんどここでお世話になってるよね。それでいいわけ……ないじゃん! 何してんの、あたし )
「あたし、やっぱり帰るよ」
「は? 何言ってんだよ」
「だってさ。あたし、相当迷惑かけてるよね」
「何が?」
「ほらさっき、美作さん『今さら』って言ったでしょう? そうなのよ、今さらなのよ。ずーっとお世話になりっぱなしなのよ。こんなに甘えちゃって、とんでもないよね、あたし」
つくしにとっては一大事。改めて考えると、さーっと血の気が引くくらいのことだった。
突然慌てたつくしに、あきらは、くくくっ、と笑った。
「ほんと、今さらだな、おまえ。別にいいんだって。俺が好きで連れてきてるんだから」
「いや、でもさ。改めて考えてみたら、この一ヶ月、たぶん半分くらい泊まらせてもらってるよね」
「別に部屋には不自由してない」
「でも、ご飯だって―――」
「飯も同じ。寧ろ、なんでも美味そうによく食うからシェフたちも作り甲斐がある。しかも、絵夢も芽夢もおふくろも、とても喜んでる」
「いやでも、やっぱり―――」
「前にも言ったけど、俺はおまえが三人の相手をしてくれて相当助かってる。絵夢と芽夢も喜んでるし、親父に言ったらバイト代が出るぞ、きっと。でもおまえは受け取らないだろう?」
「当たり前でしょ!」
「だったら、飯食うのも泊まるのも、バイト代の代わりだと思って気にせずにいろよ」
やっぱりあきらの言葉は、するりと入り込んでくるのだ。
そんな風に言うあきらに、つくしは何も言えなかった。
「そんなふうに考えられるようになったのは、元気になってきた証拠だな」
あきらは、良かった、と頬笑みながら、ぽんぽんっとつくしの頭に手を置いた。
最近あきらによくされるその行為。
妹達にしているような自然さで、されるたびにいつも、子供扱いされたかしらと一瞬思うのだけれど、不快感は微塵もなく、それどころかなぜか安心感が湧いて、そんな自分に驚いていた。
「お、戻ってきたな」
廊下の向こうから、パタパタという慌ただしい足音が近づいてくる。
「絵夢ちゃんと芽夢ちゃんね。足音ですぐにわかる。かわいいよねぇ」
「そうか? 毎日だと疲れるぞ」
本当に疲れた顔をするあきらに、つくしは思わずぷっと噴き出した。
「笑い事じゃないっ!」と怒られたが、ちょうどそこへ、足音の主たちの甲高い声が届いた。
「お兄ちゃまー! お姉ちゃまー!!」
「どこにいるのーー!?!?」
つくしが、こっちだよー、と言うと、廊下の角からぴょこんと二人が顔を出した。
パタパタと走り寄りながら、満面の笑みを浮かべている。
「お姉ちゃま、お食事どうぞ、だって」
「ありがとう。絵夢ちゃん、芽夢ちゃん」
「お兄ちゃま、東屋にハーブを摘みに行きましょう」
「……東屋?」
パフンとあきらの腕に飛び込んだ芽夢の言葉に、あきらは動きを止めた。
その隣でつくしも同じように動きを止めた。
そんな様子などお構いなしの二人は、瞳をキラキラさせている。
「あのね、夕食にハーブを使うんだって。これから摘みに行くって言うから、芽夢たちが行ってくるって言ったの。ほら、紙に書いてもらってきたわ」
「お手伝いよ。お兄ちゃまと一緒だったら行っていいって言われたの。だから行きましょう。お姉ちゃまも一緒に行きましょうね」
「え?あ・・・」
「東屋」は、今のつくしには、そのまますんなり聞き流せないわだかまりがあって、咄嗟に言葉が出なかった。
あきらはそれを見逃さなかった。
「わかった。じゃあ今日は俺が行ってくるよ。芽夢、紙見せて」
「見せるのはいいけど、芽夢たちも一緒に行くのよ」
「今日はやめておけ。もう外も暗くなってきたし、危ないだろ」
「嫌よ。お兄ちゃまが一緒ならいいって言われたもん」
「……じゃあ、三人で行こう。牧野、おまえリビングで待ってろよ」
「なんでお姉ちゃま一緒じゃないの? お姉ちゃまも一緒に行くの」
「そうよ。四人で行くって言ってきたもの」
「別に四人で行く事ないだろう?」
「あるのー! お姉ちゃまに見せてあげたいお花があるんだから」
「そんなの明日でもいいだろう? もう暗いんだから」
「ダメダメ、絶対ダメ―ー!!」
こうなると、もう誰が何を言っても無駄。
あきらは小さく舌を打ち、つくしに向き直ると、慎重に言葉をかける。
「おまえも一緒じゃないと駄目なんだと。……一緒に行くか?」
その表情はとても優しくて、つくしを気遣っているのがわかった。
正直、気乗りはしない。でも、ここでつくしが嫌だと言うとあきらを困らせてしまう。
それはしてはいけないことだと思った。
「うん。行く」
途端に「きゃあ、やったぁ」と歓声をあげた絵夢と芽夢は、あきらとつくしの腕をぐいぐい引っ張り、意気揚々と玄関へ歩き出した。
「牧野、スマン」と謝るあきらに、つくしは笑みを浮かべて、気にしないで、と小さく首を振った。
庭に出ると、辺りは薄闇に包まれていて、空気は僅かに冷えていた。
十月に入って残暑は鳴りをひそめ、秋本番を迎えていた。
双子が飛び跳ねるように歩いていくその後ろを、あきらとつくしが歩いていく。
きゃっきゃとはしゃいだ声を発する双子の後ろで、あきらとつくしは黙ったままだった。
つくしが東屋に行くのは、あれ以来―――司と一緒に閉じ込められた、あの時以来だった。
つくしは「東屋」という言葉を聞いた時から胸がざわつき、何かを話す余裕などなかった。
ひどく緊張していて、心臓がバクバク言っているのがわかる。
どうにか落ち着こうと手を強く握り締めてみるけれどあまり効果はなかった。
あきらは、そんなつくしを心配そうに見遣りながら、黙って横を歩いた。
「お姉ちゃま、見て!」
「見て! 綺麗でしょう?」
つくしはハッとして足を止めた。