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はなみずき
はなみずき
novelistID. 65734
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星屑色の降る夜

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「でも、泣き腫らした顔してたのは事実だからな。是が非でも理由を訊き出そうなんて思わなかったけど、当たり前に何があったのか気にはなったし、俺なりにいろいろ考えたんだよ」

「知ってるだろ? 俺の性格」と言った俺に、牧野は曖昧な表情で、でもきちんと頷いた。

「だから今ちょっとだけホッとしてる。理由がわかったから。これならなんとか助けてやれそうだって……うん。ホッとしてる」

俺は笑みを浮かべて、カップに手を伸ばした。
一口飲んでカップを置く。
そして、牧野を真っ直ぐに見た。

「率直に、牧野の本心は? どうしたい?」
「え?」
「何を言われたとか、何が正しいとか、そんなことじゃなくてさ。牧野自身は、どうしたいんだ?」
「どうしたいって……あたしは……」

言葉に詰まる牧野。でも俺は答えを待たず再び口を開いた。

「難しく考えないで、自然体で良いと思うんだけど」
「自然体……?」
「頭でだけ考えて心の伴わない選択したって、きっといつか苦しくなるだろ。考えるのは悪いことじゃないけど、考えすぎて本質見失うのは好ましくないような気がする」

俺の言葉に、牧野はほんの少しだけ口を尖らせて言った。

「でも、それでもそうしなきゃいけない時だってあるでしょう?」
「そりゃあるけどさ」
「たとえそれが不本意でも、そうすることがベストだって思ったら――」
「例えばそれは、俺らと距離を置く、みたいなこと?」

牧野はほんの一瞬目を見開き、それから眉を顰めてこくりと頷いた。

「そうすることがベストだって、牧野、なんでそう思う?」
「だって……」
「うん」
「……だって、迷惑かけちゃうから」

消え入りそうな声だった。

「迷惑? 誰に」
「みんなに」

「みんな?」と訊くと、牧野は小さく頷いた。

「道明寺とのことではあたしみんなに迷惑かけっぱなしで。本当に申し訳ないなって思ってるの。ただ、恥ずかしい話なんだけど、それ自体をまともに考えられるようになったのも最近で、ずっとぼんやり過ごしてきちゃったんだよね」
「仕方ねえだろ。牧野弱ってたしな」
「だけど、そんなふうにぼんやりしてみんなの好意に甘えきってたせいで、そのみんなに迷惑かけてる。変な噂流されてるのだってそのせいだし、これからだってもっともっとおかしな噂流されてみんなの評判も落としていくかもしれない。それは……それだけは嫌なの。そんなふうになるくらいなら、あたしはみんなと一緒にいるのやめる」

牧野はきっぱりと言い切った。
きゅっと結ばれた口元には、その決意の強さみたいなものが垣間見れる。
牧野は牧野なりに真剣に考えた末の結論なのだと、改めて思い知らされた。
それは牧野らしい、もどかしくも優しい想いだった。
胸の奥が温かくなる。
それを感じながら、俺はその横顔に言葉を放った。

「別に何一つ迷惑なことなんてないよ。少なくとも俺は。きっとみんなそう」
「でも、噂されてるよ。美作さん、あたしと――」
「別にそんなのどうでもいいさ。それに関して言えば、牧野のほうが迷惑だっただろ」
「あたし?」
「せっかく司との噂が静まってきたかと思ったところにこれじゃあな。しかも相手俺だし。悪かったな」
「そんな! あたしは別に」

牧野は再びふるふると強く首を振った。

「あたしは全然平気だよ。そりゃ無責任な噂されるのは嫌だけど、でもそれよりも、美作さんに嫌な想いさせてるかと思ったら、それがすごく嫌だった。美作さん、誰よりもあたしを気にかけてくれて一緒にいてくれたのに。それなのに、一番迷惑かけることになっちゃって……」

その牧野の言葉は、小さく、けれど鋭く、俺の胸を撃ち抜いた。

(牧野、気づいてたのか。)

この数ヶ月、牧野が長い時間、共にいたのは俺。
それは、とても些細な――でも紛れもない事実。
その事実に牧野が気付いていた。
ただそれだけのことが、もしかしたら当たり前かもしれないそのことが、どういうわけかひどく嬉しい。
牧野はそんな俺の小さな変化に気付くことなく言葉を続ける。

「昨日、西門さんと大学のカフェテリアで一緒になったから、噂のこと話したの。そしたら『俺じゃなくて良かった』って心底ホッとした顔で言われて……カチンと来たけど、でもそうだよなあって、なんか納得しちゃって……」

牧野の声はどんどん小さくなり、最後は完全に消えてしまった。

(おいおい……)

総二郎の相変わらずの様子に呆れる。だが相変わらずというなら、牧野もだ。
いつものようにからかわれたのだ、牧野は。けれど、それにまるで気付かず肩を落としている。
どうせその場では「なによ、その言い草!」とかなんとか頬を膨らませて怒って見せたのだろうけれど、それでも吹き飛んでいかない感情があって、きっと後で一人で落ち込んだのだろう。
そんな牧野の姿は容易に想像がつく。
きっと総二郎は、そんな牧野を知らないし、そこまで掘り下げて考えてもいない。
そういえば昨晩は総二郎と一緒だったけれど、そんな話はまるでしていなかったから、もしかしたらもう忘れてしまっていたのかもしれない。

(牧野は話した相手が悪かったな。俺なら――。)

そこまで考えて、ふと思考を止める。

(俺なら、なんだ……?)

再び疑問符が浮かぶ。
続く言葉はわかっている。

「俺なら、そんな言い方はしない。牧野がどういう反応をするか、どう捉えるかがわかるから」――そう、俺にはわかる。手に取るように。
俺は、いつの間にかこんなにも牧野を理解している。そしてそんな自分を心のどこかで誇らしいとさえ思っている。

(俺は……)

胸の奥が、やけにモヤモヤとする。
今まで注視せずにいた感情が後から後から湧いてくる気がして、しっかり見て理解してしまいたいのに、心のどこかではそれを怖く感じて踏み出そうとしない――よくわからない感覚に襲われた。
未知なる胸騒ぎに、心が乱れていくのがわかる。
抗わなければ飲み込まれてしまう。そんなことを本気で思った。
俺はそんな自分の感情を振り切るように言葉を放つ。

「総二郎と俺を一緒にされてもなあ」
「え?」
「総二郎の反応を基準にして俺のことを気にしてるなら、それは時間の無駄ってやつだな。というか、そもそも総二郎も本気でそれ言ったわけじゃないだろ。牧野、からかわれたんだよ」
「……え、からかわれた?」

きょとんとする牧野に俺は笑いながら言う。

「そ。牧野の反応を楽しんでただけだと思うぞ。いつもと一緒」
「嘘、だって本当に心底――」
「そんなのいつものことだろ。言った後ニヤけてなかったか?」
「……そ、うだった、かも……でもそれだっていつもと一緒だから」
「あはは、それもそうか」

牧野は呆けた表情で俺をじっと見つめていたが、やがて脱力して溜息を吐いた。
「なんなのよ、もう」と呟く牧野は、きっと安堵している。
俺はそれを見ながら、総二郎のやつらしい対応には、あいつなりの優しさもあるんだろうなあとぼんやり考えた。
噂になった相手が自分でなくてよかったと、それは正直な気持ちだったに違いない。
作品名:星屑色の降る夜 作家名:はなみずき