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LIMELIGHT ――白光に眩む3

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 物を置く趣味がないからか、与えられた当初と何も変わらない部屋。変わったことといえば、一人、同居人が増えたくらいか。
 そういえば、衛宮士郎はどこにいる?
 いつも寝ている側のベッドを見ても姿がない。
 部屋が暗いということは、まだ朝ではないのだろうか?
 壁に掛けられたデジタルの時計を見遣れば、午前三時前。やはり、まだ朝というには早すぎる。いや、それよりも衛宮士郎だ。
「どこに……」
 探さなければならない。こんな時間に、いったいどこに行ったのか。
 不安を覚え、今、自身がどういう状況なのかを把握しようとすれば、何かを下敷きにしていたことを思い出す。
 顔を下ろせば衣服が見える。
 人?
 硬い物だと思っていたのは、骨ばった感触だったのだろうか?
「な……」
 驚きに声を飲む。
 何がどうなっているのか、理解に苦しむ。
 だが、がっしりと腕を回されているのだとわかって、拘束されているのではないと知った。
「いや、これは、拘束といえば、拘束か……」
 ほっとして、少し身体をずらし、横向きに寝返る。
 私は、なぜこんな格好で衛宮士郎を下敷きにしていたのか……?
 疑問を浮かべながら、横になったものの、どう体勢を変えようかと思案する。前の体勢から変わるとしたら、どうしたって衛宮士郎の腕か手を下敷きにしてしまうので気を遣う。
 結局、横になったまま、その片腕を下敷きにはしたものの、少し身体に力を入れて完全に重みをかけないようにした。疲れはするが、仕方がない。
 そう、仕方がない。
 この体勢ではこれが精一杯だ。
 衛宮士郎の腕をどうにかしてしまっては、せっかく身体が動くようになったというのに、やはり気の毒だ。
(気の毒……)
 私は何を心配しているのか。
 殺そうとしたのだぞ?
 しかも、コレは、私の元となった人間といっても過言ではない。それを気の毒だ、などと、他人のような扱いをして……。
 落ち着かない……。
 いや、落ち着かない、というよりも、何やらソワソワする。
 衛宮士郎を腕に抱いているというこの現実が信じられない。こんなことをしているのが己だとは、考えたくもない。だというのに、こうしていることは、とても安らぐ。
 同時に何をしているのかと、疑問も浮かぶ。
 私はコレを消そうとしていた。
 躍起になって深傷を負わせ、怨み言をいくつも吐いて……。
 理解に苦しむ。
 私は、私自身が今、理解できていない。
 この男を殺せば自身の運命がなくなるものだと思っていた。いや、本気でそんなことを思うわけがない。馬鹿馬鹿しいと思いつつ、心のどこかで叶いはしないかと願っていた節がある。
 衛宮士郎を殺しても無駄だというのに、私はそれを宿願として掲げてしまった。
 それが間違いだとわかっていながら……。
(だが、こいつは、そんな私と真正面から向き合い、間違いではないと言い切った……)
 私の歩んだ道のりは間違いではないのだと、あの赤いペンダントにその想いを籠め、殺そうとした私に言い聞かせて……。
 私は、感謝すればいいのだろうか?
 こいつに礼を言えばいいのだろうか?
 いや、言えるはずもない。こいつには、記憶があることすら話していないのだ。今ごろになってどう説明すればいいのか……。
「ぅ…………」
 微かな声に、ぎくり、として少し身体を離した。起きたのかと思ったが瞼は閉じられている。
「……衛宮士郎?」
 ほっとしつつ、確認のために小声で呼んでみたが反応しない。
 今のは寝言か、少し寝苦しいのか、腕が痛いのか……。
 やはりこの体勢はどこかしらに無理がいっているのだろう。
 少し惜しい気がするが、衛宮士郎の腕を剥がすことにしよう。
 二の腕を掴み、力を入れた途端、衛宮士郎の手指に力が籠められた。
「え、衛宮士郎?」
 しがみつくように力を籠められる手と腕、胸元に押しつけられる額。
「何を……」
 しているのか、と、この身体を突き放すことができない。
 なぜなら、衛宮士郎は震えているからだ。
「衛宮士郎、お前は、何を……」
 何かに怯えるように震えて、いったい何を抱えているのか。
「たわけ……」
 すべて、吐き出してしまえばいい。
 どんなに情けない理由だとしても、笑ったりはしない。多少の厭味はこぼすかもしれないが、おとなしく聞いておいてやる。
 下敷きにしていた腕を無理に剥がし、震えるその身体を片腕ごと抱きしめた。
「眠る時くらい、穏やかに眠れ、愚か者……」
 こぼれた私の不満は、おそらく聞こえていない。
 背中に回した手でその頭を包めば、赤銅色の髪が指に絡む。その髪に顎を埋め、震えが止まったことに安堵する。
「…………」
 規則正しく呼吸している。やっと穏やかに眠れたのか、と私も瞼を下ろした。
 私は眠るわけではない。
 ただ、この安らぐ感覚を、いつまでも味わっていたかった。



□■□9th Bright□■□

(なんだろう……すごく、安心する……)
 少し息苦しい気がするが、熱いくらいの温もりに包まれている。
(足の先まで……)
 横になったまま、まるで誰かに抱きしめられているような感じがしている。
 幼い頃、養父ではなく、まだ、衛宮士郎になる前にあった記憶の断片を掴みかけて、はっとする。
(抱きしめられ、てる?)
 誰に? と焦ったが、エミヤの部屋から出た覚えはない。
 であれば、これはエミヤだろう。
 確か、エミヤの下敷きになっていたはずだが、今はどちらかというと士郎の方がエミヤを下敷きにしている。
 見動ごうとすれば、さらにキツく抱きしめられた。
「え? ぅ、ちょ、ちょっと……?」
「も……」
「へ?」
「もう少し……」
 少し掠れた声が低く響く。
 ぞく、と背筋に震えが走った。
 怖気でもなく、悪寒でもなく、それは何か甘いものを含んでいる気がしてエミヤに回していた右手に力が籠る。
 なぜだか緊張してしまう。
 士郎の身体が強張ったことに気づいたのか、エミヤの熱い手が宥めるように背中を撫でてきた。
「ん…………っ、ふ…………」
 心地好さに瞼が重くなる。
(気持ちがいい…………)
 以前も思った。
 エミヤに抱き込まれて眠ることは心地が好いばかりで……。
 そんな自分が許せず、吐き気をもよおしていた士郎だが、今は素直にその心地好さを受け取ることにした。
 端から見れば、何をしているのかと思われるかもしれない。
(だけど、俺……)
 安堵感に満たされる。
 寒くて寒くて仕方がなかったというのに、こんなにも温かい。
 士郎には、こうしている時間が必要だ。そして、おそらく今はエミヤにも。
(俺たちは……、相容れられないんだ。何しろ元を同じにしていて……)
 それがなんだというのか。
 こうして向き合うことができるのならば、もう他人と同じではないのか。
 感情と思考が矛盾して鬩ぎあっている。
(けど、他人っていうのは……、ちょっと、寂しいかなぁ……)
 エミヤの温もりが考えることを放棄させ、士郎を再び眠りへと誘う。
 ぬるま湯のようなこの時間が続いてくれはしないだろうか。
 そんなことを思いながら、士郎は再び意識を手放した。



 微睡の中、士郎は夢を見る。