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LIMELIGHT ――白光に眩む3

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「…………ああ」
「ん……」
 エミヤが応じると、ほとんど声にはなっていなかったが、士郎は頷いて答えた。
「…………」
 髪を撫でられることが心地好い。その温もりと感覚に身を委ねる。
(あの時の……)
 あの地下洞穴で話した士郎のようだ、とエミヤはその身体に腕を回した。
 夜中は震えてエミヤにしがみついていた士郎が、今はエミヤをあやすように髪や背中を撫でている。まるで逆の立ち位置になったことをエミヤは少し笑い、安心して瞼を下ろす。
 確かな鼓動が心地好く響き、睡眠など必要のないサーヴァントであることも忘れて意識を手放してしまいそうになる。
「衛宮士郎……」
「ん……?」
「いつもでなくていい……」
「何がだ?」
「時々でいい……」
「だから、何がだ、って」
「こうしていてくれ」
「……………………わかった」
 驚きなのか、戸惑いなのか、引いているのか、はたまた蔑んだか、長い沈黙の末に士郎は頷いた。


 夜中に部屋へと戻ってから、この日は一歩も外へ出ていない。
 それは士郎とて同じだ。エミヤが士郎を抱き込んで離さなかったので、一蓮托生というやつかもしれない。
 エミヤはサーヴァントであるからいいが、士郎は生身の人間だ。腹も減っているはずなのに、彼は部屋を出ず、文句も言わず、エミヤの傍らにいる。
 エミヤが抱き込んでいた時は身動きができなかったからだろうが、士郎に体勢がキツいと訴えられてからは、ベッドで寄り添っているだけだ。士郎がベッドを出ようとすればいつでも出られる。部屋を出ようとするのも、しかり。
 だが、士郎はトイレには立つが、またベッドに戻って来る。
 どうしたことだろう、とエミヤは疑問を浮かべるが、じっくりと考えごとをする余裕が今のエミヤにはないのも事実。考えごとをするよりも、ただ士郎の体温を感じている方がいい。
 だというのに、士郎はベッドを離れて戻ってくると、その度に少し隙間を開けて寝そべるのだ。したがって、エミヤは士郎を毎度引き寄せ、抱き寄せている。
 いったい何をしているのか?
 エミヤは何度その疑問を浮かべただろう。女性でもない、恋人でもない、男で、しかも自身と元を同じにする存在という、こんなことをする相手にしては、エミヤが一番避けて通りたい者だ。
 全く以て理解不能。
 自分自身がそうなのだから、それをされる士郎にしてみれば、本当にわけがわからない、といったところだろう。
 だから士郎は、ベッドに戻ってくると通常の距離感に戻ろうとする。何度引き寄せても、一度ベッドを出れば忘れてしまったように、まるで一からやり直すかのように、士郎はエミヤから離れるのだった。
 それが、何よりも腹立たしい。
 いい加減、理解しろ、と言いたくもなるのだが、そんなことを言えるはずがない。恋人でも、何事かを言い交わした間柄でもない、ましてや友人ともいえない。
(そんな関係性の我々が、いったい何をしているのだ……)
 抱きしめて時を過ごす。その体温を感じていないと落ち着かない。
 まるで母を求める赤ん坊のような己の体たらくさに嫌気がさすが、エミヤは士郎を引き寄せることをやめようとは思わなかった。
 悶々としながら、安堵している。
 本当ならば、ぎっちりと締めつけるくらいに抱きしめていたいが、それは士郎が息苦しいと言うので我慢している。
 確かに、サーヴァントなどという人外のものに戒められては息苦しくもなるだろう。筋力など人のそれとは比べ物にならないのだから。
 行き場のない燻りを抱え、力を籠めることもできず、手持無沙汰で目の前の赤銅色の髪を弄ぶ。そうして、士郎は髪を弄られることや頭に触れられることが、嫌ではなさそうだと気づく。そうとわかれば、エミヤは両手で士郎の頭を毛繕いする猿の如く弄りはじめた。
「何してんだよ……」
「別に……」
 されるがままでいた士郎もさすがにエミヤの意図を測りかねて訊ねるものの、エミヤに確かな答えなどない。ただ、触れていたい、それだけだ。
 額の端に傷痕を見出したり、己のように色褪せてはいないことを確認したり、耳に触れられることが苦手だと知ったり……。 
 そうこうしているうちに夜になっていた。
 任された厨房のことも忘れていたエミヤだが、そろそろ士郎は夕食くらい食べた方がいいかと思い出し、おもむろに身体を起こした。が、いまだ、立ち上がる気になれずにいる。
 エミヤはベッドから足を下ろしたものの、腿に肘をつき、少し前屈みになったまま、床を見ている。そして士郎はその横顔を黙って見つめていた。
「聖罰は、私のやってきたことと同じだった」
 ぽつり、と、こぼれた声は、はっきりとしているが、どこか弱々しい。
「行為だけはな」
 ベッドに並んで座る士郎は、率直に答える。
「違う。選んで、殺して……、私のしたことは……」
「やってることは同じでも、あんたは正義のためにやったことだろ。その正義が違っていただけで、あんたがやったことがただの殺戮だとは言い切れない。まあ、特異点で聖罰を行った騎士たちにも正義はあったんだろうけど……」
「甘いことを……」
 自嘲の笑みを刻んだ横顔を、士郎は苦しげに見ている。
「あんたは、利用されただけだ。誰も泣かない世界を夢見て、直向きに歩き続けて……。利用されたんだよ、あんたの理想(ユメ)を。霊長の守護者だなんだって、都合のいい座に押し込めて、あんたを籠の鳥にして……」
「衛宮士郎……」
 士郎を振り向いたエミヤは、第二再臨の姿で、士郎には、いつもよりも少し幼く見えたのだろうか。
「間違ってないよ、あんたは」
 だからなのか、小さな笑みを浮かべ、士郎はエミヤの髪に触れてきた。されるがままに頭を撫でられ、エミヤはじっと士郎を見つめる。
「あんたの理想は、どこにも間違いなんかない。真っ直ぐに理想を追ったことだって、誰かに咎め立てされる謂れもないだろ? 聖杯に願う望みなんてないって、あんたは言った。生前に後悔はなかったって。そうやって成り得た守護者は、その役割が……、ただ殺戮だったってだけだよ……」
「詭弁だ……」
「うん。そうかもしれないな……。けど、それでもさ、あんたは俺の理想なんだよ」
 少し照れ臭そうに、それでいて寂しそうに士郎は笑う。
(どうしてそんなふうに笑うのか……)
 ぼんやりとエミヤは思う。笑うのならば、心から笑えばいい、と喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。今、それを言って目を逸らされるのは嫌だと思う。
 エミヤは臆病になっていた。士郎に何も訊ねることができない。何しろこのカルデアに突然現れてからというもの、今まで士郎はエミヤを意図して見ることがなかったのだ。
 今もすべてを語ってくることはないが、こちらを見ることのなかった琥珀色の瞳が、今はエミヤを真っ直ぐに見つめてくれる。
 それだけで奇跡のようだ。
(ああ……、私は、こんなふうに……)
 屈託なく士郎と話すクー・フーリンを羨んだ。
 ずっと、こういうふうに士郎と話がしたかった。
 士郎が経験した最初の聖杯戦争のことを、そして、黄昏に消えたあと、地下洞穴でのあと、何があったのか、話してくれることを心底望んだ。
「後悔は……消えない」
「ああ、そうだな」
「私は何度も膝をつくだろう」