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LIMELIGHT ――白光に眩む3

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「あ、あー、倉庫にあって……。誰かが置き忘れたものだと思うけど、ここの人たちに訊いても持ち主が出てこないから、とりあえず預かってる。ついでにレシピを参考にしようと……、あー、うん、まあ、あんたには、必要ないだろうし……、こんなの邪道だよな」
 少しバツ悪そうな顔で言って、士郎はパタンと雑誌を閉じた。
「いや、参考になることもある、特に邪道だなどとは思わないが……」
「え? そ、そうなのか?」
「貴様は、私をなんだと思っている。舌の肥えた偏屈ジジイだとでも思っているのか? それはそれで、腹立たしいのだが?」
「いや、そ、そんなこと思ってないって、ただ……」
「ただ、なんだ?」
「あんたは、きっちりと料理に向き合ってる気がしたから……、俺みたいに、焼きそばとか焼き飯だけで済ましたりしないだろ? 俺に用意してくれたご飯は、いつも一汁三菜が基本だった。だから、半端な飯とか、時短の調理方法とか、そういうのは許せないのかなぁって……」
「私とて、TPOくらいは弁えている。拘りはするが、全てが基本通りでなくてはいけない、などと融通のきかない考え方はしない」
「……そっか。……なんか、安心した。あんたも意外と手ぇ抜いたりすること、あるんだな」
「いや、敢えて抜きはしないが?」
「え……」
「限りある材料、道具、時間でも、でき得る限り最高に近づける努力はする」
「…………」
「なんだ? おかしな顔をして?」
「やっぱ、あんたとは俺、話、合わないかも……」
「は?」
「さー、そろそろ昼飯の準備はじめるかー」
 両腕を上げて身体を伸ばし、厨房へと向かって士郎は歩き出す。
「お、おい! どういう意味だ!」
 追い縋って訊けば、顔だけこちらに向けた士郎は、きょとんとして訊き返してくる。
「ん? 何が?」
「話が合わない、と言っただろうが!」
 納得がいかない。なぜ、士郎は己とは話が合わない、などと言ってのけるのか。
「どういうって……、そのままだよ」
「そ、そのまま?」
「俺はそこまでの拘りはないってこと。限られた材料でも道具でも時間でも、最高のものを提供しよう、なんて、俺は絶対思わない」
「な、なぜだ?」
「とりあえず腹が満たされればいいと思うから、かな? 俺なんかにしたら、あんたは、拘りすぎだと思う」
「む……」
「別に、文句言ってるわけじゃないって。俺には、そこまで心血注げないってことだよ。根が薄情なんだ」
「お前がそうなら、私も――」
「いいや、違う。あんたは、たかが一食のためにも心血を注ぐ」
「な、き、決めつけるな! 私は、」
「それが、」
 くるりと身体の向きを変え、こちらを向いた士郎がエミヤの胸元をノックするように、拳の裏を当ててきた。
「心(ココ)の熱さだろ?」
「……で、……では、貴様にその熱さがない、と?」
「まあ、そうだろうな」
 なんのてらいもなく頷いて笑う士郎に、反論する言葉が浮かばない。
「じゃなきゃ、修正係なん…………、あ、いや、なんでもない。昼飯、何作るんだ?」
 カウンターを回り込み、厨房へと入っていく背をやるせなく追う。
 士郎は笑うようになった。だが、その笑みの下に、どんな顔を隠しているのか、そんなことばかりが気になる。
(お前はまだ、すべてを晒していない、ということか……?)
 話をするようになった。
 ともに過ごす時間も格段に増えた。
 だが、士郎のすべてを知ったわけではない、と思い知る。
 エミヤは、いまだ士郎を測りかねていた。



■□■Interlude Inspire■□■

「そろそろか?」
「ああ」
「七つ目の特異点も、きっちりやり遂げてこいよ?」
「もちろんだ」
 頷き、扉へと向かえば、
「エミヤ」
 呼ばれて振り返る。
 先ほどまでいた場所に衛宮士郎の姿はなく、一瞬で見失った姿を捉えれば、視界の端を赤銅色の髪に覆われる。
「っ? な、え、衛宮……士……」
 ぎゅう、と肩を抱かれ、子供にするように頭を、よしよし、と撫でられる。
「お前は、間違ってなんかないんだからな。それ、忘れるなよ?」
「あ、ああ」
 戸惑いながら答える。
 なぜ、衛宮士郎はそんなことを言うのか。
 なぜ、こんなふうに見送りのようなことをするのか。
 一つ、思い出すことがある。
 地下洞穴で、お前の歩んだ道は間違いではないと、それを忘れるな、と衛宮士郎は言った。
 何やら落ち着かない。
 まるであの時の再来のような気がする。
 あの後、私は衛宮士郎に貫かれ、座に帰還した。
 だが、今、衛宮士郎は投影どころか、魔術も使えない。私の命を奪うカタチで座に還すことはできないはずだ。
 であれば……。
 まさか、このまま衛宮士郎はいなくなるのではないか?
 そんな考えに至り、ありえないと否定する。
 このカルデアは孤立無援。今はこの施設の外に出ることも叶わない。
 それに、世界の消却が解消されたからといって、ここは雪山にある施設だ。そう簡単に出入りが自由にできる場所ではないはずだ。
(何を不安に思うことがある。衛宮士郎は、どこにも行かない)
 だが、不安な気持ちはおさまることはなく、その不安を拭いたくて、衛宮士郎の背に腕を回そうとした。
 ぱ、と抱きしめた私を解放し、衛宮士郎は私の両肩に、ぽん、と手をのせてくる。行き場を失くした手が所在なさげに落ちた。
「食堂はきっちり預からせてもらう。あんたは思う存分、サーヴァントの役目、果たしてこいよ!」
「ぁ……、ああ、わかっている」
 呆然とした。
 なぜなら、衛宮士郎は笑っているからだ。
 このカルデアに来て以来、微かな笑みしか浮かべなかったその面には、満面といえるほどの笑みが湛えられている。
 前に覚えた不安など霧散していく。
 ほっとした。
 なぜかはわからない。
 だが、笑う衛宮士郎を見て、私はうれしく思った。そうして私も微笑んだ。闘う者として、その期待に応える笑みを、衛宮士郎に向けた。
「こちらのことは、任せたぞ」
 言って、今度こそ部屋を出る。
 衛宮士郎に見送られることには慣れないが、いいものだと思った。



□■□11th Bright□■□

 軽く上げた手が、ゆっくりと落ちていく。刻んだ笑みも扉が閉まれば消え失せた。
 赤い外套が翻っていた。
 見送ったその背中をもう見ることがないのかもしれないと思うと、胸の奥が、きゅう、と狭くなった気がした。
「…………」
 七つ目の特異点へと立香たちはレイシフトする。
「最後……かな……」
 七つの特異点を修正すれば世界は元に戻ると聞いている。
 どういうふうに戻るのか?
 今まで何もなかったこの施設の外に、突然世界が現れるのだろうか?
 世界の戻り方など、士郎には知る由もない。
 ただ、修復のなされた世界に、士郎の居場所がないというだけ。
「ここにいる……、今……だけ……」
 僅かではあったが、アーチャーの記憶のないエミヤと過ごした。何も考えず、ただ思うままに。
 そうするべきだと、いや、そうしたいと士郎は思ってしまった。
 急に態度を変えたからか、エミヤは戸惑っていたが、何も言わずに彼は受け入れてくれている様子だった。