キス10題(前半+後半)
「 5薬指に約束のキス 」
黒曜石にも雫は伝う。
翡翠にだって、露は浮かぶ。
石だって生きているのだから。
また来る。
彼の言葉は信用できる。だから、いつも安心して「はい」と答える。
だけど約束はない。だってそんなの、私たちにはできない。縁のないもの。
毎日、何が起こるかわからない。何が変わってもおかしくない。変哲のない日常が、非日常へと変貌することが、今かもしれない。
だから約束は、できない。
「こうしてください」
軽く握った右手の、小指だけを解いてみせる。
こうか?
えぇそうです。
同じ形になった彼の小指に、自分のそれを絡める。
唄がある。
これをするときに、歌う唄が。
けれど歌えない。歌ってはいけない。
彼はこの形の意味を知らない。
私は知ってる。私だけが知ってる。
こっそりと、“やくそく”をする。
ねぇ、また会いましょうね。
絡んだ小指は放したくないと思った。
でも行かなければ。
彼も俺も、解放しなければ。
生きる世界は同じでも、同じ場所に立つことはできない。
だってそうだろ。
彼の魂の場所を奪ってしまっては、彼がいなくなってしまう。
逆も同じだ。
俺の場所に来てほしいけれど、そうしたら俺がいなくなる。
隣に並んで歩けない。横顔も笑顔も見れない。手をつなげない。
そんなの、まるで価値のない世界じゃないか。
「予定より、もっと早く会えるといいな」
なるべく小指を解かないようにして、手の向きを変える。
彼の指先を俺に向けて、そっとくちづけよう。
彼は知っているだろうか薬指の意味を。
博学な彼のことだ、きっと知ってる。
“やくそく”するよ。きっとすぐに会おう。
確約ができるほど世界が一つになればいい。
......END.
作品名:キス10題(前半+後半) 作家名:ゆなこ