鳥籠の番(つがい) 6
「そうだな…。強化処置は…もちろん、ニュータイプ能力を更に高める目的もあるだろうが、アムロに対しては、二度と連邦を裏切らないように…連邦に絶対服従させるのが一番の目的だったと思う」
「絶対服従?」
「ああ、お前も知っていると思うが、強化人間は記憶操作受ける。そして、暗示をかける事で、戦いを強制される事に疑問すら感じなくなる」
「そんな…それじゃただの…」
『殺戮兵器』
そう言い掛けてカミーユは息を飲む。
「それに記憶操作は、無理に能力を高められ、不安定になった強化人間の精神を安定させる役目もあるそうだ」
「精神の…安定?」
「まぁ、ジオンの強化人間達は連邦とはスタンスが違うのか、記憶操作はされていないようだが、マスター登録という処置を受けるらしい。ジュドーは知っているだろう?プルとプルツーがその処置を受けていた事を」
「…うん…そうだね」
「その処置も、主人に絶対服従を強いる目的と、やはり同じように精神安定の意味もあるそうだ」
ジュドーはプルとプルツーを思い出し、目を伏せる。二人はまだ子供だったのに、MSで戦う事に何の疑問も持っていなかった。
そして、グレミー・トトの命令に従っていた。しかし、その処置を受けていたにも関わらず、不完全だったのか、不安定な精神状態となり、プルに至ってはマスターをグレミーからジュドーの変えてしまった。
「それでだ…どうやらアムロはその両方の処理を受けているらしい…」
「え?」
「この間の、シャアが“アムロを殺す気か?”と言ったってヤツな。詳しい奴に確認してみたんだ」
ブライトはあれからカイに連絡を取り、その事について確認をとった。
また、カイも更に連邦のニュータイプ研究所でのアムロの処置について調査しており、それについても報告を受けた。
「アムロは…連邦でかなりキツイ処置を受けていた。それこそ精神崩壊寸前になる程のな」
「なんでそんな…」
「アムロの存在は連邦にとって脅威だったんだろう。だからこそ、一年戦争後、七年もシャイアンに幽閉したんだ」
「幽閉って…」
かつての英雄の戦後の状況にジュドーが驚く。
「ああ、連邦の為に命懸けで戦った子供に、酷い話だ。アイツはあの時まだ、たった十六だったのに…」
シャイアンから脱走して直ぐのアムロの状況を知るカミーユは、連邦の仕打ちに、怒りで拳を握りしめる。
「それで、今度は絶対に連邦を裏切らないように記憶操作をして、更にマスター登録もしようとしていた」
「連邦でマスター登録?」
「ああ、戦後、ジオンのニュータイプ研究所は連邦に接収されたからな。技術のノウハウはあったんだろう」
「連邦はアムロさんを何だと思っているんだ!」
カミーユが怒りに身体を震わせる。
そんなカミーユを見て、ブライトはグリプス戦役後を思い出す。
心を壊したカミーユを、アムロが必死に連邦から匿おうと奔走した事を。
秘密裏にセイラへと連絡を取り、セイラの息のかかった病院へ入院させてくれた。
そして、その後の支援も影ながらしていた。
アムロはカミーユを自分と同じ目に遭わせたく無かったのだろう。
ブライトは小さく息を吐き、話を続ける。
「アムロのマスター登録の直前、連邦に潜入していたネオ・ジオンのスパイがアムロをネオ・ジオンに連れて去ったらしい。そのままマスター登録などされたら、ネオ・ジオンにとって脅威となるからな」
「それでアムロさんはクワトロ大尉の元に…」
「らしいな。その後、ネオ・ジオンでどう言う事があったか知らないが、どうやらアムロはシャアをマスターとするマスター登録処置を受けたらしい」
「アムロさんが…クワトロ大尉の…」
カミーユは戦闘中にアムロが言った言葉を思い出す。
『俺は大佐の命令に従うだけだ。大佐は俺に5thルナを守れと言った。マスターの命令は絶対だ』
「マスターの命令は…絶対…」
「ああ、それで…もしも記憶が戻った場合だが…過去の被験体のデータを見る限り、精神異常を起こして廃人になるか…心を壊して自ら命を絶ってしまう可能性が高いらしい」
「そんな!」
「あくまで過去の被験体の症例だから、アムロもそうなると限らんがな…」
それでも、かなりキツイ強化を受けたアムロが、そうなる可能性は極めて高いとブライトは思っていた。
皆が言葉を失う中、ベッドで眠るアムロが、小さく呻き声を上げて目を覚ます。
「う…んん」
「アムロさん!」
ゆっくりと瞳を開けたアムロは、まだ朦朧としているようだが、傍に座るカミーユへと視線を向ける。
「ここ…、お…前…、あの時の…パイロット…?」
そう気付いた瞬間、咄嗟に身体を起こそうとして、激しい痛みに呻き声を上げてシーツに沈む。
「うっ!くっ…」
「アムロ!」
ブライトの叫びに、痛みに耐えながら視線を向ける。
「誰…だ?ここは…何処だ?」
荒い息を吐きながら、アムロは状況を把握しようと周囲を見回す。
「お…れは…捕虜に…なったのか?」
ブライトは自分を見ても、まるで反応しないアムロに、少し悲しい目を向けながらも、毅然とした態度でアムロに対応する。
「そうだ。ここは地球連邦軍、外郭新興部隊 ロンド・ベルの旗艦、ラー・カイラムの中だ。貴様を捕虜として拘束する」
「艦長…」
ブライトの態度に、アムロを刺激しない様にしているとわかっているが、カミーユとジュドーは複雑な表情を浮かべる。
「貴様にはネオ・ジオンの今後の動きについて話を聞かせてもらう!」
アムロは状況を把握すると、静かに頷く。
「…そうか…大佐は…無事に戻れたんだな…」
アムロを尋問すると言う事は、シャアは拘束されていないと言う事だ。
アムロはその事に、胸をなで下ろす。
「明朝より尋問を行う。それまでは身体を休めろ。カミーユ中尉、ジュドー少尉二人はここで彼の監視を!」
そう言うと、ブライトは病室を後にした。
カミーユとジュドーは顔を見合わせ、その後ろ姿を見送る。
そんな二人に、アムロがクスリと笑う。
「捕虜に身体を休めろなんて…変わった人だ」
「え?…あ…はぁ」
どう答えれば良いか分からず、ジュドーがポリポリと頭をかく。
「彼がこの艦の艦長?」
さっき、二人がブライトを艦長と言っていたのを聞いて尋ねる。
「あ、はい。ブライト・ノア艦長です」
「ブライト…・ノア?」
そう呟いた瞬間、アムロを頭痛が襲う。
「うっ…」
「アムロさん!?」
頭を抱えて苦しむアムロに、カミーユはフォウの姿を重ねる。
フォウも同じように、記憶の糸口に触れそうになると激しい頭痛に襲われていた。
「カミーユ、ハサン先生を!落馬の影響かも!」
「あ、ああ。そうだな」
アムロが落馬で頭を打っている事を思い出し、そちらの可能性もあると、慌ててドクターを呼び出した。
「大丈夫。落馬による影響ではないだろう」
ハサン医師の言葉に、カミーユとジュドーがホッと息を吐く。
「痛み止めを処方したから、暫くは目を覚まさない。しかし、何かあれば直ぐに呼んでくれ」
そう言うと、ハサン医師は病室を後にした。
眠るアムロを見つめ、カミーユは口元に手を当てて思案する。
「なぁ、ジュドー。アムロさん…ブライト艦長の名前を聞いて、頭痛を起こしたよな」
「あ、うん。そうだね」
「もしかしたら…記憶が戻りかけてるんじゃ…」
作品名:鳥籠の番(つがい) 6 作家名:koyuho