LIMELIGHT ――白光に眩む4
――磨耗しきる永い時間。
(たとえその果てに、求めたものが、何一つないとしても……)
右腕を中空に差し出したまま内面に心を飛ばす。添えていた左手で右腕を握りしめた。
やっぱり魔力が足りない。
剣製はできない。固有結界も無理だ……。なら、盾を作り出すのみ。
シンプルでいい。
いろいろ考えても仕方がない。
不器用でへっぽこな魔術師のエミヤシロウなら、今できるたった一つのことをやり遂げるまでだ。
「体は……」
俺は、このカルデアに救われた。
過去を変えて世界から弾き出された俺を、孤立無援の状態で、物資も乏しい中で、俺の命を繋いでくれた。そんな人たちを守れないなんて、正義の味方を目指した者として、許されるわけがない。
(そうだよな、アーチャー!)
ぐ、と身体に力を籠める。倒れないように、意識を失わないように、細く呼吸を繰り返し、魔力の流れを誘う。
『体は 剣で 出来ている。(I am the bone of my sword.)』
盾は、俺。衛宮士郎自身だ。
『血潮は 鉄で(Steel is my body,)』
――誰がどう思おうとも。
『心は 硝子(and fire is my blood.)』
――誰も俺を知らなくても。
『幾度の戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades.)』
――過去を変えたことで自身の居場所がなくなっても。
『ただの一度の敗走もなく、(Unaware of loss.)』
――愚か者の極みだとしても。
『ただの一度の勝利もなし(Nor aware of gain.)』
――誰にも理解されなかったとしても……。
『担い手はここに孤り(With stood pain to create weapons.)』
――だって、アイツは直向きに歩み続けた。
『剣の丘で鉄を鍛つ(waiting for ones arrival)』
――理想を追った道は、誰に咎められる筋もない。
『ならば、(I have no regrets.)
我が生涯に意味は要らず(This is the only path)』
――文句を言われたとしても、それは結局、他人の言い分だ。
『この体は、(My whole life was)』
――できるかどうかじゃない。できたかどうかでもない。今、俺が、やるってだけのことだ!
「っく! こ、この、体は、きっと――――っ!」
魔力が魔術回路を通るたびに、身体が欠けていく。
それでも、身体の奥底から魔力を紡ぎ出していく。
『無限の剣で出来ていた!(umlimited blade works)』
掌の向こうに盾が現れた。
ああ、違う。これは無限の剣製じゃない。
七枚羽じゃない、たったの四枚だけれど、やっぱり剣製はできなかったけれど、これでいい。
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」
扉が砕けた。盾の向こうに見えるのは赤い炎と黒い世界。そこに大きな丸いモノがある。
(これが、魔神柱?)
その視線が恐ろしい。その丸いモノが目なのかどうかもわからないのに、視線を感じる。
寒気がした。
ただの恐怖というのとは少し違う気がする……。
いや、他所事を考えている暇はない、七枚羽のはずの盾が未完成だ。
だけど、余力はない……。
四枚でしかない盾。
仕方がない、俺にはこれが精一杯だ。
炎を押し止め、熱風を塞ぐことができるなら……、天才の助力になるのなら、これでいい。
このまま、もたせるだけのこと。
「ぅぐっ!」
身体が欠ける。
負荷が、大きい……。
膝をついてしまいそうになる。
(まだだッ!)
まだ、魔力は切れていない。
まだ、立っていられる。
まだ、俺の身体は、役に立つ。
まだ、倒れるわけにはいかない。
藤丸が、踏ん張っている。
ここのスタッフたちも一緒に闘っている。
なら、俺だけが関係ないって匙を投げるわけにはいかない。
カルデアには世話になった。
ご飯を作ったりして、少し、俺も役に立てた。
こんなことで返せる恩でもないけれど……。
世界に弾かれた俺に、少しの間、居場所をくれた。
この人たちが、まだ、ここにいる。
俺の命を繋いでくれた、この人たちにまだ、俺は、何も返せていない。
「もう、やめてッ!」
誰かの声が近くで聞こえる。あんまりこっちに来るな、危ないから。
「そんなに、長く、もたない、から……、奥に……」
ゼェゼェ言いながら、奥に逃げろと伝えた。
情けない。まともに言葉も紡げない。
俺の言った言葉は理解できただろうか?
俺はちゃんと、この人たちを守れているだろうか?
「士郎くん、すまないね。私には魔力を渡すようなスキルはないんだ」
ダ・ヴィンチの声が聞こえる。
「あん……た、も……」
必死で魔神柱を留めているじゃないか。
そんな奴から魔力を奪ったりできるわけがない。今は、俺の身体から、搾り出すしかない。
魔神柱の攻撃が盾を砕いていく。
身体が砕かれているみたいだ……。
呼吸をしているのかも、魔力を通しているのかも、もうわからなくなってきた。
藤丸が必死に戦っている。マシュも戦っている。あんな小さな身体で、必死に頑張ってきていた。
ああ、セイバーも……、俺よりも小さな身体で、俺を守ると……、俺の剣だと言って……。
懐かしい。
金糸を揺らして……、無理を言う俺を、いつも……彼女は……。
そうか、カルデアに召喚されたセイバーだった彼女も今、戦っている。
そうだ……、アイツも……、戦ってる。
これで最後なら、ちょっとだけアイツの顔、見たかったなぁ……なんて。
ああ、そうだ。
なんで微笑(わら)えるんだって、訊けないままだった。
でも、あれは、俺が見ていた夢だから、アイツが俺に向けた笑みじゃない。
「アー……チャー…………」
なあ、俺、少しは、アンタに近づけたかな……。
「士郎く―――――――」
天才が、何か言ってる。
よく、聞こえない。
今、なんて、言った?
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
俺は、理想を叶える前に、理想をこの目で見てしまった。
どこかで、ああならなければ、と思っていた。
アイツがやり遂げたから、アイツが歩き続けたから、アイツが苦しみながらも理想を叶えたから。
けれど俺は、アイツにはなれなかった。理想には届かなかったんだ。
だから、意地を張って修正係なんて、誰もやりたくないことを率先してやった。誰もが忌避することに俺は誰よりも先に手を伸ばした。
そのうちに、修正係は俺だけになって、幾つも、幾つも、修正案件が増えていって……、過去から戻れば、次から次へとまた過去へ時空を超えていかなければならなかった。
俺も、アイツと同じで磨り減らしていたんだろうか、いろんなものを。
ホントはもう、やめたくて仕方がない任務を、どうにか笑みを作って、ワグナーには苦笑いを浮かべられて、なんとかこなしているだけだった。
そこに舞い込んだ、災厄の大元となる聖杯破壊の任務。
これで解放されると、心の底で思っていた。もう過去を修正しなくていいと、安堵していた。
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む4 作家名:さやけ