LIMELIGHT ――白光に眩む4
だって、過去の修正は、最小限に留めなきゃならない。
目の前で取りこぼされていく命を見て見ぬふりをするのは、やっぱり辛くて……。
本当は聖杯破壊の仕事を最後に、協会を辞めようと思っていた。戻ったらワグナーに相談しようと思っていた。
だけど……。
過去の修正から戻ったところに、俺の居場所はなかった。
俺は世界に疎まれたのだと知った。
衛宮士郎という人間は、その世界にすでに存在していて、俺にはどこの誰だと証明する術もなくて、結局のところ、封印指定。
ああ、なんだか、くだらない人生だった。
必死になって追いかけた理想には手も届かなくて、俺はなんのために戦ったんだろう、って、疑問ばっかり浮かぶ。
はは、なんだか、未練がましい。
何を羨むことがあるっていうんだ。
誰も知らないとしても、俺は、一時でも誰かのために生きたっていうのに……。
俺は、いつから代価を求めるようになったんだ?
俺は……、エミヤシロウは、なんの見返りもなく、この身を差し出せる奴じゃなかったのか?
「バカね、衛宮くん」
遠坂が苦笑いを浮かべていた。
「もう、仕方がないですね、先輩は」
桜が困ったように笑っていた。
うん、確かに、そうだな。
あの姉妹に俺は、頭が上がらない。
また、三人でくだらない話でもしたいなぁ……。
まあ、俺はいつも、二人に飯を作る給仕係だったけど。
酒の弱い俺に比べて、二人は格段に強い。そして、呑むと二人ともが女王サマだ。手がかかるのなんのって。
だけど、俺、楽しかったんだ。
あれ?
なんだろう、目の奥が熱い。目尻から、何かがこぼれていく気がする。
もう会えなくなるなら、きちんと言葉にしておけばよかった。
遠坂、桜、一度も言ったことなかったけど、あの時間が、俺、楽しかったんだよ……、本当に……。
□■□13th Bright□■□
「あれ?」
何度か瞬く。
見覚えのある天井。
見たことがあるこの部屋は、士郎が散々世話になった医務室だ。
「やあ、目が覚めたね?」
「ぁ…………」
「いやあ、驚いたよ、君が魔術を使えるなんてね」
「……もう、使えない」
ぼんやりと士郎が答えると、
「……かもね」
ダ・ヴィンチは小さな笑みを崩さずに頷いた。
「まずは、礼を言おう。とにかく、管制室を守ってくれてありがとう。……そして、君が眠っている間に人理修復は成ったよ。それからね、外部と連絡がついた。魔術協会にそれとなく問い合わせてみたよ、衛宮士郎を知っているか、と。…………君は、誰だい?」
ダ・ヴィンチはいつも通りの、にこやかな笑みを湛えたままで、静かに訊ねてくる。
「…………衛宮士郎、だよ」
他に答えなどない。士郎にはその名しかない。
「わかった。その話は、今度にしよう。君にはまた、休息が必要だからね」
そう言ってダ・ヴィンチは医務室を出ていった。
「ドクターは……」
医務室の主、ロマニ・アーキマンがいない。立香がケガをしたのかもしれず、その治療にあたっていてここにはいないのだろうか。
(そういえば……)
彼は、管制室にもいなかったと記憶している。
では、どこにいたのだろうか?
無事ならばいいが、とベッドから足を下ろして立ち上がれば、だらり、と右腕が垂れ下がる。
右手から肩にかけては動きそうにないが、さいわい脚は動く。
医務室を出れば、カルデアのスタッフたちは、バタバタと慌ただしく動き回っている。施設の修復や外部との折衝に忙しいようだ。
誰も、士郎に目をくれる余裕はなかった。これさいわいと、エレベーターで最上階へ上がり、真っ直ぐに玄関へと向かう。
扉が開いた途端、身を切るような風が身体を押し返してきた。
「っ……」
息を吸えば喉が凍ってしまいそうな空気の冷たさ。
風圧、雪の匂い、大気の湿り。
「ああ、外だ……」
もう感じることはできないと思っていた外の世界。
振り仰げば、灰色の雲が空を覆っている。
「ガスじゃない……」
崩壊寸前の世界にあった空とはまた違う曇り空。いつか晴れ渡るはずの空がそこにある。
「見ることが、できたな……」
これで満足だ。
過去を変えて戻った未来では、ガラス越しの空しか見られなかった。そして、このカルデアの窓の外は真っ白なだけだった。
今、ようやく本物の空を仰ぐことができる。
「はは……、深呼吸したら、肺が凍るな……」
士郎は歩き出した。
振り返ることなく、平らなカルデアの前庭を。この部分はヘリポートか駐車場のようになっているのだろう、大部分は雪に覆われているが、コンクリートのような地面が所々に見えている。
風に押されて俯いていた顔を上げる。
「っ…………」
一面、白い世界が広がっていた。
大自然の景色に圧倒される。
「ああ、そうだ。雪山だって言ってたな……」
ダ・ヴィンチの言葉を思い出す。
そして――――。
士郎はその先へ、足を踏み出した。
***
魔術王ソロモン、いや、ゲーティアを倒した立香は、無事にカルデアに戻ってきた。人理修復の任務は完遂したと言えるだろう。
そして、縁を結んだサーヴァントたちの多くも、現界を望む者はカルデアに戻っている。
カルデアの施設は、魔神柱の攻撃を受けた損傷があるものの、すでに修復が完了する目途が立つまでになりつつあった。
エミヤは足早に自室へ向かう。戦う術を持たないものの、士郎が無茶をしていないかが心配だ。カルデアが魔神柱の攻撃を受けたというのだから、おとなしくしていた可能性は低い。
エミヤシロウは基本的に、自身に配慮がない。己が傷を負っても誰かを守ろうと奮戦することは容易に想像がついた。
「下手に手を出していなければいいが……」
断絶した魔術回路はどうにか修復したとはいえ、使えるものではなかった。ダ・ヴィンチにも、主治医であったロマニ・アーキマンにも、魔術は使えないだろうという所見を出されている。であれば、今後は普通の人間として士郎は日常生活を送るのみなのだ。
もう魔術師であったことなど忘れて、穏やかに過ごせばいいとエミヤは心底思っている。
何も、無理に己と同じような道を目指すことはない。何しろ、未来のためにと、過去を変えて、必死に荒んだ世界を変えようとしていたのだから。
「衛宮士郎、無事か!」
自室に着き、扉が開くとともに呼んで踏み込んだが、そこに士郎の姿はなかった。
「どこに……」
やはり医務室か、とすぐに部屋を出る。が、いそいそと医務室へ向かっていれば、食堂の前で引き留められ、サーヴァントやスタッフたちから食事を! と縋られてしまう。
「い、いや、わ、私は、人を探し――」
「頼む!」
口々に、お願い! と、両手を顔の前で合わせて拝まれては、エミヤに断れるはずもない。士郎のことが気にはなるが、まずは食堂に集う者たちをさばくことにした。
「まったく……、ここのサーヴァントときたら……」
食に対しての、あのがっつきようはなんなのだ、と額を押さえる。
「こちらは衛宮士郎を探さなければならないというのに……」
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む4 作家名:さやけ