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LIMELIGHT ――白光に眩む4

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 頓挫していた医務室の捜索へと向かい、そこも、もぬけの殻であることを確認し、再び自室を確認し、やはり士郎の姿を見つけることはできない。
「どこに……」
 カルデアの施設を歩き回り、その姿を探す。思い当たる所はあと一つ。外の見える一階の窓だ。
 逸る気持ちを抑えて一階に来ると、立香とマシュが玄関を出ていくのが見えた。
「マスターたちが外に……」
 もしかすると士郎も外に出ているのかもしれない。
 彼はずっと窓を見つめていた。外が見えるはずの真っ白な窓をずっと……。
(アレの目には……)
 あの瞳の先には何が見えていたのか。
 白い窓の外を見つめ、苦しそうにしていた時も、泣いているのかと思った時もある。そうして、いつも震えていた。自分ではどうすることもできないのか、ガラスに爪を立て、必死に何かを堪えているようだった。
 その震える身体を抱きしめれば、エミヤにすべてを預けてくる士郎の震えは止まる。それはエミヤにとって、なんとも言えない気持ちにさせる現象だった。
(私は、何を……思っていたのだろうか……)
 うれしく、心地好く、そして、これは誰にも見せない姿なのだと思うと優越感のようなものも覚えた。
(衛宮士郎に対して、私は……)
 おそらく、今までに感じたことのないものだ。衛宮士郎は自身の元となる存在であり、それを怨むことはあっても、このような、フワフワとした感じを覚えたことなどありはしない。
(おかしい…………。調子が狂う……。だが、それでも、私は衛宮士郎に拘っている……)
 玄関を出れば、冷風が身に刺さる。
「っ……」
 サーヴァントであっても寒さというものはわかるものだ。思わず身を固くして身構えてしまうのは、人であった名残か、などと思ってみたりもする。
(いや、今はそんなことよりも……)
 士郎のことだ。
「マス――」
 立香に、士郎を見なかったか、と訊こうとして目を剥く。立香とマシュの後ろ姿の向こうに、探していた者の姿がある。
 歩いていく――――。
「衛宮……士郎……」
 カルデアの建物から逃げるように遠くなっていく。
(どこへ……行く?)
 士郎は、黄昏に消えた。地下洞穴では、士郎に座へと送られた。
 つい最近、己を見送る士郎に不安をかき立てられた。
 どうして、不安など感じているのか、ずっと疑問に思っていた。
 やっとわかった。
 その不安の原因に、やっと辿り着いた。
 士郎は決心していたのだ、このカルデアを出ていくことを。
 士郎はずっと、そのつもりでいたのだ。
 今、そんなことに気づいた。たった今、この時になって初めて。
 士郎は、はじめからカルデアに留まることなど考えていなかったのだと。
(なぜだっ!)
 憤りに拳を握りしめる。
(ここにいればいい。ここ以外に行く宛てなどないはずだ。だというのに、なぜアレは出ていこうなどと……)
 士郎の足は止まらない。確実に離れていく。カルデアから、そして、エミヤから。
「っ……」
 何を思うよりも前に身体が勝手に動いた。立香とマシュを瞬時に追い抜き、士郎だけを目がけてエミヤは駆け抜けた。



***

「あれ? 士郎さんだ」
 立香がマシュとともにカルデアの玄関を出れば、歩いていく後ろ姿が見えた。
「おーい、士郎さーん」
 手を振り、声を張り上げて呼んだが、聞こえていないのか、彼は足を止めることも、振り返ることもない。
「先輩、あまり向こうへ行っては……」
 マシュが少し心配そうに言う。
「大丈夫だよ。目が見えないわけじゃないんだし。すぐに戻ってくるって」
「ですが、」
 不安げに眉根を寄せたマシュが士郎の姿を見遣る。
「でも、聞こえないのかなあ? 風の音で声が届かない?」
 見る間に遠くなる背中を、二人はしばらく眺めていた。ずんずんと歩いて行く足取りは軽く、それはまるで、何かから逃げているようにも見える。
「どこまで行くんだろ?」
 立香が疑問をこぼす。
「先輩……、何か……、先輩、やっぱり変です!」
「え?」
「あの先は、何もない、切り立った崖です!」
「な……っ!」
 マシュが強く立香に訴え、立香が駆け出そうとした瞬間、すぐ脇を赤い風が通り過ぎた。
「え?」
 立香が振り返った時に、その姿はもうそこにない。顔を戻せば、突端から足を踏み出した士郎の姿。
「お、落ち――」
 足場を失くした士郎のすぐ側に、赤い外套が翻った。
「あ! エ、エミヤ、士郎さ――」
 士郎さんを掴まえて、と言おうとする前に、エミヤの姿も消えた。
「エミヤ? 士郎さん!」
 共倒れだ。落ちる士郎に引きずられ、エミヤまで崖から……落ちた。
「マシュ!」
「はい!」
 ともに駆ける。冷たい向かい風も今はものともしない。とにかく、駆けつけなければならない。二人を助けなければならない。
「エミヤ! 士――」
「たわけ!」
 立香が崖へ近づいたと同時に、恫喝が聞こえた。そうして、崖下から投げ上げられてきたモノに目を奪われる。放物線を描いた物体が、どさり、と雪の上に転がった。
「え……」
 もぞり、と動いたことで、それが何かがやっとわかり、立香は慌てて駆け寄る。
「ってぇ……」
 呻くような声が聞こえる。痛みを感じているということは、生きている証拠だ。ほっとして立香は士郎を助け起こそうとする。
「士郎さん、大丈――」
「マスター、ソレの心配などする必要はない!」
 怒鳴り声を振り仰ぐと、腕を組んだ怒り心頭のエミヤが仁王立ちだ。
「え? でも、士郎さん、ケガをしてるかもしれ――」
「このっ、たわけ! 自殺願望だと私を罵ったのはどこのどいつだ!」
 立香の言葉など無視で、さらにエミヤは怒鳴る。
 いつも立香たちには穏やかに話してくれるエミヤの、いつにない声量と怒気に思わず立香は身を縮めた。こちらが怒られている気分になってしまう。
「あ、あの、エミヤ、」
「マスターは黙っていてくれ!」
「あ、はい」
 宥めようとしたものの、ぴしゃりと言われ、立香は口を閉ざすしかない。
 エミヤの怒りの矛先である士郎は頭を打ったのか、左手で頭部を押さえ、現状が理解できていないのか、ぽかん、としてエミヤを見上げている。
「えっと……」
「死ぬ気だったのか!」
 問い詰めるエミヤに、士郎は驚いた顔を見せた。
「死ぬ? え? いや、あ、あの、ちが……」
「何が違う! 明らかに自ら飛び降りようとしただろう!」
「飛び降り? 違う、俺は、あの先に、」
「あの先に道などない!」
「え? だって、真っ白な……」
「切り立った崖だ!」
「うそ……」
「よく見てみろ!」
 士郎の襟首を掴み、エミヤは崖の突端から士郎の身体を押し出した。
「あ、ほんとだ」
 捕えられた猫のごとく襟首を掴まれ、間の抜けた声で納得している士郎に、エミヤは大きなため息を吐くしかない。
「えーっと……、士郎さん、気づかなかったの?」
「あ、うん」
 突端から引きずられて戻ってきた士郎に、立香が呆れたように訊く。士郎の様子から自殺の可能性は消え、立香の問いに素直に頷く士郎を放り出すようにエミヤは離す。
 エミヤのため息はますます深くなるばかりだ。
 しばし、立香とマシュも呆れて顔を見合わせる。だが、寒くなってきたようだ。