LIMELIGHT ――白光に眩む4
ぽい、と俺の腕を放り投げた。
何をしたのか、と訊くから答えただけなのに、放り投げるってどういうことだ。
なんだ、その扱い。俺の腕なんだぞ。
「なん、だよ」
いまだ赤い布にくるまったまま、ベッドに転がって不満を漏らす俺に、アーチャーは大きなため息をこぼす。
「断絶まではいかないが……、そうとう負荷をかけただろう。また一からだ」
「そんなに酷いか?」
「ああ。傷だらけだ」
「そっか……」
「よくもまあ、こんな身体で、出て行こうとしたものだな」
「うるさいな……」
アーチャーに背を向ければ、また、ため息をこぼされる。
「まあ、なんにしても……」
ベッドを下りたアーチャーは扉へと向かったみたいだ。食事の準備に行くんだろう。食堂は今も稼働しているし、夕食の時間が近づいている。
なのに、扉のロックをかけて、アーチャーはベッドに舞い戻ってきた。
「アーチャー? どうし――」
「一からやり直しだと言っただろう」
俺の質問を遮って、薄く笑ったアーチャーに悪寒が走る。珍しく俺の直感が正しく働いた。
「あ! い、いいいいや、いい、もう、治療はいいから!」
コイツがやろうとしてるのは、あれだ!
あの、直接供給ってやつだ!
だから、わざわざ扉にロックをかけて……。
「何を言う? その腕が動かなければ、私は一人で厨房に立たなければならないのだが?」
「う……」
大食漢が増えたって言ってたし、一人で厨房を回すのは、やっぱりキツいだろう。
……あれ?
いや、でも、なんで俺がそんな、迷惑かけるな、みたいなこと言われなきゃならないんだ……?
おかしいだろ?
俺は厨房でコイツの手伝いをしてるだけなのに……?
いや、そんなことよりも、直接供給みたいなこと、できるわけがない!
アーチャーなんだぞ、コイツ!
あの、俺を殺すことしか頭になかった奴なんだぞ!
あんなことしたら、精神が壊滅的なダメージを受けてしまう。
いや、そんでも、一回はヤってしまってるわけだけれども……。でも、俺はアーチャーだとは知らなかったんだし、ノーカンと言っても間違いじゃない。
「か、回路を、添わせるだけじゃ、ダメか?」
苦し紛れにおずおず窺えば、アーチャーは沈黙してしまった。不機嫌そうな眉間のシワが次第に深くなっていく。
(やっぱダメか……)
諦めて腹を決めようと思った矢先、
「いいだろう」
(あれ? すんなんりオッケーが出た)
「では、これは、もういいな」
「あ……」
返事をする前に赤い布は消されてしまった。
温かかったのに……。すごく、安心したのに……。
ちょっと不満に思っていると、アーチャーは俺の動かない右手を取って握ってきた。
「アーチャー?」
その手を引き寄せていく。そのまま俺も引き寄せられていく。
なんで手を引く?
疑問を浮かべていると、
「ひわっ!」
思わず声を上げてしまう。だって、こいつ、俺の、手に、口を、付けて……きたから……。
「っ! な、なに、してっ?」
「感覚はあるのか?」
「は? ななななな、なに?」
アーチャーは、俺の手の甲に唇を押し付けたまま訊く。
「感覚だ。どうなんだ」
「へ? わ、わか、わかん、な、」
視覚の暴力にやられて何を訊かれているのかもわからない。混乱しながら答えた。
「そうか……」
アーチャーは納得したのか、それきり何も言ってこない。だけど、俺の手にまだ唇が……。
(に、逃げたい……)
でも、右腕が動かないから、振りほどいて逃げることもできない。
ふ、とアーチャーの赤い外套と弓籠手が消えた。白い髪が下りて、目元にかかる。
ぼんやりとその様を見ていれば、肩を掴まれ、そのまま横になり、アーチャーとの間に、俺たちの繋いだ右手を挟んだまま抱き寄せられる。
(なんだ……これ……)
頭の中はパニックだ。
(お……、おさまれ、心臓……)
さっきからフル稼働ではしゃぎ回る心臓を宥めたい。
いったいなんなんだ。
急に、なんなんだ。
記憶があるって、アーチャーだって、どういうことだ!
なのに、こんなことをしてる?
というか、既に毎夜、アーチャーに抱き込まれてたし、その上、一回、直接供給ってやつを、しちまってて……。
ボッと、爆ぜたように熱が上がった。もう頭の中、ぐちゃぐちゃだ。
「衛宮士郎?」
熱が上がったことに気づいたのか、アーチャーは俺の顔を窺ってくる。
近い!
ダメだ、近すぎる…………。
「どうかしたのか?」
「いや……あのぅ……」
言葉なんか浮かばない。もう……、限界…………。
「おい、どうした、衛宮士郎?」
アーチャーの声が聞こえるけど答えられず、たぶん俺は、気絶した……。
気がつけば、背中に温もりを感じて、右手は外側から覆うように握られていて……。
いつもと同じような格好で寝ている。
いつも、と思ったけど、少し前の“いつも”だった。
俺がアーチャー……、いや、その時はエミヤだと思って接していたんだけど、俺がエミヤと向き合いたいと思いはじめてからは、文字通り向き合って寝ていた。だから、久しぶりにアーチャーに背中を向けている。
(温かいな、背中……)
いつも、コイツは温かくて、その温もりが心地よくて……、すごく安心していた。
アーチャーの時の記憶がないと思っていたのに、黙ってただけ、なんて……。
俺と同じで、どう接すればいいかわからなかった、なんて……。
なんだよ、なんでそんな、俺とおんなじようなこと考えて二の足踏んでるんだよ……。
アンタ、英霊だろ?
……………………バカだなぁ。
俺もだけど、ほんと、エミヤシロウって奴は、バカだ。
「目が覚めたか」
低い声が耳の後ろで響いて、首を竦める。耳に触られるのとか、息がかかるのとか、苦手だ。
「あ、う、うん。覚めた」
「腕はどうだ?」
訊かれて気づく。
こうしているのは、俺の腕の治療のため……。
「…………」
当たり前のことだっていうのに、俺は何を驚いているんだ?
「どうした? まだ、動かないか?」
「あ、あ……、イ、イマイチ、かな……」
あれ? なんで、俺、嘘を言った?
腕は少しだけ動きそうだし、指だって、たいして力は入らないけど動かせそうだ。
なのに、どうして正直に言わない?
「そうか……。ならば、まだ続けなければな」
「ぁ……、うん、悪い……、よろしく……頼む……」
するすると言葉が出ていく。
「何を言っている。このカルデアを守ったお前が、引け目を感じることなどないのだぞ」
「っ……」
アーチャーが俺を労わってくれる言葉に、ハラワタを抉られる気分だった。
アーチャーは、俺がカルデアを守ったと言う。だけど、守ったのはダ・ヴィンチで、闘ったのは藤丸とスタッフたちだ。アーチャーは、守ったなんて勘違いだと言っても、謙遜するな、と取り合わない。だから、もう、いちいち否定するのも面倒だと思って、何も言わないことにしたけど……。
いや、それよりも、俺、何か、おかしい。
(俺……)
少し腕は動きそうなのに、返事を濁した。
嘘をついたのと同じだ……。
俺は、アーチャーにこうしていてほしくて、治りつつある、と言わなかった……。
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む4 作家名:さやけ