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自分らしく
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彼方から  第一部 第一話

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 それとも、『破片』すら見つからなかったことで、彼女たちは典子が『生きている』と確信しているためだろうか……
 いずれにしろ、それは典子にとって喜ばしいことでも何でもなかった。

 ――あれ? なんで? 遠ざかっていく……みんな!

 声が聞こえる、姿も見える。
 なのに、それはどんどん遠く、小さくなってゆく。
 やがて……暗い空間の中、遠ざかってゆく友人の姿に声を掛け続ける典子を、『何か』が、待ちわびていたかのように、迎え入れるかのように、彼女を包み込んでいた。

 ――あったかい……

 ポワンッとしたそれに包まれた途端、彼女が感じたのはそれだった。

 ――わぁ、フカフカ……なんだ、そっか

 フカフカで、あったかいそれに身体を埋めるように、典子は抵抗なく包まれてゆく。

 ――これは夢なんだ。あたしは今、フカフカのおふとんの中にいるんだ……なぁんだそうか、夢かァ

 夢……そう思えるほどその中はやわらかで優しく、ふんわりと包んでくれる。
 そう思っている彼女に、世界が見せる景色は、やがて見知った風景ではなくなっていった。


 同じ服を着た人達が集まってきている。
 それは見た事のない服装で、どこか、軍服のように見える。
「水が……」
「水の色が……」
 池の前に立つ、杖を持ったふくよかな女性の後ろに、その連中は近づき、
「血の色に……」
 そう呟いている。
 女性は、その池の水の色を凝視したまま、
「【目覚め】だ」
 と、そう告げる。
「これは、【目覚め】がこの世に現れたしるしだよ!」

 ――あ、びっくりした

 アクセサリーで身を飾り、濃い化粧の施された顔。
 それなりの年齢であろうことが窺える女性の顔がアップになり、典子は半ば眠った状態で驚いていた。

 ――今のおばさんてば、すごい顔

 どこか温かく、そして暗い世界。
 今の典子はその中を漂っていた。
 ゆっくりと落ちてゆくのを感じながら、仄明るい明かりが点在する世界の中、見た事もない服装の人々が騒いでいる姿を見ていた。
「占いの大皿が割れた!」
「【目覚め】の出現です!」

 ――あれ、何だろこの人達

「手に入れろ、居場所を占え!」
「どの国よりも早くっ!」
 豪華な装飾品を身に着けた男性たち、恐らく、『国』の上の立つ者だと、その服装から想像するに難くない。

 ―― 我こそ、世界の覇者に! ――

 それが、彼らに共通する意思だった。



 温かく暗い世界が典子に見せている映像には、翼を持つ恐竜のような生き物を何頭も操り、空を駆ける人達の姿があった。

 ――おっかし……みんな、真剣な顔して、きばっちゃってェ……

 夢だと……そう思っている典子に現実感はまるでない。

 ――だけど、すごいSFXの夢だな! 得しちゃった気分だな……

 空を、空間を落ちながら、夢としか思えない光景を見せられながら、典子は違う世界へと、元の世界へ戻れるのかもわからない所へ、誘われていた。

 誰も彼女の姿を捉える事など出来ていない中、一人の青年が、長い漆黒の髪を風に靡かせ、剣を携え、遥か彼方まで続く樹海を見下ろせる高台に姿を現していた。
 この世界に落ちてきた彼女を、その場所を、正確に把握して……

 温かく、今はまだ暗い世界は、典子を優しく、ふわりと、傷つけないように、その世界へ置いていた。


 眠る彼女の耳に、普段の生活では聞き慣れない『音』が、動物の鳴き声のようなものが入ってくる。
 小枝の折れる音、葉の擦れ合う音――何か生き物達が動き回り、そこで生を営んでいる音が、典子の意識を呼び起こしてゆく。
 ゆっくりと、満足するまで睡眠を貪った子供のように、彼女は首を擡げ、次いで辺りを見回し始めた。
 今、自分が居る場所がどういう場所であるのか、それを認識するのに、典子は時間を費やしていた。
 見た事のない、全く知らない場所だと、本能がそう知らせてくる。
 自分が寝ていた場所に座り込み、彼女は手を抓っていた。

 ――…………いたい

 手を、置いた。その場所に。寝ていた場所に。

 ――なんて、やわらかくてきれいな……金色の苔……

 徐に立ち上がり、見上げる。

 ――木の根っこかしら、これ。大きな、大きな木の

 頭上に見えるのは、ベッドの天蓋のように広がった木の根。

 ――見たこともないような……

 そう感じ、思いながら、やっと自分の周囲を見回し始めた。

 ――こんなとこ、日本にあったっけ?

 言いようのない不安、見知らぬ場所で『独り』なのだという現実が、典子を襲い始めている。

 ――ここはどこ? なんであたし、こんなとこにいるの?

 湧き上がってくるのは疑問……欲しいのは『答え』。

 ――だれか……
 それをくれる『人』。
 金色の苔の生える木の根の下から、不安ながらも出て来るしかなく、彼女は答えとそれを自分にくれる『だれか』を求めていた。

 黒髪の青年が、彼女からは全く認識できない高い位置から見ている。
 乱立し、互いの枝同士を絡み合わせるように生えている樹海の木々の隙間から、青年は独りきりの彼女を見ていた。
 だが、彼女は勿論、青年も気づいてはいなかった――もう一人、典子と、青年を見ている者がいることを。


 彼女が寝かされていた金色の苔の生えるその場所は、大きな木の根の下にあり、護られるように囲われていた。
「ひろみ」
 最初に彼女が口にした言葉は友人の名前だった。
「利恵ちゃん」
 樹海の中、まるで、人が通る為に造られたかのような木々の回廊があった。
 彼女はそこまで出て来て、友人たちの名を口にしている。
「昌子」
 辺りを見回しながら、恐る恐る、見知らぬ景色を確かめるように、名を口にする。
 だが、彼女の耳に届くのは、鳥の羽音や小動物と思しき生き物の鳴き声、あるいは虫か……
 記憶にない風景、記憶にない鳴き声。
 それらは彼女を否応なく、不安に、孤独に、陥らせてゆく。
「お……かあさん!」
 大声で呼んでいた。
 不安と恐怖、孤独を感じたくなくて。
「おとーさん! おにーちゃん!」
 誰の名を呼ぼうと、叫ぼうと、彼女に声を掛けてくれる者、返事をしてくれる者はいない。
 消し去りようのない不安を抱え、彼女はただ、立ち尽くしていた。

 見たことのない服装と鞄だった……だが、その姿形はどうみても、女の子、にしか見えない。
 しかもかなり華奢だ。
 樹海と言う場所に似つかわしくないし、耳にした事もない言葉を連ねている。
 彼女を、典子を上から見下ろしていた青年は、驚きと戸惑いの中にいた。
 その様子を見る限り、自分が何の為に『金の寝床』に現れたのか、何者であるのか、彼女自身、分かっていないように思える。
 不安げな表情、発せられる声音は震え、親と逸れた子供のようで、いきなり声を掛けようものなら、一瞬で壊れてしまいそうな……そんな気さえしてくる。

 ―― ギャー…… ――
 ―― バサッ バサッ ――

 高く聳え合う木々の隙間から見える空、そこから聞こえてくる『声』と『音』に青年は空を見上げた。
 陽の光を遮る枝と葉の間に見える小さな空から、飛び交う何羽もの翼竜の姿が見える。