LIMELIGHT ――白光に眩む7
「衛宮士郎は、魔神柱を消したのだな……、自分自身とともに……」
夥しい血がそこにある。
それが士郎の血だとわかっていながら、エミヤには手の打ちようがなかった。
士郎を抱きしめたままそっと膝をつき、傷だらけの身体を横にする。
傷ついてほしくないと思いながら、士郎が自身を切り刻んでいくのを、歯を食いしばって見ていることしかできなかった。エミヤには、なんら救う手立てがなかった。
「たわけ……」
「アー…………チャー…………」
さ迷っていた琥珀色の瞳は動くことなく、もうエミヤを映してはいない。
「わ……る、ぃ……、め……わく……」
迷惑をかけて悪かったと言っているようだ。
「たわけ……」
「ん」
小さく頷く士郎は、微笑(わら)った。少し申し訳なさそうに、少し照れ臭そうに、エミヤもこのカルデアの誰も見たことのない笑みを浮かべて、士郎は瞼を下ろした。
目尻を伝ったひとしずくを指先で掬い、エミヤはそれを握りしめ、ただ力なく預けられたその身体の温もりを感じていることしかできなかった。
□■□Interlude WISH□■□
見たかったな……。
最後に、アイツの顔を。
声だけは聞こえていた。
視力のほとんどない左目じゃ、顔が見えなかった。きっと、眉間にシワ寄せて、たわけ、って怒ってたんだろう。
右目は真っ暗で見えないから、左目だけが頼りだったのに……。
見たかったな……。
アーチャーの姿。
理想の姿。
俺が、なりたかった、正義の味方……。
俺が…………好きになんて、なってしまった…………優しいひとを……………………。
■□■20th Bright■□■
「愚か者の……極みだな……」
勢いのない苦言に、士郎の反応はなかった。
雫が伝い、血に濡れたその頬を拭えば、まるで子供のように無垢な顔で、ただ眠っているだけのように見える。
赤く染まった身体を、エミヤはそっと胸に抱いた。
「不器用にも……ほどがある……」
なぜ、こうなるまで、何も言わなかったのか。
どうして、ひと言の相談もなかったのか。
「エミヤ、すぐに処置室へ!」
ダ・ヴィンチの鋭い声に呆然と顔を上げる。
「何してるんだ! 早く!」
腕を引かれ、士郎を抱いて立ち上がった。
「間に合わせるよ! 必ず!」
心強い言葉に、エミヤは曖昧に頷くだけだ。
だが、今はその言葉に縋るしかない。
藁を掴みたいのは、ダ・ヴィンチも立香たちも同じ。
まだ温もりを残している身体に望みをかけ、血でぬるつく手に焦りを燻らせ、それでもエミヤは、天才の意気込みに賭けるしかなかった。
「難しいね……」
傷はどうにか塞いだものの、あまりにも多くの血を失いすぎた士郎の命は、風前の灯火のような状態だ。
ダ・ヴィンチの悔しさを滲ませる声に、エミヤは頷くことしかできない。
「士郎……」
その手を取れば、まだ温もりがある。冷たくはない。
「まだ、生きている……」
「ああ。けれど、時間の――」
「エミヤ!」
勢いよく処置室の扉が開き、立香が駆け込んできた。
「エミヤ! しょ、召喚したんだ!」
「立香くん、今は、そういう、」
「入って」
立香の連れてきた者に、一同唖然とする。
「エミヤの六体目!」
「な……」
「もうエミヤの宝具強化には必要ないでしょ! あとは零基を返還してレアプリズムに変換するかだけど、この霊基、使えない?」
「…………」
「…………マスター! 冴えてるね!」
絶句したままのエミヤの代わりに、ダ・ヴィンチが親指を立てて、グ、と褒めた。
「よし、エミヤ、彼を融合させよう!」
「は? 本気か? 仮にも、士郎は人間だぞ! サーヴァントと融合など、」
「私が一例目です」
エミヤの六体目の背を押してきたマシュが自身の胸を叩き、自信満々に告げる。
「大丈夫、成功します。何せ、士郎さんは、エミヤ先輩と同じ存在なのでしょう? でしたら、私よりもずっと同調率が高いはずです!」
「マシュ……」
「エミヤ、こうしていてもはじまらない。一か八かだ。君とて士郎くんを失いたくはないだろう?」
「…………もちろんだ」
エミヤは大きく頷いた。
□■□Interlude 窓□■□
暗い。
俺はどうしたんだっけ?
魔神柱をどうにかできたんだったかな……。
ああ、そうか、俺はもう……。
項垂れたところで、もうどうなるものでもないのに、足元を見つめていることしかできない。
ぼんやりと突っ立っているここは、暗い。俺の足が見えるかどうか、って程度の光量だ。
下を向いていても仕方がないから顔を上げてみると、ここが真っ暗じゃないと改めてわかる。
「明かり……?」
何度か瞬いてみる。ああ、そういえば、俺の目はどっちも使えなかったな。だから暗いのかと思ったけど、自分の手を近づければ、右目も左目もよく見える。
なんでだろ?
とりあえず、前へ歩いてみることにした。どこに向かっているかもわからないけど、足の向いている方へ。
明かりだと思っていたのは、窓みたいだ。左右両側に四角い窓がある。窓って言っても、そこに景色があるわけじゃない。ただ黒い壁に四角い部分がほんのり明るくなっているっていうだけ。
カルデアの一階の廊下に似ているけど、あそこは、片方にしか窓がなかった。じゃあ、ここは、別の場所だ。
「はは……、また、封印指定、とか?」
笑えない。もうあんなのは、こりごりだ。
ここは暗いトンネルのような廊下で、両側に窓のようなほんのり明るい四角いものがあって……、
「突き当たりは……」
やっぱり窓だ。カルデアのあの大きな窓とおんなじような……。
膝上くらいまでの窓枠はちょうど腰を下ろすのにいいくらいの幅がある。
「なんだ。ここも白いだけなのか……」
さっきの両側にあった窓よりも明るくて、真っ白な窓。恐る恐る手を触れてみれば、ガラスみたいな手触りだ。
がっかりだなあ。景色とか、見えればいいのに。
白い窓に背を預けて腰を下ろせば、ぱ、と両側の窓に何かが映し出された。
「え?」
まるでどこかのテーマパークみたいに、ほんのり明るいだけだった四角い窓に映像のようなものが流れている。どれもこれも見覚えのある光景だってことに気づいた。
「これは……。なんだ、無駄に豪華な走馬灯かよ……」
さすがにこれには笑いがこみ上げた。
「そっか。俺は死んだんだな」
まあ、仕方がない。あんなことをしたんだ、生きてる方が不気味だ。
「アーチャーに、ちゃんと謝れなかったな」
少し、悔いが残っている。迷惑をかけてしまったことを、藤丸に刃向かうような真似をさせてしまったことを、きちんと謝っておきたかった。
「ま、今さらどうしようもないな、うん」
開き直って、窓に映る自分の過去に目を向けてみる。
あ、遠坂だ。ってことは、時計塔?
いや、もう少し後くらいか?
ああ、あれだ、正月に酒盛りになったやつ。桜とワグナーが互いに絡み酒になって、翌朝、二人して謝り倒してた。
「はは! 懐かしい!」
大変なことばっかだったと思ってたけど、楽しい時間もあった。俺たちは、あんな壊れそうな世界で、必死に、それでも楽しんで生きていたんだな……。
作品名:LIMELIGHT ――白光に眩む7 作家名:さやけ