譚恒譚
「譚恒、いきなり姑娘に迫ったら、嫌われてしまうぞ。」
━━譚恒のヨダレ、、、。━━
気分がいいものでは無い、、、。
このまま寝ては、譚恒も寒いだろう。
譚恒から外套を掛けられていたお陰で、じっと動かず書に没頭していても、寒さを感じなかった。
寝ている譚恒に、衝立(ついたて)に掛かっている自分の衣を、布団替わりに身体に掛けてやる。
「、、、姑娘、、。」
首の辺りまで掛けてやったら、銀川の手を掴んて頬ずりしてくる。
「姑娘では無い、、、しっかりしろ!!。」
銀川は、無理無理、自分の手を引き抜いた。
何とも譚恒は、幸せそうな寝顔なのだ。
辺境の軍には女気が無い。
それでも辺境の街へ戻れば、田舎なりに遊郭や酒場はあるのだ。
軍営の兵には、盛り場に足げく通う者も多い。
銀川がそういった場所にあまり行かぬせいか、一緒に行動する譚恒も行かぬようだった。
どちらかと言うと譚恒は、日々の暮らしに無頓着な銀川の世話をやきたがり、銀川も丁度良いので、譚恒に任せていた。
銀川は、自分と同様、賑やかな場所が、あまり好きではないのだと思っていたが、、譚恒の性格からして、そうではないだろう。考えてみれば、そういう自分に、ただ付き合っていただけなのかも知れない。
気の毒な者を、譚恒は放っておけない性格なのだ。
譚恒には銀川の姿が、一人でいて可哀想だと映っていたのか。
銀川は好んで一人でいたのだが、、、。
物事をじっくり考えるには、一人の方が良いのだ。
譚恒は何かと粗暴な面もあり、配下に拳や蹴りを食らわすこともあるが、銀川も配下は、皆纏まり、上手くいっている。
この度の東海との戦での活躍も、銀川の岳隊が心一つにして、敵にぶつかっていけたからだ。
譚恒が、口数少ない銀川を立てて、銀川の求めるものを言って聞かせ、配下との橋渡し役をしくれているからだ。
銀川は女が苦手とか、嫌っている訳では無い。軍務が忙しく、他のことに目がいかない。
この自分に付き合っていては、譚恒は出会いや婚期を逃してしまうだろう。
いきがかり上、拾ってきた女子とは言え、譚恒はあの娘と、何かしかの縁があるのかも知れぬ。
考え事が大きくて、あまり気にもしなかったのだが、そう思い当たってみれば、常々、銀川にうるさく付き纏っていた譚恒が、金陵に入ってからは、全く邪魔になならない。
辺境では、どこに行くにも、常に銀川と共に動いてきたのだ。なのに金陵では、『行ってらっしゃい』と言われる。
━━あぁ、あの娘に付いていたのだ、、、、。━━
銀川は、せっかく譚恒が用意していた茶を、煎れることにして、道具の乗った机に座り、種火に炭を足した。
火は、種火から炭に移る。
━━まだ意識も戻らず、眠ったままで、どの様な素性の娘か分からぬが、、、、あの娘と上手くゆけば良いな。━━
顔はアレで、些か粗暴だが、弱い者には心は優しく男らしい。
身の程以上の、富や福を高望みする様な娘で無ければ、譚恒の本質は直ぐに見抜けるだろう。
譚恒の伴侶は、その様な娘であって欲しい。
湯が沸く。
茶など譚恒に任せ切りにして、銀川はいつからか入れたことも無い。
やり方などは覚えてはいたが、譚恒の様な味にはならぬだろう。
━━私が淹れたと言ったら、譚恒は目を丸くするだろうな。多分、私は茶など煎れる事は、出来ぬと思われている。━━
起こして飲ませてやりたいが、これだけぐっすり寝ているのに、起こすのも気の毒だ。
━━あの娘との、なにか良い夢を見ているのだろう。中断させるのは気の毒だ。━━
軍報を読み、思った通り、何か裏があると確信をした。
決して、偶然が重なって起こった状況ではない。
そして、銀川と同じ事を感じた者は、恐らくいない。
━━あれだけの死者が出た、、、。民衆も、仲間からも、、、。
このまま闇の中に葬る事など出来はしない。
私は闇がある事を知ってしまったのだ。
私、ただ一人でも、暴かねば。
目の前で、惨たらしく命尽きた者の為にも。
民衆への情無き者を、このままのさばらせておくものか。━━
器に熱い茶を注ぎ、ゆっくりと、喉に流し込む。
殺伐とした事実を前に、朝まで眠れぬと思っていたが、、、。
思いもよらず、譚恒の心に触れた。
銀川の心も、温もっていた。
━━もう、二、三服飲んだら、私も床に着くとしよう。
自分の疑念は確信となった。今日はこれ以上考えても、もう何も出ては来ない。
幾らかでも眠らねば、、、判断にも差し障ろう、、。━━
「、、姑、、娘、、、、ンフフフフ、、。」
譚恒が、寝言を言って笑っている。
━━━全く、幸せな奴だ。━━
「私の茶も、悪くは無い。明日、お前にも飲ませてやる。」
譚恒に茶を、出したら出したで、『これはもう少し、こう』とか、指導がはいるだろうか。
━━それはそれで良い。譚恒の小言も、嫌ではない。━━
譚恒を連れてきて良かったと思った。
これから成すべき事、
動くべき事、
話すべき人物、
探るべき事実。
一つ一つを整理して、事に当たらねば。
━━明日、茶を煎れながら、譚恒に話して聞かせよう。━━
譚恒に話せば、譚恒が疑問を銀川に問う。
そうしているうちに、銀川の思考が整理されていく、、。
いつもそうだった。
銀川はまた器に茶を注ぎ、ゆっくりと流し込む。
熱い茶が体を温め、夜が明けるまで、幾らかでも眠れるだろう。
──────────糸冬─────────