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鳥籠の番(つがい) 10【完結】

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摩擦熱を、直接受けるνガンダムの機体が赤く染まり、コックピットの中も次第に熱を帯びていく。
「…シャア…貴方を…愛してるよ…マインドコントロールされていた時も…今も…それは変わらない…」
額から脂汗を流しながら、小さく微笑み、目を閉じたアムロの瞳から、ポロリと涙が零れ落ちる。
「シャア…貴方に会えて…良かった…」
「何を言っている!」
「…もう…言えない…から…さ…」
「アムロ‼︎そんな、まるでこれが最期の様な事を言うな!」

《そうですよ!アムロさん!》
シャアが叫んだその時、カミーユの声がコックピットに響き渡る!
「カミーユ!?」
《諦めないで!アムロさん!Zの背に掴まって下さい!このまま大気圏を抜けます!》
ウェブライダーに変形したZが、νガンダムの目の前に現れる。
「そうか…Zは…大気圏に…突入可能だったな」
アムロは上がる息を整えながら、アームレイカーを握り直し、νガンダムの態勢を立て直してZに掴まる。
《そのまま脱出ポッドを守って下さい!》
「ああ…」
アムロは激痛で朦朧とする意識を必死に繋ぎ止め、脱出ポッドを抱き抱える。
《突入します!》
「…了解」

νガンダムを乗せたZは、灼熱の大気圏を降下し、地球に向かう。
意識が途切れ掛け、アームレイカーから離れそうになったアムロの手を、誰かの手が上から支えてくれる。
それは褐色の肌の綺麗な手。
「ララァ…?」
『ふふ…大丈夫よアムロ』
懐かしい声に、アムロが笑みを浮かべる。
「ありがとう、ララァ。シャアを地球に降ろしたら…ララァのところに行くよ」
それに答えることなく、ララァが微笑む。
「ララァ?」
『見て、アムロ。地球よ…』
ララァが指差す方を見ると、青い海と緑の森が目に入る。
太陽の光を浴びてキラキラと輝くそれを見つめ、アムロは思わず目を細める。
「綺麗だ…、これを…守れて良かった………シャア…」
その言葉を最後に、アムロの意識が途切れた。
「アムロ?」
突然、アムロの思惟を感じなくなり、シャアがアムロに呼び掛ける。
しかし、返事が返ってこない。
シャアの胸に不安が広がる。
「アムロ?アムロ!返事をしてくれ!アムロ!」

「アムローーー!」



◇◇◇



あの日から一年が経ち、地球寒冷化作戦は失敗に終わったものの、アクシズをネオ・ジオンに譲渡した地球連邦政府への、アースノイドからの批判は大きく、逆に、ネオ・ジオンのスペースノイドからの支持は更に高まった。

ネオ・ジオンは地球連邦政府に対し、停戦協定を結ぶと共に、スペースノイドの独立を求めた。
未だ、それは実現してはいないが、各コロニーの代表者による協議が行われ、徐々にではあるが、目標に向かって動き始めている。
その立役者であるネオ・ジオンの総帥、シャア・アズナブルは積極的に各コロニーを回り、その実力とカリスマ性により、多くのスペースノイドをまとめ上げ、独立を推し進めていた。


◇◇◇


コンコンと、ドアをノックする音がする。
「どうぞ」
女性がそれに答えると、ドアが開かれ、金髪の男が姿を現した。
「あら、兄さん。いつ地球に?」
「昨日だ、アルテイシア」
ゆっくりと歩みを進め、部屋の中央にあるベッドへと近付いてくる。
ベッド脇の椅子に座っていたセイラは、その椅子をシャアに譲ると、そっとその隣に立つ。
「様子はどうだ?」
シャアの問いに、セイラは小さく首を横に振る。
「変わりはないわ…ずっと…眠ったままよ…」

あの日、Zガンダムの助けにより、無事に地球に降り立ったシャア達だったが、νガンダムのコックピットから、アムロは降りて来なかった。
非常用コックを使い、外からコックピットを開いて、シャア達が見たものは、シートにぐったりと背を預け、ピクリとも動かないアムロの姿だった。

シャア達が降りてきた事を、いち早く察知したセイラによって保護され、アムロは病院へと搬送された。
しかし、手当ても虚しく、アムロが目を覚ますことは無かった。

あれから一年、アムロはずっと“眠り”続けている。命は助かったものの、意識は戻らず、植物状態となっていた。
地球連邦政府やニュータイプ研究所による追手から守る為、セイラの経営する病院に入院するアムロの事を知るのは、ブライトを始め、一部の者たちだけだ。

眠りから覚めない原因は、はっきりとは分からないが、おそらくマインドコントロールが解けた事による後遺症と、あの日、サイコフレームの共振でニュータイプ能力をオーバーフローさせた事が原因だろうと医師は告げた。
正直、いつ目覚めるか見当がつかない。もしかしたら、このまま一生目覚めずに、植物状態かもしれない。
けれど、シャアは諦めず、ひたすらアムロが目覚めるのを待っている。
忙しいスケジュールの合間を縫ってはこうしてアムロの元を訪れ、その頬に触れ、言葉をかける。

今日も、シャアは、ベッドで眠るアムロの柔らかな癖毛を手で梳き、クシャリと撫ぜて話し掛ける。
「アムロ、昨日から地球連邦政府とサイド3の一部のコロニー独立についての協議が始まった。それに、地球からの移民も徐々に増えている」
返事が無いと分かっていながらも、まるで会話をしているように語り掛け続ける。
「移民用に、新しくコロニーを建設する計画も立っているんだ。出来上がったらいつか二人で行こう」
筋肉が落ち、細くなったアムロの腕を摩り、マッサージをする。
「目覚めたら、もう一度鍛え直さねばな。これではカミーユにも勝てないぞ。ああ、そういえば、最近、カミーユとギュネイがよく一緒にいる。どちらかと言うのとギュネイが付き纏っていると言う感じだがな。何か感じるものがあるのかもしれんな」
クスクスと笑うシャアに、側で聞いていたセイラも笑う。
「あの二人は何処か似ているから、喧嘩になりそうなのにね」
「もちろん喧嘩はしょっ中だ。大体カミーユが勝つがな」
「そうでしょうね」
優しくアムロの腕を摩る兄を見つめ、セイラが少し悲しい目をする。
「…アムロは…目覚めるかしら…もしかしたらこのまま…」
「目覚めるさ」
「兄さん?」
はっきりと告げるシャアに、セイラが目を見開く。
「まだ、最後の願いを叶えて貰っていないんだ。だから、アムロは必ず目覚める」
「最後の…願い?」
「ああ」
『私の愚行を止め、導く』
アムロはアクシズの落下を阻止し、愚行を止めてくれた。
しかし、もう一つ『私を正しい道に導く』と言う願いは叶えて貰っていない。だから、その願いを叶える為、必ずアムロは自分の元に帰ってきてくれる。
「だからアムロ、そろそろ帰って来てはくれないか?」
アムロの手を握り、自身の額に当てて願う。
すると、脳裏にクスクスと笑う少女の声が聞こえる。
「…ララァ⁉︎」
その声は、側にいたセイラにも聞こえた。
二人は目を見合わせて、もう一度耳をすませる。
『ふふ、大佐、お待たせして申し訳ありません』
「ララァ!」
それは間違いなく、ニュータイプの少女、ララァ・スンの声だった。
『私も、そろそろアムロを起こしたいのですけど、アムロったらなかなか起きないんです。ですから…』
ララァがこそりとシャアに囁く。