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BYAKUYA-the Whithered Lilac-2

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「早く消えてくれ。僕の気が変わらない内に……」
 ビャクヤは、背中の鉤爪を消し去った。
 拘束されている様だったツクヨミの体が自由になる。
「……分かったわ」
 ツクヨミは、ドアを開ける。
「さようなら。『捕食者(プレデター)』……」
 振り向くこともせず、ツクヨミはビャクヤの部屋を後にした。
 怒りの感情をそのままに爆発させたのは、ずいぶん久し振りな気がした。
 頭に血が上ったのか、それとも大声を出したせいで、頭に響いたのか。いずれにしても、ビャクヤは頭痛を感じていた。
「いたたた……あー頭痛い……頭痛薬。どこに置いてたかな……?」
 ビャクヤは、火照った額に手を当てながら、すっかり散らかってしまった部屋を見渡した。
 ビャクヤは、姉さんの死後も、生前言い付けられていたため、どれほどだるくても、掃除だけは絶対にするようにしていた。
 ビャクヤは思えば、やはり姉さんの死を受け入れられずにいた。
 家中の掃除を毎日欠かさず行っていたのも、いつか姉さんが帰ってきても良いようにするためだった。
 ツクヨミがいなくなった今、ビャクヤは再び、帰るはずのない姉さんを待つだけの生活に逆戻りしてしまった。
 ずっと待っていた姉さんに、そっくりのツクヨミがやって来てからは、部屋は、家中は荒れ放題であった。
 その様子はまるで、死ぬまで戦わされる、古代の剣闘士の獄中であり、溜まって腐り、ハエの集るゴミは、力尽きて死んだ剣闘士の屍といった様子だった。
「はあ……ダメだ。見付かりそうにない……」
 脱ぎ捨てられた服やら、コンビニの袋やらという、剣闘士の屍が散乱する中から、自身の望む物が見つかるとは思えなかった。
 掃除をしようか、とも考えるが、いかんせん頭が痛く、何かしようという気になれなかった。
「はぁ……ダメだ。もういいや。寝てれば治るだろう……」
 ビャクヤは、どさっ、とベッドに横たわった。
 ついさっきまで眠っていたため、眠れるとは思えなかったが、少しばかり目を閉じると、僅かばかりであるが、眠気を感じた。
 これも常日頃から、ツクヨミの訓練を受けていたためであろう、とビャクヤは思う。
――姉さん。いや。あいつは姉さんじゃないんだ。彼女がどうなろうと。僕の知ったことじゃない……――
 古代の奴隷と同等、もしくはそれ以上の扱いを受け続けたビャクヤは、ついに堪忍袋の緒が切れて怒りを爆発させてしまった。
 しかし、ツクヨミがいなくなり、ぼんやりベッドに体を預けていると、だんだん荒ぶっていた心が落ち着いてきた。
 ビャクヤの心には、言い過ぎてしまった、やり過ぎてしまったという後悔の念が、ほんの少し浮かんだ。
――いやいや。あれくらいして然るべきだ。僕は何も悪くない。何も……――
 ビャクヤの後悔は、少しずつ大きくなっていく。
――いや。僕は……――
 やがてビャクヤは、微睡みに沈むのだった。
    ※※※
 日が暮れて、宵闇が辺りを支配していく。その中をツクヨミは、一人歩いていた。
 自らを姉と慕い、どのような願いでも聞き入れてくれていたビャクヤに牙を、いや、鉤爪を突き立てられ、ツクヨミは再び無能力の人間に戻ってしまった。
――捕食者(ビャクヤ)を失ったのは大きいわね。彼がいる限り、少なくとも命の危険に晒されることはなかったのだけど……――
 勝手に付いてくる都合のいい武器としか、ツクヨミはビャクヤを見ていなかった。しかし、別れてしまってから、ビャクヤの重要さを痛感していた。
 特別な男に想いを伝えられず、狂い、虚無へと限りなく近づいてしまった親友を探すべく、ツクヨミは能力も使えない状態で『虚ろの夜』に足を踏み入れてきた。
 ビャクヤの顕現は、誰に対しても、どのような能力を前にしても、敵との相性が最悪であり、ビャクヤが圧倒的に有利であった。
 ビャクヤの能力は、自然界における鋏角類、とくにも蜘蛛によく似た特質のものだった。
 蜘蛛や蠍(サソリ)といった生物が鋏角類というのだが、それらいずれにも、天敵となる生物はほとんどいない。
 天敵がいることはいるのだが、鋏角類は、時にその天敵をも捕食してしまうことがある。
 蜘蛛であれば、神経毒や糸を用いて獲物を喰らってしまう。天敵にもそれらで応戦し、動けなくしたところを捕食する。時には鳥さえも蜘蛛に敗れ、餌食となる事すらある。
 蠍に至っては、神話にもその強力な猛毒の針が記されている。
 あの星座の一種にもなっている荒神、オリオンを殺すことができたのが、たった一匹の蠍である。
 鋏角類の持つ独自な力が、ビャクヤにも能力として備わっている。能力を最大限に行使した彼が、弱いはずなどなかった。
――……失ってからしか、人は、人やモノの大切さが分からない。『あの子』の時に痛感したつもりだったのだけど……――
 懲りないものね、とツクヨミは自嘲する。しかし同時に、自身の気持ちに違和感を抱いた。
――大切な……?――
 ツクヨミは、ビャクヤと別れた事で、彼の重要性を感じていたらしかった。
 不意にツクヨミの脳裏に、会ってすぐの時期に見せてくれていたビャクヤの微笑みが浮かんだ。
――あの男が私の……? とんでもないわ。精々道具、武器として大切なモノだった。あの子を、人だなんて……――
 ツクヨミは、自己に浮かぶ考えを否定するが、ビャクヤに『姉さん』と呼ばれる姉弟ごっこも悪くないとも考えていた。これは紛れもない事実である。
 今こうして、喪失感を感じているが、何故なのかツクヨミ自身にもよく分からなくなってきた。
 様々な考えを巡らせている内に、ツクヨミは『夜』へと足を踏み入れていた。
 やはり、『器』が割れた状態では、いつ『夜』に入ったのか、明確には分からないものの、辺りの様子でここが『虚ろの夜』なのだと分かる。
 ツクヨミが当て所なく目指していた場所は、川沿いの広場であった。
 ビャクヤと喧嘩別れし、どうにも行くべき場所が分からずにいたため、ツクヨミの足は、無意識にビャクヤと初めて会った場所を目指していたようだった。
 街中に近いこの広場は、夜の店の大音量の音楽や、角にたむろしては大声で笑う若者の声が聞こえてくるが、今はそれらがピタリと止んでいる。
 普通の人の姿も消え去り、虚無や『偽誕者』のみが集まる異世界と化していた。
――これは……!――
 油断していたわけではない。出会い頭に近かった。
 この気配、『偽誕者』のものである。それもただ者ではない、偶然に能力を得てはしゃぎたてるその辺の『偽誕者』など、束になっても敵わないほどの強さである。
 ツクヨミが強力な気配に怯み、立ち止まっていると、やがてその最強を名乗るにふさわしい『偽誕者』の姿が見えた。
 その男は、すらりと背が高く、長く伸ばした前髪で片眼を隠している。
 襟が高く、裾の長いコートを、筋肉逞しい裸体に羽織り、下半身は脛を覆うほどに長いベージュのブーツを黒いズボンの上に履いていた。
 足元だけを見れば、農家の格好に見えなくもない。事実、彼の能力は、顕現という穀物を刈り取るものだった。
「おやおや、こいつは驚いた。こんな何が飛び出してくるか分からない場所に、お嬢さん一人でいるなんてなぁ……」
作品名:BYAKUYA-the Whithered Lilac-2 作家名:綾田宗