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刀剣男士であいうえお小説

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和泉守兼定



「あの日の記憶、守る歴史」



「市村鉄之助」
「はい!」
「これを日野に届けてくれ」
「これは…。っ、出来ません!」
「鉄!」
「い、嫌です!僕は貴方の小姓…最後まで…最後までご一緒します」
「局長命令だ」
「でも土方さんは——!」
「お前だから託す。分かるな?」
溢れそうになる涙をぐっと堪え、鉄之助は日野へと向かった

ずっと考えている。俺が日野へ送られた意味を——。
「ボサっとしていると堀川にまた怒られるぞ」と膝丸に話しかけられてハッと意識を現実に戻す。今は畑当番の最中だ。今日中にこのトマトの種を蒔ききらねばならないらしい。
「あぁ…。悪ぃ」
「悩み事か?」
聞きながらも膝丸は畑を耕す手を止めない。

見上げた空は雲ひとつなく晴れ渡り、本丸に植わる桜は既に花の見頃を終え葉桜となっていた。この季節になるといつも考えてしまう。元主の土方さんのことを。あの人が最期に見上げたのもこんな空だったのだろうか。なぜ俺は日野へ送られねばならなかったのか。どうして俺は最期まで共に在れなかったのか

脳裏に浮かぶのは土方さんが俺を日野へ送るため小姓の市村鉄之助に預けたあの日の光景。あの時の土方さんがどんな顔をしていたかはよく覚えていない。あの日を思い出しては只そこに在ることしか出来なかった自分を悔やんでいる。声があれば枯れるまで「生きろ」と叫べた。腕があれば何度だって支えた。

刀でしかなかった俺にはそのどれもが叶わない夢であった。ふと自分の手を見つめる。あれから三百年以上経った今、俺はこうして人の姿を得た。今ならあのとき叶わなかった願いを全て叶えることができるだろう。新選組が理想とした誠を共に支える事も、皆が生きる道を示す事だって——とそこで思考を止める

みっともない…これでは敵と同じじゃないか。歴史を守る為に日々戦っている俺が別の未来を望むなど許される行為ではない。それはよく良く理解しているつもりだ。だから守っている。明治という時代の幕があけても尚、命賭して誠を背負い続けた土方さんの歴史を。理解していながらも悩むのは俺の弱さ故だ

「考え事が尽きないようだな」と声をかけてきた膝丸の手にはお盆に乗せられた湯呑が二つあった。そういえば考え事に耽っている間に畑を耕していたはずの膝丸がいつのまにか居なくなっていた。
「もう八つ時だ。ひと休みしよう」と俺の隣に腰を下ろす。
「今日は一段と内番に身が入っていないようだが」

年中サボってるみたいな言い方はやめてくれ、と言うと笑って流される。
「お前の惑いは刀剣より生まれし我らなら誰しも抱えるもの。余り思い詰めるな」
永く在る刀は何故こうも察しが良いのか。俺の考えなど彼らには全て見透かされているようで時々怖い。
「アンタもそうなのか」
膝丸はお茶を一口含む

「さあな」
「んだよ、それ」
気の抜けた返事に肩透かしを食らう
「兄者程ではないが俺も大抵のことはどうでも良いと思う方でな。過去の事に余り執着がない」
だからな──と膝丸は俺と目を合わせると
「少しくらい歴史が変わろうとも何とかなると思っている」
「!」
「和泉守は真面目に考え過ぎだ」

断言しよう、と膝丸は言う
「一度決められた物事はそう易々と変わらん。思うがままに動いてみろ。何かあった時の責任は俺がとってやる」
いつでも頼れ、と俺の頭を撫でた。幼子扱いは気に食わなかったが、膝丸の言葉で俺は意を決す
「行きたい所がある」
「うむ。どこへ行く」

「──箱館。五稜郭へ」




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