忘れないでいて【中編】
あまり、人との触れ合いに慣れていないアムロは、カミーユの行動に驚いて思わず身体を硬直させる。
動揺するアムロに、隣で見ていたレコアがクスクスと笑いだす。
「レコア少尉?」
「ごめんなさい、なんだか微笑ましくて」
同じ年頃の少年二人が戯れている姿に、思わず笑みが零れる。
ニュータイプとは言っても、二人とも普通の少年に変わりは無いのだ。
レコアはアムロに近付くと、カミーユと同じ様に熱を確かめる。
「うん?熱は無さそうだけど、やっぱりいきなり動いて、身体がびっくりしちゃったのかもしれないわね」
「レ、レコア少尉‼︎」
綺麗な女性に顔を近付けられて、心臓がバクバクと脈打つ。そんなアムロに、レコアが優しく微笑む。
「少し休憩しましょう」
「は…い…、あ…でも…」
レコアの笑顔に、顔を真っ赤にしながら、思わず頷いてしまうが、先を急いでいるだろう、クワトロにチラリと視線を向ける。
「問題ない。出口まではかなり距離があるからな、モビルスーツごと移動できるルートの確認もせねばならん。それに少し長丁場となりそうだ。レコアとカミーユも今のうちに少し休め」
自分達を気遣うクワトロに、何か居心地の悪いものを感じながらも、実際に身体が少し不調を訴えている事から、それに素直に頷いた。
レコアとカミーユが見つけて来てくれた毛布を被り、床に座り込む。
水槽から出て、少し歩いただけなのに、身体が悲鳴をあげる。
『流石に体力が落ちてるのかな…身体が怠くて…重い…』
アムロは、膝を抱え込んで目を閉じる。
気付くと、何か温かいぬくもりを感じる。
優しい人肌の温もり。
そして、そこから伝わる優しい思惟。
『こんな風に人肌に触れたのはいつ振りだろう…、それに…肌から伝わる優しさが、心をも温めてくれるみたいだ…』
ふと、その温もりの主を確かめようと、目を開けると、目の前に赤いノーマルスーツの生地が見える。
「え?」
この色のノーマルスーツを着ていた人物を思い出し、思わず顔を上げる。
気付けば自分は、クワトロの肩にもたれ掛かって眠っていたのだ。
「シャ…ん」
声を上げようとしたアムロの口を、クワトロの手が塞ぐ。
「静かに、皆休んでいる。君もまだ寝ていろ」
シャアの顔が近付いてきて、そっと耳元で囁かれる。
「んん」
そして、自分を優しく見つめる青い瞳に、ドキリとする。
『なんで、こんなに優しい目で僕を見るんだ?この人は僕を殺そうとした人なのに』
アムロの脳裏に、ア・バオア・クーでの事が蘇る。
“貴様はニュータイプの有り様を見せ過ぎた。自分がどれだけ危険な人間なのか分かっているのか?”
”貴様を生かしておくわけにはいかない。だからここで私は貴様を殺す!”
生身で対峙した時、シャアに言われた言葉。
あの時は、自分が周りからどう見られているかなんて考えもしなかった。ただ、生き残る為に必死に戦っていただけだ。
だから、シャアの言っている意味が理解出来なかった。
けれど、戦争が終わり、ニュータイプの事を連邦政府が認知していくうちに、初めは英雄だと持て囃していた自分を、危険因子だと言い始め、気付いた時にはモルモットの様に扱われ、ここに隔離された。
そうしてようやく、あの時シャアが言っていた意味を理解した。
『僕は…ニュータイプはアースノイドにとって危険な存在であり。生きていてはいけない人間なんだ…』
アムロは膝を抱える腕にギュッと力を込める。
「…僕を…殺さなくて良いんですか?ここからの出口は分かったし、もう僕は必要無いでしょう?」
アムロが絞り出す様に呟く。
「何故、君を殺さなければならないんだ?」
「だって、貴方、言ったじゃないか。僕は危険だから生きていちゃいけないって!それに…僕はララァを…」
それより先を口に出す事が出来ず、唇を噛み締める。
「…そうだな。あの時は、君を本気で殺そうと思った」
クワトロの…シャアの言葉に、アムロがびくりと身体を震わせる。
「しかし…君と剣を交え、ララァの声を聞いた時…それは間違っていると気付いた。君は、人類の革新だと、スペースノイドの希望なのだと。だからこそ、君を同志にと望んだ」
「同志…」
確かに、あの後、シャアは自分に同志になれと手を差し出した。そうすればララァも喜ぶとも言っていた。
あの時は、何を言っているのだろうと、シャアの行動が理解出来なかった。
けれど戦後、過酷な実験で辛い時、思い出したのはシャアから差し出された手だった。
「…あの時…貴方の手を取っていたら…僕の人生はもっと違ったのかな…」
「アムロ…?」
「…何でもない」
そう言って俯くアムロが、酷く頼りなく見えた。
かつて、己を追い詰めた連邦のパイロットが、今、自分の横で膝を抱えている。
考えてみれば、まだ、十六歳の少年なのだ。
大人に守られるべき子供が、戦争に巻き込まれ、その能力ゆえに最前線で戦う事になり、戦争が終わった後も、連邦に囚われ、時間さえ止められ人生を狂わされている。
シャアは、思わずアムロの肩をギュッと抱き締めた。自分でもどうしてそんな事をしたのか分からない。しかし、そうせずにはいられなかった。
この頼りない少年を、何故か守ってやりたいと思ったのだ。
そしてその身体の、あまりの細さに驚く。
『私は、こんなに小柄で頼りない少年と戦っていたのか…?』
「シャ、シャア⁉︎」
突然の抱擁に驚くアムロが、逃げていかない様に更に腕に力を込める。
「安心したまえ、今は君を殺そうなどとは思っていない」
「……」
「だから…今は、眠れ」
そう言って、アムロの頭を自身の膝の上に乗せ、柔らかな癖毛を優しく撫でる。
今はただ、この少年に、少しでも安らぎを与えたかった。
身動ぎながらも、こちらの思惟を感じ取ったのか、徐々にアムロの身体から力が抜けていく。
そして、気付けば小さな寝息が聞こえてきた。
「ふふ、警戒心が強いのか、無防備なのか…」
指に触れる柔らかい癖毛を何度も梳く。
しかし、守りたいと思いながらも、自分は知っている。
彼が一流の戦士であり、その瞳の奥に熱い輝きを秘めている事を。
その輝きをもう一度見たい。
そして、パイロットとして、もう一度戦いたい。
守りたいと思いながらも、本気で戦いたいとも思っている。その相反する想いを抱かせるこの少年から、自分は目を離せない。
じわじわと、この手の中の存在を、『自分のものにしたい』という欲望が込み上げる。
「…ん…」
そんな時、アムロが小さく身動ぐ。
寝苦しいだろうと襟元のホックを外し、寛がせてやれば、楽になったのか表情が穏やかになった。それを可愛いと思う。
そして、襟元から見える首筋や鎖骨に唇を寄せたいと思ってしまう自分に驚く。
髪を梳く手が止まり、じっとアムロを見つめ、自分の感情を確かめる。
『私は何を考えている?確かに彼をララァの様に手元に置きたいと思う。しかし、性欲の対象として見るなど、どうかしている。彼は男だ。ララァとは違う』
頭で必死に、自分の感情を否定する。
しかし、手のひらから伝わるアムロの温もりに愛しさが込み上げるのは事実だった。
シャアは、穏やかな寝息を立てるアムロを見つめ、小さく溜め息吐く。
「…参ったな…」
◇◇◇
作品名:忘れないでいて【中編】 作家名:koyuho